第03話:てふてふの少女セラ
「記憶喪失、ですか?」
「えぇ、気が付いたらこの森の中に居まして…それまでの記憶がほとんどないんです」
道中、俺はとりあえず手紙の言う通りに記憶喪失であるということで会話を始めた。
少女は俺が記憶喪失であると聞くと、少しの間だけ目を丸くしていたが、それは本当に僅かな間だった。
ブラウンのロングヘアーを揺らしながら、少女はセラと名乗る。
「そうでしたか。何か、記憶の手がかりになるものは?」
「ポケットに、ハンターカードが入っていました」
「ハンターの方だったんですか…それならあの強さも納得です。さぞ御高いランクなのでしょう」
「えっと、Eランクなんですが…Eってどれぐらいなんです?」
「E、ですか?Eは初期のランクのはずですが…登録したばかりだったんでしょうか」
この後、町に着く間に俺はできる限りの情報をセラから聞いた。
まず、さっきのイノシシについて。
正式には、フォレストボアという名前のモンスターらしい。
名の示す通り、森に現れるイノシシだ。
この世界では他にも色々なモンスターが存在していて、人々はそんなモンスターから身を守りながら生活をしているらしい。
次に、ハンターについて。
ハンターというのは、具体的には何か特別な職業という訳ではないらしい。
依頼者から依頼を受けて、報酬を受取る。
そういった一連のサービスを請け負う人間のことらしい。
つまり、有り体に言えば何でも屋の副業だ、アルバイトだ。
勿論、ある程度の能力や特技が必要とされる依頼が多かったりする為、ハンター専業で生活をしている人間もいるということだ。
だから、俺のクラス欄には無職と書かれていたのだろう。
つまり、俺はノージョブな訳ではなく、ハンター専業だったのだ。
プロのハンターだったのだ!
…と思ったのだが、セラとの会話を続ける内に、そうではない可能性が浮かび上がった。
というのも、セラが言うにはハンターカードは名前とハンターランク、それからギルド意外のことは記載されていないらしい。
クラスについて話した時も、「クラス…?聞いたことがありません…」と訝しまれてしまった。
ハンター専業の場合は、ハンターズギルドに所属することがポピュラーなのだそうだ。
俺のハンターカードが特殊なのだろうか。
まぁ、この件についてはコレ以上考えても仕方がないだろう。
ハンターランクに関しては、ハンターズギルドの施設で依頼を受け、完遂することで昇格していくらしい。
これは、なんとなく予想していた通りだ。
あぁ、それからギルドというのは、言い換えるなら組合のようなものらしい。
ハンター達の活動を補助するようならハンターズギルド。
世界中で秩序を保った商取引を維持しようとする商人ギルド。
特定の宗教を広め、信仰する者には手厚い保護を施す教会ギルド、などがある。
その他にも様々なギルドが存在するが、規模などから見ると上記の3つが大きな影響力を持っているらしい。
3大ギルド、というのだそうだ。
次は、魔力について。
この世界では、魔力というものは生活の中でも身近な存在らしい。
というのも、セラの言葉をそのまま引用するのであれば
「知あるモノには魔力が宿る」
のだそうだ。いきなり言われた時は唖然としてしまったが、その後セラはきちんと説明をしてくれた。
簡単にいえば、人間のように知能のある存在は魔力を多く持っているということらしい。
逆に言えば、モンスターの中でも高い知能を持った個体は高い魔力を持っているという。
とはいえ、ほぼすべての生き物は大小の差はあれど魔力自体は持っているらしい。
モンスターも含めて、だ。
魔力は活用方法が極めて豊富で、魔法陣や魔法具と呼ばれるアイテムを使うことで魔法を使うことができたり、モノに直接流し込んだり身体に纏ったりすることで、能力を向上させたりすることもできるという。
しかし、後者は魔力の扱いに対してかなり熟練していないと中々できる芸当ではないのだとか。
必要となる魔力の量も多いのだそうだ。
しかし、魔法か。
やっぱりあったか、魔法。
セラによれば、魔法は魔力と魔法具さえあれば基礎的なものならだれでも使えるものらしい。
つまり、俺でも魔法が使えるということだ。
楽しみすぎる。
最後に、アビリティとスキルについて。
アビリティについてはセラも詳しくは知らないらしいが、種族やモンスターの持つ特徴や能力のことを総称して呼んでいるということだ。
スキルは、そのものつまり技のことらしい。
剣を使ったスキルもあれば、スキル扱いされる特殊な魔法もあったりするという。
とはいえ、スキルというのは必殺技や奥義のような扱いらしく、かなりの効果を持ったものしかスキルとは呼ばれないのだそうだ。
剣を使ったスキルであれば、流派の持つ秘伝の技とか。
魔法であれば、町一つ吹き飛ばすような威力を持つものなどだ。
ということは、"盗取"って実はかなり凄い能力なのかもしれない。
だって、町一つ吹き飛ばすような威力のものと同列の扱いだぞ。
国王とかに使ったら、国を盗んだりできるのだろうか?
あぁ、それから、特定のスキルを持っていることをアビリティで表現することもあるのだという。
此方についてはセラもそれ以上は話さなかった。
以上が、俺がセラとの移動中に聞くことの出来た情報だ。
気になっていたことは、かなり聞けたと思う。
特に、魔法はでかい収穫だ。
生きていく気力になる、うん。
「ここが私の町、トルテラです!」
隣を歩いていたセラが、笑顔で手を広げる。
俺達が森を抜けると、目の前にはいくつもの木造の建物が並んだ町が広がっていた。
思っていたより立派だ。
「中々綺麗な、いいところですね」
「ふふ、そうでしょう?私、結構頑張ってるんですよ!」
「セラが…?セラは建築業でもしてるんですか?」
「違いますよぅ、私はこの街の町長です!」
「…え?」
…てふてふ。
てふてふと言ったのかこの小娘は。
…え?
「ですから、町長ですっ。町の長と書いて、町長!森でも言ったじゃないですか、私の町です、って!」
「セラさん、嘘つきは泥棒の始まりですよ」
「嘘じゃないですよっ!?」
「…とてもじゃないですが、セラが町長には見えないので…」
「うぅ…ひどいですよロックさん…」
セラが、心外だとでも言いたげな表情で此方を睨んでいる。
彼女の瞳からはどことなく幼さが滲んでいた。
俺の常識で考えれば、18で町長とはどう考えても若すぎる。
信じろという方が悪い。
ちなみに、ロックというのは俺のことだ。
とりあえずの仮名だが、名前がないと色々と不便だからな。
適当に名乗っておいた。
しかし…中々しっかりした娘だと思っていたら、よりにもよって町長とは。
超重役職じゃないですか…。
「町長が、何故イノシシに追われてたんですか」
「それは、その…色々ありまして」
「…そうですか」
なにやら言いたくなさげな雰囲気なので、大人しく食い下がることにする。
別に彼女が町長だろうが町長でなかろうが、俺にはあまり関係のないことだ。
多分。
「そうだ、ロックさん。行く宛もないのでしたら、しばらく私の町に滞在されてはどうですか?それなりの待遇はさせていただきますよ!」
「それは願ったり叶ったりですが…いいんですか、そんな勝手に?」
「町長権限ですからっ!」
「職権濫用の間違いじゃ…」
なんだか少し不安な町長だが、とりあえずは彼女に世話になることにした。
彼女に町を案内してもらうと、町は結構賑わっていた。
剣や槌などの武器を売っている店、鎧や盾などを売っている店、果物を売っている店、肉や革を売っている店、よくわからないものを売っている店など、様々な店が数多く見受けられる。
また、案内道中ではセラが何人かの人々に「町長さん」と親しげに挨拶されていた。
どうやら本当にセラは町長らしい。それも、割と支持率は高そうだ。
「どうですか、私の町は?」
「想像以上ですよ。活気もあって、おまけにセラは人気者なんですね」
「町長ですからね」
ニコニコと、嬉しそうに笑うセラ。
人気の秘密はそのセラスマイルにあるのではないだろうか。
「あ、そういえば、この国では通貨はどうなってるんですか?」
「通貨、ですか?この周辺では、ルリエル硬貨が共通硬貨として使われてます。これがルリエル銅貨で、これがルリエル銀貨ですね」
ふと疑問に思いセラに聞くと、彼女は服の内側から小袋を取り出し、2枚の硬貨を見せてくれた。
2枚とも、何やら花っぽい絵が刻まれている。
「銀貨と銅貨があるということは、金貨もあるんですか?」
「もちろんありますよ。さらに上のランクとして白金貨もあります。それぞれの交換比率は日々変化してるので一概には言えませんが…銅貨数枚で美味しい食事がとれます。銀貨1枚あれば一ヶ月ぐらいは食事に不自由することはないでしょう。金貨1枚あればそれなりに上質な装備を整えられますね。白金貨1枚あれば、豪邸が建てられますよ」
「な、なんだか、価値の幅が凄まじい気がするんですが…」
「あくまで目安ですけどね。でも、大体あってると思いますよ。一般的な家庭では金貨以上の硬貨を扱うことは滅多にありませんから」
「なるほど…」
セラの言うことが正しいなら、銀貨は数万円程度、白金貨は数億円程度の価値があるイメージか…。
装備っていうのがいまいちピンとこなかったせいで、金貨がどれほどの価値かがわからんが…まぁいい。
今はもっと大切で緊急な問題がある。
俺は金を持っていない。完全なる無一文なのだ。
あ、いや。フォレストボアの牙があるか。
かさばって邪魔なんだよな。
「セラ、この牙を買い取ってくれる場所に案内してくれると助かるのですが」
「あ、そうですね。鍛冶屋でも買い取ってくださると思いますが…ロックさんはハンターカードをお持ちですよね?ハンターズギルドの方に行けば、少しだけ割高に取引してくれるかもしれません」
「この町にもハンターズギルドがあるんですか?」
「もちろん!ハンターズギルドは、基本的にどんな町にもありますよ」
そうなのか。
確かに、例の手紙にはハンターカードが身分証明になると書いてあった。
それはつまり、この世界においてハンターの存在がそれだけ大きいということだろう。
3大ギルドとやらの一つらしいしな。
そうなれば、ハンターに関する施設の重要度が高くなるのも必然か。
「それでは、ハンターズギルドに向かいましょうか」
「そうですね、お願いします」
何はともあれ、とりあえずはハンターズギルドとやらに顔を出しておくとしよう。
どうせこれからしばらくは世話になるんだろうからな。
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