第04話:其の名をロック
…やばい。ちょっと考えが及ばなすぎた。
どうしよう…どうすればいい。
どうしたらこの危機的状況から抜け出せる!?
ここは、ハンターズギルド。
ギルドの受付嬢の手相を見ながら、俺は額に汗が浮かぶのを感じていた。
「ハンターカードを提示していただけますか?」
受付嬢が、ニコリと笑う。
そんな笑顔に、なんとか作り笑いを返す俺。
提示、ハンターカードの提示。
そんなこと、できるわけがないのだ。
セラに案内されるがままハンターズギルドに来たところまでは良かった。
問題はその後だ。
ハンターズギルドに着くやいなや、セラはギルド内の注目を一気に集めた。
そんなセラが「フォレストボアの牙を引き取ってもらいに来ましたぁ」などと呑気な声を発したが最後。
彼女はギルド内にいた多くの人間に取り囲まれ、押し流され、受付嬢の元まで無理矢理運送されてしまった。
…まだカードに名前を入力してすらいない俺を連れて。
「ロックさん、どうかしたんですか?」
隣で、セラが不思議そうに俺を見上げてくる。
どうかした、じゃないですよ。
どうにかしてくださいよ!
どうしよう、まじで。どうすればいい。
今この場で入力するか?
いや、でも不自然だろ、いきなりハンターカード取り出してポチポチやるとか。
というかそもそも、どうやって入力するんだあのカード。
入力フォームみたいなのは見たけど、すぐに閉じちゃったし。
キーボードみたいなのもなかったし。
それ以前に、ハンターカードって身分証明書なんだろう?
手紙にも、名前は変更できないって書いてあったじゃないか。
それってつまり、普通ならカードに後から名前を書くなんて作業はないってことだろう。
ダメだ、絶対に怪しい。
額の汗が、眉間に流れる。
その時、周りの群衆から小さな声が聞こえた。
「おい、今セラさんがあいつのことロックって…」
「ロック?聞いたことねーぞ、新人か?」
「いやいや、フォレストボアを倒したんだろう?きっと町の外からきたハンターだって」
「なるほどな、すげぇ奴が来たもんだ」
「ロックか、覚えておこう」
…おいィ!?
セラさん再びなにやってくれちゃってるの!?
それ本名じゃないから!!ロック(仮名)だから!!
滅茶苦茶ここの人達に覚えられちゃったじゃん!!
「…えーと、ロック、さん?ハンターカードを提示していただけますか?」
受付嬢にも覚えられちゃったよ!!
どうするんだよ、もうロックさん確定だよ。
いや、まぁそれはいいか…。
セラにロックさんって呼ばれてる内に、悪い名前じゃないとは思ったしさ…。
「…あっ、もしかして、カードをご自宅にお忘れですか?」
「…えっ…あ、はい!そうです!!」
俺が冷や汗を流していると、受付嬢が偶然にも助け舟を出してくれた。
そうそう、忘れちゃったんだよ。
よくあるよね、ポイントカードとか忘れちゃうやつ。
レシートにスタンプ押しておくので、次回来店時にお持ちください…的な対応は、本当に素晴らしいシステムだといつも思ってたんだ俺。
「それでは、魔力照合させていただきますねー」
「…えっ」
なんとかなった、そう思いほっと息を吐いた瞬間。
受付嬢がバーコードリーダのような装置を取り出し、俺の胸部分にかざした。
続けて受付嬢が装置のスイッチを押すと、不思議な音と共に円形の模様が俺と装置の間に浮かぶ。
これ、もしかして魔法陣…ってやつか?
「はい、魔力チェック完了です。しばらくお待ち下さい」
「えっ?」
俺が呆気に取られていると、受付嬢はなにやら装置を操作しはじめた。
…ちょっと待って。
魔力チェックってなに、魔力照合ってなに?
このタイミングでそれ、絶対に俺の身元がバレるやつだよね!
詰んだ!?
「あ、あったあった…。えーと…。…えっ!?」
しばらく操作をしていた受付嬢が、何かを発見したようだ。
驚きの声を上げ、俺と装置をチラチラと交互に見やっている。
あぁ、終わった。
絶対やばいよコレ…身分証明書の偽造とか…常識的に考えて大罪だよ…。
受付嬢が、訝しげに俺のことを見てるよ…。
逃げようかな…。
「えぇと…ロック=トライブさん、Eランクですね。確認は完了しましたので、こちらのカードを持ってフォレストボアの牙を取引所へとお運びください」
二度目の人生終了を覚悟した瞬間。
受付嬢が一枚のカードを差し出した。
それを隣にいたセラが受け取ると、俺の袖を引いて再び歩き始める。
「ロックさん、取引所はこっちですよ!」
引っ張られるがまま、俺はセラの後ろをよろよろと歩く。
…ん、どういうこと?
訳も分からずに、俺のことを引っ張るセラへと視線を向ける。
すると、彼女が先程受付嬢から受け取ったカードには、"ロック=トライブ"という文字と、"E"という文字が書かれていた。
「ロックさんて、本名はロック=トライブさんって言うんですね。珍しい御名前です!」
セラが笑っている。
確かに…俺はセラに偽名を名乗るとき、ロックの他にトライブという名前も考えていた。
だが、考えていただけだ。
考えていただけの名前が、何故俺の名前として登録されている?
分からん、全然分からん。
分からないことのバーゲンセール状態だ。
「これは町長、こんなところへようこそ」
「こんにちは、お仕事お疲れ様です。今日はこの人の付き添いで…此方の牙をお願いします」
「かしこまりました。フォレストボアの牙ですね、お預かりします」
俺が混乱している間にも、セラはサクサクと手続きを進めていた。
気付くと、テーブルの向こう側から2人のおっさんが出てきている。
彼らは俺達の前に並ぶと、小さく一礼した後に、俺が両脇に抱えていた牙を慎重に持ち上げ、どこかに運んでいった。
・・・
・・
・
「良かったですね、ロックさん。大金持ちじゃないですか」
「え、あぁ、そうですね」
結果から言えば、俺が運んだ牙2本は、金貨2枚と銀貨5枚で買い取ってもらえた。
セラの言っていた価値基準で言えば、それなりの装備2セットと、5ヶ月分の食事代になったわけだ。
でかい収穫である。
…だが、今はそれよりも大事なことがある。
俺はポケットからカードを取り出し、表面を確認した。
名前欄には、あの青い石ははまっていない。
代わりに、"ロック=トライブ"という文字が刻まれている。
「あ、ロックさん、やっぱりカード持ってたんですね。忘れたなんて言うから、どうしたのかと思いましたよ」
「え、えぇ、ちょっと事情があって…。そういえば、受付の方が言っていた魔力照合って、何なんですか?」
「魔力照合、ですか?魔力照合というのは、ハンターさんの魔力を特別な魔法具でチェックして、ハンターズギルドの持つハンターさん達のデータの中からチェックした魔力を持つハンターさんを検索する方法のことですよ。最近導入されたばかりの技術らしいんですけど、その照合適合率は100%なんだそうです。凄いですよねぇ、ミスがないなんて」
なるほど。
やっぱりバーコードシステムみたいなもんか…。
本当になんでもありなんだな、魔法って。
しかし、これで俺の名前はロック=トライブに決定してしまったわけだ。
いやまぁ、別に不満ってわけじゃないさ。語呂も格好良いしな。
だけど…トライブってのは俺的には下の名前なつもりだったわけで…。
日本名にしたら太郎一郎さんみたいな…。
…まぁ、いいか。
セラも、「珍しい」とは言っていたが特別不審がっているわけではなかった。
この世界での人名がどんなものかは分からないが、きっと大丈夫なのだろう。
「あ、日も暮れてきましたね…。そろそろ宿に案内しましょうか」
「そうですね、お願いします」
空が朱く染まり始めた頃、セラは宿へと案内してくれた。
一般ランクの部屋は満室だったらしかったのだが、宿屋の主人が「町長の頼みなら」ということで、格安で上級の部屋に泊まらせてくれることになった。
どれだけ愛されてるんだ、町長。
「すみません、本当なら宿泊費も私が出したいところなのですけど…」
「いやいや、こんないい部屋を通常料金で使わせてもらえるなんて、ありがたい限りですよ。ありがとうございます、セラ」
「ふふ、どういたしまして。さて、そろそろ私はそろそろ仕事に戻らないと!」
「こんな時間から仕事があるんですか?」
「町長に、仕事がない瞬間なんてありませんよっ。それではロックさん、今日は本当にありがとうございました」
「いえ、こちらこそ」
「それでは、また」
そう言って、俺は宿泊部屋の前でセラと別れた。
ブラウンの髪を揺らしながら去っていく彼女の後ろ姿は、なんだかとても頼もしく見える。
初めて出会った時の、フォレストボアに泣かされていた少女とは思えないほどだ。
セラの背中に、俺はもう一度頭を下げる。
ありがとう、セラ。
初めて会えた人間が、君で良かった。
セラの姿が見えなくなったことを確認して、俺は宿泊部屋へと入る。
部屋の中には、大きめのサイズのベッドに、2人がけの椅子。
四角い机の上には色彩豊かな果実の入ったバスケットが置かれている。
見たこともない果物だが、美味そうだ。
そう思うと同時に、俺の腹の虫が鳴いた。
「腹、減ったな」
思い返せば、俺は目が冷めてから何一つ口にしてなかった。
それどころか、一滴の水も飲んでいない。
よく身体が保ったな、と我ながら感心する。
身体強化とやらも関係してるのだろうか。
何はともあれ、今は食事が先だ。
宿屋の主人の話によれば、宿泊料金に食事代も含まれているらしい。
時計を見て、現在時間を確認する。
この世界でも1日は24時間で表現されているらしく、現在の時間は17時だ。
夕食の時間は18時から20時だと、主人は言っていた。
まだ少し時間があるな。
改めて考えてみると、俺はまだこの世界に来てから数時間しか経っていない。
その割に、とんでもなく密の濃い一日だった。
充実していたとも言える。
それも全部、セラのおかげだろう。
彼女には感謝している。
情けは人の為ならず、様々だな。
あの時、フォレストボアから助けて本当に良かった。
…などと一日の反省を行っていると、俺はふと我に返った。
…ちょっと待て?
助けて良かったって…俺は一体何をしてるんだ?
思い出せ、俺は何を願って死んだ?
善人として生きたことを後悔して、悪人として生きることを望んだんじゃなかったか?
情報収集にしたってそうだ。
わざわざセラを助けて、街まで送って、そんな手間暇かけて集める必要があったのか?
フォレストボアを倒した時、セラは完全に怯えていた。
少し脅せば、要ること要らないこと全部教えてくれただろう。
それに、彼女は俺を盗賊と勘違いして、肌まで許そうとまでしていたじゃないか。
18歳の美少女だぞ。
いくら金を積んだって、そうそう手に入るチャンスではない。
仮に抵抗されたとしても、今の俺には何の問題もないはずだ。
腕を封じて、必要なら多少痛めつけて、そうすればきっと諦めるだろう。
骨の数本折ったって構わない。
魔法なんてある時代だ。骨折なんてすぐ治るだろう。
今からだって遅くはない。
セラは俺のことを信頼している。
教えてほしいことがある、なんて言って呼び出せば簡単に足を運ぶだろう。
いとも簡単に、彼女のことを手に入れることができる。
「…はぁ」
…などと、何を考えているんだろうな、俺は。
セラを手に入れる、だって?
代わりに、何を失うのか分かっているのか?
プライド?いやいや、そんなものは持ち合わせていない。
プライドをすべて奪われた結果、俺は自分の首を締めることになったんだ。文字通りな。
失うのは、セラの笑顔だ。セラスマイルだ。
この町の人間全員に振りまいている、幸せの花だ。
見ず知らずの俺にも、差別することなく見せてくれた、優しい花だ。
俺が彼女を襲ったとしても、もしかしたら彼女は笑うのを止めないかもしれない。
だがきっと、それは最早セラスマイルではなくなってしまうだろう。
そんなことが、俺の望んだ生き方なのだろうか。
人の思いを踏み躙る、外道。
それは確かに、悪人だろう。釈明の予知も無いほどに悪人で、罪人だ。
だけど、それは俺が望んだ人物像なのだろうか?
俺の憧れる悪人なのだろうか?
…悪とは、何なのだろうか?
「…風呂、入るか」
やれやれ、考え事が飛躍していくのは悪い癖だ。
禅問答は一人でするものじゃない。
いや、今回は"善”問答ならぬ"悪"問答だろうか。
まぁそんなことはどうでもいい、今日はもうオフだ。
ゆっくりと、休むとしよう。
閲覧ありがとうございます。
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