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プチダークな俺のハンターライフ  作者: 秋ノ永月
序章:ガチビギナーな俺のハンターライフ
42/79

第40話:正義に刃向かうは雷の剣

2014/03/10:ロックの心情表現に加筆を行いました。


「…これで良かったんだよな」


 馬車で運ばれた際の記憶を頼りに森を全速力で駆け抜けた後。

 ようやく見えてきたレイザス邸を前に俺は小さく呟いた。


 ポケットから自分のハンターカードを取り出し、"盗取"の欄が更新されているのを確認する。


==========

スキルレベル ll


触れている対象が所持しているモノを盗む。


-- 空きスロット 0 --

・雷纏

・信望

==========


 …ふむ。

 空きスロット数が減り、代わりに"信望"という能力が増えている。

 しかし、スキル欄には"信望"という文字は無かった。

 新しい能力はアビリティ欄へと追加されている。


============


アビリティレベル ll


士気上昇 l

統率強化 l

魔力変換 l


============


 なんと、覚えたてにも関わらずアビリティレベルが2だ。

 加えて、記載されている効果の内2つは初見である。

 何かしらの集団のリーダーになったら恩恵が生まれるのだろうか?

 だとすれば、"信望"の名に恥じない能力だと言えるだろう。

 "魔力変換"が何を魔力に変換してくれるのかが未知数だが…。


 まぁいい。

 セラから"好意転換"の呪いを"盗取"したことで、彼女の呪いは消え去り俺のアビリティが増えた。

 盗取の空きスロットが無くなってしまったことは少し心配だが、スキルレベルが上がればきっとまた増えるだろう。

 どうやったら上がるのかは分からないが。


「さて、と。それじゃぁ行きますかね」


 ハンターカードをしまい、代わりにカミフォンを取り出す。

 時刻は11時…エルメスからのメッセージ等は特になさそうだ。


 カミフォンを戻し、軽くストレッチをする。

 ここまで走ってきた段階で身体はかなり温まってはいるが、気合を入れる意味も含めてだ。

 全身がほぐれたのを確認し、俺は再び地を蹴った。









「…おかしいな」


 レイザス邸の敷地内に忍び込んだ後、俺はすぐさま邸内へと向かった。

 あまり外をうろついていても仕方がないからだ。

 しかし敷地内に入っても、邸内に入っても、レイザスはおろか人の気配すら全く感じない。

 昨日来た時にはメイドなり執事なりが掃除をしていたりもしたのだが…深夜だからか?

 …その時。


「こんな時間に何用かな、ロック=トライブ」

「!?」


 薄暗い廊下を静かに移動していた俺の背後から、一人の男が突然声をかけてきた。

 慌ててダガーを抜刀し、俺は臨戦態勢を構える。


「…コルマ、か」

「如何にも。それで、此処で何をしている?」


 月明かりも満足に届かない廊下だが、"邪眼"による解析を使って相手の情報を確認したところ、相手はレイザスの直属部隊隊長コルマだった。

 この闇の中で、何故俺だと認識できるのか。

 表示されているステータスからは闇に目が強いといったような情報は得られなかったが…。


「ちょっと、レイザスと話したいことがあってな」

「ならば私が代わりに聞いてきてやる」

「いや、少々込み入った話なんだ。俺が直接話をしたい」


 とはいえ、慌てるほどのことでもない。

 コルマがセラの監視から外れたと聞いた時点で、今夜出くわすことは予想出来ていた。

 事を荒立てるつもりはないが…戦闘も覚悟の上だ。


「まぁいいだろう、レイザス様がお呼び(・・・)だ。この前とは部屋が違う…ついて来い」

「…っ」


 コルマの台詞に、俺は耳を疑った。

 レイザス様が…"お呼び"だって?

 まさか、俺が此処に来ることがバレていたということか?


 スタスタと歩き始めたコルマの背中を見つめながら、俺はゴクリと生唾を飲み込む。


 …いや、まだだ。まだ慌てる時じゃない。

 もしかしたら、コルマに対して俺を見かけたら連れて来いとレイザスが命令していただけかもしれない。

 なにせセラを誘拐すると約束したのだからな…俺がこの屋敷に戻ってくるのを待ちわびていてもおかしくはない。

 冷静に、慎重に…行動するんだ。


「何をしている?置いていくぞ」

「すまん、今行く」


 小さく深呼吸をし、俺はコルマの後をついて行った。








「おぉ。早かったではないか、ハンター」


 俺が部屋に入ると、中ではレイザスが女を侍らせながら酒を飲んでいた。

 部屋中は何やらお香のような匂いで満たされており、文字通り鼻につく場所だった。


「それで、セラはどこだ?姿が見えんが」

「セラは此処には居ない。というか、なんだこの部屋は?」


 ご機嫌そうに笑っているレイザスに、俺は問う。

 彼の周囲には5人の女性がほぼ全裸に近い格好で傅いていた。

 それに…彼女達の目はなんだか虚ろに見える。


「なんだ、とはまた失礼だな。見ての通り側室のための部屋だ、セラも明日にはここの一員になる」

「…その子達にも呪いを掛けてあるのか」


 "邪眼"を通して彼女たちを見ると、全員に”呪い”の状態異常が表示された。

 アビリティ欄には"契約隷従"と書かれている…レイザスのスキル欄もセラの時と同様だ。


「相変わらず目だけは鋭い…。そうとも、あの呪術師に文句を言ったらこの呪いをサービスしてくれてな。実に素晴らしいよ、普段なら拒否されるようなこともし放題だ。…こんな風にな」

「…あぐっ!」

「なっ…馬鹿、やめろ!」


 嫌らしい笑いを浮かべると、レイザスは近くに居た女の首を掴むと力強く締め始めた。

 その行動に女は苦悶の表情を浮かべるが…しかし、レイザスに対して一切の抵抗はしなかった。

 苦しそうに口を大きく開きながら、指先を小さく痙攣させ続けるだけだ。


「騒ぐな騒ぐな。壊しはせんよ、大事な玩具だからなぁ」

「…げほっ…げほっ…」


 それ以上は限界…そう俺が思った瞬間、レイザスは女の首を締めていた手を放した。

 解放された女はその場に崩れ落ち、苦しそうに息を吸う。

 …そして。


「…レイザス…様ぁ…」


 再び身体を起こすと、愛おしそうにレイザスの足元に身体を寄せるのであった。


「はっはっは!どうだ、ハンター…面白いだろう?」

「レイザス…てめぇ…!」


 まるで薄い本みたい…そんな感想は思い浮かばなかった。

 人は道具でも玩具でもない…そんな当たり前のことを、この男は"面白い"と一蹴したのだ。

 頭に血が上るのを実感するほどに、俺の中の怒りが熱を帯び始めた。


「何を怒っている?…あぁそうか、羨ましいんだな?貴様も男だものなぁ…ククッ。いいだろう、セラを連れてきたら褒美にこの中のどれかをくれてやる。どうだ、嬉しいか?」

「ふざけんな!」


 あぁ、もうだめだ。

 こいつは救えない、救いようがない。

 自分勝手ばかりして、人をモノのように扱って。

 セラも、"契約隷従"を受けている娘達も、この男は絶対に不幸にする。

 いや、もう既に不幸にしている。

 そしてそのことを、この男は"素晴らしい"と謳いやがる!


「レイザス、俺はお前に協力なんてしない!」

「…何?」


 ありったけの嫌悪と殺意を乗せて、俺はレイザスの視線を真っ向から睨み返した。


「セラも、スナッツも、ロゼッタも、お前にどうにかさせるつもりはない!お前はこの世の悪だ、汚点だ、癌だ!俺は…お前をこの世界から取り除く!」

「ロック=トライブ!!」

「っ!?」


 レイザスに宣告した次の瞬間、怒号と共に一振りの刃が俺の視界に現れた。

 俺はその刃を慌てて躱し、たたらを踏みながらも体勢を立て直す。


「…邪魔するなよ、コルマ」

「黙れ!レイザス様になんたる物言い…立場をわきまえろ、この下民が!」

「あんたは何も思わないのか、自分の主人が間違ったことをしていても!?」


 刃の主はコルマ。

 怒りに満ちた瞳で、俺に睨みを利かせていた。


「レイザス様に間違いなど無い。レイザス様こそが正義、レイザス様に敵対するものこそが悪なのだ!」

「…この、馬鹿野郎が」


 レイザスが正義?

 そんなこと、あるわけがない。

 正義っていうのはもっと皆に平等で、人道的で、平和的なものだ。

 誰かを不幸にして、自分だけが幸せになるようなことを望む奴が、正義であってたまるか!


「コルマ、あくまで邪魔立てするっていうなら、あんた相手にも容赦しないぞ!」

「望むところだ…レイザス様を愚弄した罪、死んで償えると思うなよ!」


 腰に下げたダガーを抜き、俺はコルマへと突進した。

 ダガーの刃を引き、相手の剣の間合いへと侵入する直前に再び地面を蹴る。

 単純な刺突に見せかけたサイドアタックだ。

 …しかし。


「甘い!」

「っぐ…!」


 俺が移動をしてコルマの脇を取ったとおもった瞬間。

 彼の持っていた剣の切先が俺の眼前へと迫っていた。


 慌てて身体を捻り、迫り来る刃を回避する。

 だが、不意に現れた刃を完全に避けることはできず、俺の頬には一本の切り傷が生まれた。

 そのまま身体を回転させて受け身を取り、コルマと再び距離を開く。


「…何で、今のに追いつけるんだよ…」


 頬を伝う血を拭いながら、俺は今のやり取りを考察する。

 俺のサイドアタックは完全に上手くいったはずだ。

 なのに何故、コルマは俺に反撃を出来た?


「どうした、もう終わりか?…ならば此方から行くぞ!」


 俺が次の一手を決めかねていると、目の前のコルマが駆け出してきた。

 スピードは大したものではない、フォレストボアの突進に比べれば遅いほどだ。

 …それなのに。


「はぁぁ!」

「…ぐ…くそ…!」


 コルマの剣の間合いに入った瞬間、一方的なラッシュが始まった。

 突き、横薙ぎ、袈裟、逆袈裟…様々な角度から縦横無尽にコルマの斬撃が襲ってくる。

 一撃一撃はそれほど重くはない、フォレストベアの拳の方が強力だった。

 だが、それでも俺は切り返すこともできず、圧されるがままの防戦一方が続く。


 何故切り返せないのか…その理由に、かすり傷の数が二桁に達する頃にようやく気付いた。

 コルマの身体が、俺のダガーの間合いに入ってこないのだ。

 剣とダガーのリーチ差、僅か数十cmのその差が、ここまで大きな戦況差を生み出している。


「ロック=トライブ、貴様は確かにハンターズギルドの依頼で多くのモンスターを討ち取っているそうだな!」

「だから…何だよ…!」


 刃と刃がぶつかり合う金属音の中で、コルマが大きく声を張る。


「それは素晴らしいことだ、実力ある者にしか出来ない偉業だろう。だがしかし、モンスターを狩れるからといって対人戦闘でも善戦できるとは思わんことだ!!」

「ぐっ…がはっ!?」


 剣をダガーで受け止めた瞬間、それまでとは明らかに重さの違った一撃に俺の姿勢が崩れた。

 不意に無防備になった俺の身体に、コルマの鉄製ブーツが襲いかかる。


 強烈な痛みに思わず気が遠くなるのを感じつつも、俺はなんとか踏みとどまった。

 此方の様子を伺うようにして剣を構え直すコルマから視線を外さないよう、後ずさりながら距離を置く。


「お前のスピードは大したものだ、それは間違いない。普通の兵士では目で追うことも出来んだろう。だが、戦い方が全くの初心者だ…知能の低い野獣共にはそれで通用するだろうが、数多の戰場を超えてきた私にその程度の小細工は通用せん!」

「く…そ…」


 なるほど、確かに。

 コルマの言う事は正しいのだろう。喧嘩もほとんどしたことのない俺にとって、人との戦い方なんて無知にも程がある。

 いくら足が早くとも、いくら力が強くとも、それを軽く受け流されてしまっては意味が無い。

 おまけに武器のリーチまで負けているときたら、そりゃぁ対処のしようもない。


「どうしたハンター、コルマとのちゃんばら劇はもう終わりか?」


 視界の外から、レイザスの楽しそうな声が聞こえてきた。

 耳障りな雑音を無視し、コルマに蹴られた腹部を抑えながら俺は必死で頭を働かせる。


 このまま戦ったら確実に負ける。

 武器でも勝てず、剣術でも勝てず、スピードは役に立たず、力は意味を成さない。

 だったら、他に何がある?

 俺にあって、コルマにないもの…それを使わなければ、この状況は打破できない。


「…"雷纏"」


 浅い呼吸を繰り返しながら、俺は小さく呟いた。

 俺にしかない優位なモノ。

 それはスキルとアビリティだ…。

 まだ修行不足でほとんど使いこなせているわけではないが、今はそんなことを考えている場合ではない。


 意識を集中させ、自分の身体を包み込んでいる魔力に雷のイメージを重ねていく。

 パチパチという放電音が徐々に耳へと響き始め、俺の周囲では小さな放電現象が起き始めた。


「…何…?」


 剣を構えていたコルマが眉を顰める。

 どうやら、此方の異変にも気付いたらしい。

 だが、すぐさま斬りかかってくるということはないようだ。

 状況を確認するかのように、落ち着いた目で此方を観察している。


 まだここからだ…"雷纏"を使っただけでは状況は有利にならない。

 この雷属性の魔力を、俺のダガーに付与する。


 身体中で光を放っている魔力を左手に集めるようイメージし、そのまま左手をダガーに添える。

 カミフォンを充電した時のように、ロゼッタが光剣を発動させた時のように。

 雷属性の魔力が、小さなダガーに流れ込んでいくイメージを思い描く!


「…雷…剣!」


 その瞬間、バチバチと音を立てながらダガーの刃が力強く光輝き、その光は刀身に沿ってまっすぐと伸びた。

 やがて放電音が減少すると光は揺らぎが安定し、完全な"剣"の形を成す。

 刃渡り20cm程だったはずのダガーは、60cm程の光剣へと姿を変えた。


「ロック=トライブ…貴様、魔力付与の遣い手だったのか」

「…あぁ、皆には内緒だぜ…?」

「報告の中には無かった情報だな…まぁいい。所詮小細工は小細工、我が正義の剣をもって斬り伏せてやろう!」


 コルマが剣を握り直し、再び此方へと駆け寄ってくる。

 その動きに合わせて、俺も雷剣を構えて接近した。


「はぁぁ!」

「せやぁ!」


 雷剣がコルマの剣を接触すると、凄まじい轟音が部屋中に響き渡った。

 バチバチという激しい放電音と共に、激しい明滅が互いの視界の中で繰り広げられる。

 …その時。


「く…らぇぇ!!」

「馬鹿な!?ぐぉ!?」


 剣と剣の鍔迫り合いが拮抗した瞬間、俺は雷剣に再び全力で魔力を送り込んだ。

 何か策があったわけでもない、無意識の行動だ。

 しかしその結果、光剣に触れていたコルマの刃から一際激しい放電音と共に爆発を起き、彼の身体は宙を待って床へとたたきつけられる。


「うぉぉ!」

「しまっ…!?」


 彼の足が地を離れた瞬間、俺は再び雷剣を構えて駆け出していた。

 彼が床へと叩きつけられる瞬間に合わせて跳躍し、雷剣を逆手に持ち替える。

 …そして、俺は雷剣をコルマの鎧へと深く突き立てた。


「ぐっ…がぁぁぁ!?」


 雷剣が彼の鎧を貫いた瞬間、再び激しい放電が起きる。

 ダガーが纏っていた雷属性の魔力が、雷剣の刃を通じてコルマの体内へと流れこんでいくのを俺は感じた。

 俺が最後の一撃を振り下ろしてから、魔力がコルマの体内に流れ始めてから僅か数秒後…雷剣は普通のダガーへと姿を戻し、コルマはピクリとも動かなくなった。


「…はぁ…はぁ…」


 鎧に僅かに刺さっていたダガーの刃を引き抜き、俺は馬乗りになっていたコルマの上から身体を退けた。

 かなりの量の魔力を消費してしまったようだ…体が重い。

 思考も鈍くなっているようだ…上手く状況を認識できない。


「ば…馬鹿な…。コルマがやられただと…!?」


 フラフラと揺れる自分の身体をなんとか支えていると、何処かから男の声が聞こえた。

 声のした方向に目を向けると、そこには金髪ショートヘアの男が驚愕の表情で此方を見つめていた。

 …あぁ、そうだ。俺は確かこいつを…。


「…うっ!?」


 その時、激しい頭痛が俺を襲った。

 俺は、確か、こいつを、何だ?

 セラを苦しめたこいつを、レイザスを、始末しに来たはずだ。

 なのに何故、どうして、俺はコルマを殺した?

 完全な状況有利を作り出せていた、雷剣の電気ショックを使えば気絶させるぐらいで終わらせることは出来たはずだ。


 いや、ダメだ。もし万が一失敗したらどうする?

 コルマはきっと死に物狂いで俺がレイザスを殺すことを阻止してくるだろう。

 それに、事が済んだ後に厄介なことをされても困る。

 この男は随分とレイザスに心酔していたようだし、逆恨みでスナッツ達に危険が及ぶ可能性は高い。

 殺して正解だった、殺すべきだった。殺したのは間違いではない。

 間違いではない…はずだが…。


「ぐっ…あぁ…!!」


 気持ちが悪い、視界が歪む。

 全身がやけに重く感じ、ついに俺はその場で崩れ落ちてしまった。

 まるで自分の身体が自分の物でないかのようだ。


 俺はついに、人を殺してしまった。

 この手で、人の命を、奪ってしまった…。

 冤罪でも、無実の罪でも、濡れ衣でもなんでもない。

 正真正銘の、殺人だ。


◇◇◇


 俺は何もしていない…その事実があったからこそ、俺は殺人者扱いされても心を保つことが出来た。

 覚えなき罪の自白を迫られようとも、姿も見えぬ相手から罵倒されようとも、ただただ必死で自分を信じていられた。

 自分は虐げられているだけ、間違っているのは社会。恨むべきは俺に罪をなすりつけた悪人であり、善人たる自分が卑下する必要など全くない。

 それが、俺の信念であり、心の支えであり、全てだった。


 …だが、今この瞬間。

 俺は被害者から加害者へと変転し、恨む側から恨まれる側へとシフトしてしまった。

 その事実が…俺の思考全てを塗りつぶしていく。


◇◇◇


 白で塗りつぶされたのか、黒で塗りつぶされたのか。

 はたまた、数多の有彩色によって極彩色に彩られたのか。

 頭の中が混沌に呑まれ、最早自分が何を考えているのかがわからなくなってしまった頃。

 何者かが俺の腕を引っ張りあげ、無理矢理身体を持ち上げた。

 虚ろに視線を動かすと、俺の身体を支えているのは先程レイザスに首を絞められていた女性だということが分かる。


「ぐっ…」


 女性にされるがまま運ばれていると、唐突に俺の身体は床へと放り投げられた。

 勢い良く身体が打ち付けられ、苦痛に表情が歪む。

 一体なんなんだ…。


「コルマが倒された時はどうなるかと思ったが…なんだ、満身創痍じゃないか」


 男の声が聞こえた。

 声の主はレイザス…俺が殺すべきだった男の声…。

 だけど、もうダメだ。

 何も考えられないんだ…。


「散々偉そうなことを言ってくれたな、ハンター風情が!」

「あぐっ…!?」


 レイザスが大きく吠えると、俺の頭に激痛が走った。

 踏みつけられているのだ、頭を、レイザスに。


「この私がなんだって?悪?汚点?ふざけるな、汚らしいのは貴様の方だぁ!」


 罵倒の言葉に合わせて、何度も何度もレイザスの足が俺の頭を踏みつける。

 痛い、苦しい。

 だがこれは…当然の報いなのかもしれない。

 戦うことに夢中で、人の命を奪ってしまった俺に対する、然るべき報い。


「…ふん、無反応か。まぁいい、セラは此方でなんとかすることにしよう」


 …セラ?


「貴様のようなゴミとは違って、あの娘は無反応でも楽しめそうだ。そうだな、まずは"契約隷従"を使ってたっぷりと身体に教えこんでから正気の状態と相手するのも悪くないかもしれん。…おぉ、我ながら中々のアイデアだ」


 グヘヘと嫌らしく笑い声を漏らすレイザス。

 その声に、俺の頭の中で何かが沸々と湧き上がり始めた。

 セラの…彼女の易しい笑顔が、俺の脳裏にふわりと過る。


 …そうだ、俺は彼女に、頼まれていた事があるんだ。

 セラに対して呪いなどという姑息で卑怯な手をつかったこの男に…伝えなければならないことがある…。

 この男に好き勝手させる訳にはいかない…。

 諦めるわけにはいかない…。


 無秩序に困惑していた頭の中で、ただ一人の少女が笑っている。

 俺のことを親しげに呼び、時に顔を膨らませながら、それでも彼女は最後に笑ってくれている。

 小さな町の、小さな町長。

 彼女を、こんな下衆野郎(レイザス)に好きにさせてたまるものか…。

 俺は決めたんだ、あの笑顔(セラスマイル)を守ると…!


「…"展開(インストール)"…!」


 身体の中で湧き上がる強い意思に心を集中させ…俺は最後のカードを切る。

 一体何が起こるかは分からない…だが、何かが起こるのは確かだ。

 …俺に力を貸してくれ、エルメス!


次回で序章、最終話です。



閲覧ありがとうございました。

おかしな点、気になった点等ございましたら、報告してくださると助かります。

また感想等、心よりお待ちしております。


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