第28話:そして頭角は現れる
朝。
誰に起こされるということもなく、自然と俺の意識は覚醒した。
備え付けられた時計に目を向けると、時刻は午前6時過ぎ。
いつもに比べると少しだけ早起きだが…早すぎるという程でもないだろう。
ベッドから起き上がり、凝り固まってしまった身体をゆっくりと伸ばす。
すると、パキパキという小気味良い骨の音が鳴った。
早起きというのは、得をした気分になる。
普段ならまだ寝ていた時間の分だけ活動できるようになるのだ。
睡眠による休息も大事かもしれないが、自分の身体に明らかな疲労が残っているとは感じない。
昨日行ったダガーによる魔力操作の訓練での疲労も、ほぼ完全に抜けきっている。
就寝用の薄い寝間着からシャツとズボンへ着替え、ダガーを片手に俺は宿の外へと向かった。
今朝は、周囲の森で訓練をすることにしよう。
この日、スナッツはいつも通りの明るい様子でハンターズギルドへとやってきた。
彼が言うには「まだ少し疲れが残っている」らしいが、傍目で分かる程ではない。
そんなスナッツに、昨日は心配していたロゼッタも安心したようだ。
そして、お願い期間2日目も勿論ロゼッタがクエストを決定した。
受注したクエストは、「フォレストベア討伐」というもの。
フォレストボアよりも個体としての能力は高いが、群れることが滅多にない為、パーティーメンバー同士できちんと連携すれば難易度はそれほど高くないらしい。
パーティーとしての連携を高めるのに丁度いい、とスナッツが言っていた。
実際に狩りへ向かってみると、フォレストベアはその名の通り熊だった。
フォレストボアの時のように異常なまでの巨体ということはなかったが、鋭く尖った爪から想像できる一撃の重さには緊張した。
戦い方としては、スナッツが敵の攻撃を注意を引き付けながら攻撃を防ぎ、その隙をついて俺とロゼッタがダメージを負わせるというものだった。
俺の手にかかれば指先一つでダウンさせることも出来るのでは…と甘く考えていたのだが、実際はそう上手くはいかなかったのだ。
まず単純に、フォレストベアはフォレストボアに比べて堅い。
ダメージは通っているのだろうが、強靭な膂力によって体勢を崩させることができないのだ。
その為、相手がダメージ覚悟でカウンターを狙ってきた際に被弾するリスクがかなり高い。
見様見真似の自己流拳法では、ねじ伏せることはできなそうだった。
故に、俺達パーティーは先述した戦法で対処することとなった。
主なダメージソースはロゼッタの光剣。
俺の役割は、フォレストベアがロゼッタへの反撃に集中するのを防ぐことだ。
パワーよりもスピードを活かし、スナッツの防御とロゼッタの攻撃の両方を補助する。
戦い方が安定するまでに少し時間がかかったが、大きな怪我をすることもなく、俺達は一日で3体のフォレストベアを討伐することができた。
また、所々で受けた傷はロゼッタが魔力を使って治してくれた。
治癒魔法かと期待しながら聞いてみたが、残念ながら彼女は首を横に振ってしまった。
治癒力を高めるだけの、一種の魔力干渉なのだそうだ。
魔力干渉とやらには、無限の可能性を感じる。
ちなみに、治癒魔法は魔法の中でもかなり高度な魔法なのだそうだ。
フォレストベア3体討伐による報酬は、金貨2枚。
昨日のフォレストボア2体討伐による報酬は金貨1枚だった。
フォレストボアは一体当たり銀貨15枚、フォレストベアは1体当たり銀貨20枚という計算になる。
セラを助けた時に手に入れたフォレストボアの牙は金貨2枚で引き取ってもらえたのだが、それに比べるとかなり安く感じる。
そのことに疑問を抱きスナッツに聞いてみると、その答えは至極単純なものだった。
「多分、ちょうど収集系の依頼が出てたんだろ」
収集系クエスト、ロゼッタが俺達と出会う前に色々とこなしていた種類のクエストだ。
内容としては、依頼主が希望する品を集めてくるというモノ。
基本的には鉱物や植物などが多いのだが、時偶モンスターの素材に関するクエストが依頼されることもあるのだという。
その中でも、細かい条件の付いた素材に関しては高い報酬が支払われることもあるのだとか。
つまり、あの時の俺は運良く条件付きの牙を持参できたということなのだろう。
とはいえ、この2日で俺達パーティーは金貨3枚…一人当たり金貨1枚を手にしている。
スナッツは「金銭感覚が狂っちまうな」なんて言いながら笑っていたが、本来ならCランクハンターの彼であればこの程度のクエストは十分受注圏内なのだ。
そのことは、戦闘中のスナッツの働きからも容易に納得できた。
的確なタイミングでの指示、落ち着いた防御、モンスターの行動予測。
事故なくクエストを完了できたのは、スナッツが居たおかげと言っても過言ではないだろう。
一方、ロゼッタは手にした金額の重さにかなり困惑している様子だった。
それまでは危険度の低い収集系クエストで日銭を稼ぐ程度だった生活が一変したのだから、無理もないのかもしれない。
しかし、討伐系クエストでは対象のモンスターの討伐数によって報酬が変わるとはいえ…自分で受注したクエストの報酬なのだから、心の準備ぐらいしておいても良いのではないだろうか。
それから、俺のハンターランクもDランクへと昇格した。
ロゼッタもスナッツも祝福してくれたが、出遅れたような感じがして複雑な気持ちだ。
加えて、俺かロゼッタのどちらかがCランクへと昇格すれば、パーティーランクもCになるだろうとスナッツが言っていた。
以上が、本日の活動内容だ。
その後はそれぞれ解散して、宿へ帰還した。
帰り際にロゼッタがスナッツと何か話していた気がするが…盗み聞きをするのも悪い。
宿へと戻り、俺は自室で魔力操作の訓練に勤しむことにしよう。
クエスト報酬:金貨+1枚 (フォレストボア・フォレストベア)
現在の所持金:金貨1銀貨8銅貨20
訓練開始3日目、朝。
初日と比較すると、"様子を探る"ことでの疲労はかなり少なくなってきた。
若干の息切れはするものの、発汗に関しては汗ばむ程度だ。
それから、感知できるダガーの"様子"にも変化が訪れた。
最初の頃は、ダガーの特徴程度しか把握することができなかったのだが、意識を集中させればダガーが部屋の中のどこで、どんな状態で置いてあるのかが把握できるようになったのだ。
"どこで"、という部分を少し正確に言うならば、自分を起点にしてどの方向にどれぐらいの距離があるかが分かった、というところだろうか。
魚群探知機にでもなったような気分である。
とはいえ、魚群であろうがダガーであろうが、自分が新たな可能性を開花させつつあることは事実である。
喜びは隠せないし、隠すつもりも全くない。
ということで早速、ハンターズギルドにてロゼッタ師匠へ進捗報告を行った。
「えっ…ダガーの場所が探れるようになったんですか?」
「あぁ。大体だけど、横か縦のどちらに置かれてるかぐらいも分かるようになったよ。これが"様子を探る"ってやつでいいのかな?」
「…」
今日は何のクエストを受注しようか、と悩んでいた師匠に俺はそう伝えた。
すると、彼女は琥珀色の目を大きく見開いて、信じられないといった表情で此方を見つめてくる。
ロゼッタの隣で依頼掲示板を見ていたスナッツも、唖然とした様子だ。
「い、いえ…私はダガーの持つ魔力を感じてもらえれば十分だったんですが…。場所どころか、形まで探れるようになるなんて…一体どんな訓練方法をしたんですか?」
「どんなって言われても…。精神統一して、近くに魔力がないか探ってただけだよ。ダガーの魔力は特別強く感じたから、分かりやすかったかな?」
やっていることは、セラの魔力干渉の時から変わらなかった。
意図的に干渉してくるセラの魔力とダガーが自然に纏っている魔力とでは雲泥の差があったが、それも精度の問題だ。
ちなみに、カミフォンも若干だが魔力を纏っていた。
「なるほど…魔力を塊ではなく、形を持ったモノとして感知できるようになったということですか…。…となると、付与まではいかなくても魔力を馴染ませるぐらいなら…」
「なぁ、ロック…お前はどこまで化け物じみているんだ?」
口元に手を添えながら、ブツブツと独り言を唱え始めたロゼッタ。
どうやら俺のことで考え事をしているようだ。
しかし、彼女の口にする内容に耳を傾けようとした時、スナッツが頭を掻きながら口を開いた。
「天才、と言ってくれて構わんぞ」
「…はぁ、否定できないから厄介だなぁ全く。とはいえ、冗談抜きでお前は凄いな…魔法使いになったほうがいいんじゃないか?」
冗談のつもりで天才を自称したのだが、どうやらスナッツは言葉のまま受取ったらしい。
そこは通じて欲しかった…まるで俺がナルシストのようではないか。
とはいえ、スナッツの言葉は俺にとって少し嬉しいものだった。
魔法使いになりたいとは思っていないが、魔法は使ってみたい。
ロゼッタの話を聞くに、魔法というものは魔法陣を介さなくても使えるようだし。
…そういえば、ロゼッタが魔法を使っているところは見たことがないな?
光剣も治療も、魔法ではなく魔力付与や干渉のようだったし…。
チラリとロゼッタに視線を向けると、まだブツブツと何かを考えている。
スナッツにも、光剣は見せたが彼女が魔法を使えるという話はしていなかったはずだ。
後ほど、スナッツの隙を見てこっそり聞いてみよう。
修行編、とでも言うのでしょうか。
私は、漫画等で主人公が新しい力を手に入れようと努力するシーンとか結構好きです。
DRAG◯NBALLとか、NARUT◯とか。
とはいえ、最近の漫画とかでは中々描かれることが少ない気がします…。
需要はあまりないのかなぁ?
閲覧ありがとうございました。
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