第27話:充実した日々
「いやー、悪いな。あれ使うと、しばらくは動けなくなるんだわ」
「そういうことは先に言ってくれ」
「本当ですよ!というか、魔力を無理して使っちゃダメです!!」
ハンターズギルドの待合室で、俺とロゼッタはぐったりとしたスナッツを説教していた。
理由は勿論、クエスト中に彼がやらかした魔力のぶっ放しである。
「悪かったって。ロゼッタちゃんのを見たら、こう…我慢できなくなってな?」
「…無駄にエロいな」
「エロッ…!?そういうのもダメです!!」
とはいえ、別に怒って説教しているわけではない。
いや、今のやり取りでロゼッタは割と真面目に怒ったかもしれないが…。
結構遠くまで飛んでいった斧を回収するのは、確かに少しだけ手間取った。
だが、その分は面白い物を見せてもらえたからな。
魔力にも色々な種類があるということを知っただけでも十分な収穫だ。
色だけに。
「しっかし…ロゼッタがいきなりDランクに昇進するとはなぁ」
「あっ…ごめんなさい、ロックさんを差し置いて…」
「いやいや、そういう意味じゃなくて。割とすぐに上がるんだなぁ、って」
そう、今回のフォレストボア討伐クエストをギルドに報告した結果、ロゼッタのハンターランクがDランクに昇格したのだ。
それに伴って、パーティーランクの方もDランクへと昇格した。
「そりゃフォレストボアを単体で倒したんだからなぁ、Eランクって訳にはいかんだろ」
「俺だって、この間フォレストボアを倒したぞ?」
「ロックの場合はクエスト中じゃないだろうが」
スナッツが苦笑を浮かべる。
この世界において、モンスターを倒したということを証明するには、倒す前と倒した後でハンターが持つ魔力の差分を取らなければいけない。
したがって、いくら俺がクエスト外でフォレストボアを乱獲したとしても、俺のハンターランクが上昇することはないのだ。
…とはいえ、フォレストボアを倒したのはセラを助けた時だけだが…。
「っま、ロックならすぐにAランクぐらいまで行けるだろうさ。ロゼッタちゃんも、そう時間はかからんだろ」
「そういうスナッツはどうなんだ?」
「俺は普通のハンターだからなぁ、ゆっくりBランクを目指すさ」
「そんな、スナッツさんも一緒に頑張りましょう!」
「…あぁ、そうだな…。今日はもう疲れた、俺は宿に戻るよ」
一瞬、スナッツの表情が陰ったように見えた。
しかし、すぐさまいつも通りの軽い笑顔を浮かべると、椅子から立ち上がる。
「…一人で大丈夫か?」
「大丈夫だよ、年寄り扱いするなって」
俺の心配に、スナッツは手を振り返す。
そして、側に立てかけてあった戦斧を背負い、ギルドの外へと出て行った。
「…スナッツさん、大丈夫でしょうか」
「本人が大丈夫って言ってるんだ、明日には元気になって帰ってくるだろ」
スナッツの後ろ姿が見えなくなったと同時に、ロゼッタが小さく問いかけてきた。
魔力を使った後の疲労感は俺も知っているし、いつもと様子が違うスナッツを心配なのは俺も同じだ。
だが、それを口にしたとしてもロゼッタに余計気を使わせるだけだろう。
どれほど深く考えようとも、分からないことは分からない。
「俺達も帰ろうか、ロゼッタ」
「そう…ですね。また明日、一緒にクエスト頑張りましょう!」
「あぁ、もちろんだ」
そう応えると、ロゼッタは小さく笑った。
ハンターズギルドから解散しようとした時、ロゼッタは俺に魔力操作の訓練方法を教えてくれた。
その内容は、目を閉じた状態で物体の様子を探るというものだ。
俺が最初に思い浮かべたイメージが「手」だった為、それを利用するのだという。
漠然と様子を探れと言われても困ってしまったが、今日俺がロゼッタの魔力を掴もうとした時のようにすればいいとのこと。
…あまり自信はなかったが、ロゼッタが「大丈夫です、ロックさんなら」と屈託の無い笑みを浮かべてきたので、仕方なく努力してみることにする。
また、魔力は魔力を感知しやすい性質があるとのことで、彼女には昨日買ったダガーを対象に練習することを勧められた。
そして今現在、俺は宿の自室で、抜身のダガーを目前にしている。
時刻は夕方の18時、そろそろ宿屋の夕食が食べ始められる頃だ。
「…様子を探る、ねぇ…」
ロゼッタに指示された、訓練内容。
今考えても、あまりに漠然とした内容である。
様子とは一体…何なのだろうか…。
ひとまずダガーを持ち上げ、刀身を見つめてみる。
自分の腕の半分ほどしか無い刃は両刃で、グリップ部と刃部の間には控えめな装飾が施してあった。
装飾の中央には、小さな青い石がはめ込まれている。
「…って、目で見ていても意味がないか…」
ロゼッタは言っていた、目を閉じた状態で様子を探れ、と。
一体全体何をどうすれば様子が探れるのかは分からないが…とりあえずは、彼女が言っていたように訓練を勧めてみよう。
ダガーを再び床に置き、俺は瞳を閉じた。
小さく深呼吸をしながら、身体の力を抜いていく。
宿の外からは、村の人達が賑わう声が聞こえてくる。
活気にあふれた、良い音だ。
だが、それも今は雑音…シャットアウト。
やがて、自分の呼吸音だけが聞こえるようになった。
閉ざされた瞳からは当然、一切の情報が入ってこない。
真っ暗な世界で、自分の息だけが確かに存在していた。
…いや、それは間違いだ。
俺の目の前には、先程のダガーが置いてあるはずである。
今は何も感じ取れないが、そこに必ず存在している。
「…」
浅く、小さく息を吸いながら、俺は目の前の空間に注意を向けた。
息を吐きながら意識を傾け、精神を研ぎ澄まし…実在するはずの存在を探る。
…何度息を吸い、吐いただろうか。
自分の額を、汗が伝うのを感じる。
だが、その情報すらも今はただのノイズだ。
冷たく感じる自分の汗を、感覚の波から排除する。
その時、不思議な感覚を覚えた。
ロゼッタから魔力による干渉を受けた時と、似た感覚。
いや…あの時に比べれば、とても微弱で無機質な、冷たい感覚だ。
微かな感覚を、少しずつ自分の元へと手繰り寄せていく。
すると、弱々しかった感覚は徐々にその存在を主張していった。
硬く冷たい、小さな塊。
触れようとすれば、傷付いてしまいそうな鋭利な輝き。
波打つことなく、静かに停滞する…青い光。
…そこまでが、俺の限界だった。
「…っぶはぁ…!…はぁ…はぁ…!」
大きく息を吸いながら、俺は大きく瞳を見開いた。
頭が痛い、息が苦しい、身体中が熱い…。
激しく鼓動する心臓に同期して、全身の血管が脈動していた。
湧き出るように流れ続ける汗によって、衣服が纏わり付いてくる。
何時の間にか、呼吸することすら放棄していたようだ。
酸素を求める肉体が、がむしゃらに息を荒げさせる。
…だが、俺の心は穏やかだった。
「…はぁ…はぁ…」
視線を、自分の正面に横たわるダガーへと向ける。
鋭く光を反射させる鍔。
切れ味の良さそうな刃。
小さくも美しく輝く青石。
先程まで見ていたモノと、寸分狂わず同じダガーだ。
だが、視覚から得る情報とはまた別に、何か不思議な感覚も覚える。
それは、言葉にできるほど明確なものではないが…無視できるほど不確かなものではない。
「…これが…様子…?」
漠然とした言葉だと思った。
だけど、この抽象的な感覚を表現するにはちょうどいい。
五感では感知できない何かを、今の俺は感じることが出来る。
少なくとも、このダガーからは。
「…飯、食べに行くか」
ダガーを鞘に納め、一人きりの部屋で伸びをする。
今日も充実した一日だった。
この世界に来てから、俺は新しい知識や技術を次々と学べている。
運が良いのかもしれない…いや、もしかしたら神様が仕組んだことかもしれない。
だがそれでも、元の世界で生きていた頃とは比べ物にならない程に今を楽しんでいる。
そんな自分に、満足している。
魔力操作をマスターして、"雷纏"を使えるようになったら。
カミフォンに、雷属性の魔力を付与できるようになったら。
まずは、エルメスに礼を言うとしよう。
ありがとうございます、と。
閲覧ありがとうございました。
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