第23話:朝練
「ロックさん!!」
「…っ!?」
唐突に、強烈な衝撃が俺を襲った。
同時に、誰かが何かを叫んだ気がする。
一体何だ…何事だ?
頭痛をこらえながら、俺は瞼を開く。
すると、そこには金髪の少女が心配そうな表情で此方を見つめていた。
"魔導"アビリティを持つ少女、ロゼッタだ。
…だが、何故ロゼッタが俺の肩を掴んでいるんだ?
「…ロゼッタ?」
「お…おはようございます、ロックさん」
いまいち状況が掴めず、彼女の名前を口にする。
そんな俺の言葉を聞いて、彼女はほんの少しだけ慌てた様子を見せた。
しかし、その直後には彼女は向日葵のような笑顔を咲かせる。
「…あ、あぁ。…おはよう、ロゼッタ」
窓の外を見ると、明るい陽射しが町を照らし始めていた。
…どうやら俺は、ロゼッタに起こされたらしい。
どうせ起こすなら、もう少し優しく起こしてくれると助かるのだが…。
「ロゼッタ、気分はどうだ?体調が悪かったりはしない?」
「気分、ですか?特に問題はないです…体調も」
俺が質問すると、不思議そうな顔でロゼッタが答えた。
どうやら、昨晩の酒は完全に抜けてしまっているらしい。
あれ程の量を飲んだというのに…恐ろしいな、若さというものは…。
「あ、あの…此処はどこでしょうか?私、酒場に入ってからの記憶がさっぱりなくて…」
俺がロゼッタのアルコール分解能力に驚いていると、彼女は申し訳なさそうに口を開いた。
まぁ、知る由もないだろう。
あれだけ酔いつぶれた上に、熟睡していたのだから。
「此処は俺の宿だよ。昨日、酒場でお酒を飲んでたらロゼッタが寝ちゃってね…ロゼッタの宿泊先が分からなかったから、とりあえず此処まで運んだのさ。本当は別室を借りようかと思ったんだけど、どうやら繁盛してるらしくて」
「ロックさんの…宿…?此処、ロックさんの宿なんですかっ!?」
「あぁ、うん…そうだけど」
酔っ払って俺達の酒を奪った、ということは秘密にしておこう。
どうやらすっかり忘れているようだし。
ロゼッタのことだ…もし言ってしまったら、かなり落ち込んでしまうかもしれない。
…というか、俺の宿ってところに凄く食いついきてきたな。
もしかして、嫌だったか?
「そうですか…此処がロックさんの…。…いい部屋ですね…」
感嘆の声を漏らしながら、ゆっくりと俺の部屋を見渡すロゼッタ。
別に見られて困るようなものは無いが…改めて見られると、なんだか気恥ずかしいな。
「…なぁ、ロゼッタ」
「はい、何でしょう?」
放っておいたら俺の部屋を隅から隅まで観察してしまいそうなロゼッタ。
別に、観察されてどうなるというものでもないのだが…やはり、良い気はしない。
ここはとりあえず、彼女の注意を部屋から引き離すことにしよう。
とはいえ、なんて言えばいいのだろうか。
何を言えば、彼女の注意を引きつけられる?
「俺に、魔力操作の方法を教えてくれないか?」
咄嗟に、思いついた言葉を口にしてみる。
…って、この台詞は…ただの本音じゃないか!
何か気の利いた注意のひきつけ方ぐらい、他にもあるだろう?
よりにもよって、何故こんな最低クラスの選択肢をチョイスしてしまったんだ…。
昨日も一昨日も頼んで断られたばかりなのに、朝一でこれはあまりにひどい…。
「…いいですよ」
ほらね、断られた。
でも、さすがはロゼッタだ。
怒ることなどなく、笑顔をキープしたままの「いいですよ」。
そうそう出来ることではない、まさに天使のような…。
「…えっ!?」
思わず、驚きの声が口から飛び出す。
今…今、ロゼッタは「いいですよ」って言ったか!?
聞き間違いじゃないだろうな…いや、これはまさか、夢!?
「ほ、本当に?本当にいいの?」
「はい。私、決めたんです、魔法と向き合うって…。それで、魔法が使える私を、みんなに認めてもらうんです!…スナッツさんにも、近いうちに魔法のことを相談しようと思います」
自分でも馬鹿みたいに思うほど狼狽しながら、俺はロゼッタに確認を取る。
すると、彼女は意を決した表情で言葉を返した。
どうやら、彼女は自身のトラウマを乗り越えようと決心したらしい。
少し不安気な様子を見せてはいるものの、どこか吹っ切れたような表情だ。
何がきっかけになったのかは分からないが、いい顔をしている。
…トラウマ、か。
それは俺にとっても、他人事ではないんだよな…。
「…っ」
チクリと、胸の奥に痛みが走った。
物理的な痛みではない、針で刺されたような虚ろな痛み。
俺が元の世界に置き去りにした、実在しない罪への…恨み。
命すら危うかった過酷な幼少期を経験したロゼッタが持つモノと比べたら、俺のトラウマなどは小さなものかもしれない。
だがそれでも…その小さなトラウマは、俺の積み上げてきたモノ全てを滅茶苦茶にしてしまったのだ。
…俺にとっては…あの経験は…。
「だから、その…ロックさんも、何か悩みがあったら言ってくださいね?」
「!?」
突然の不意打ち…まさにそんな感覚だった。
…いや、会話の流れから考えれば、全く違和感のない台詞だ。
私が相談に乗ってもらって助かったから、今度は私も相談に乗ります…と。
言うなれば、社交辞令のようなもの…のはずだ。
だが…今の彼女の台詞には、それ以外の何かを感じた。
この俺に、このタイミングで、この言葉。
心配するような、見守るような、慈しむような表情。
一概には表現できない、深い感情が…彼女の台詞には含まれているような気がした。
「…あぁ、便りにしてるよ、ロゼッタ」
…きっと、深読みのし過ぎだろう。
彼女がトラウマと戦う決心がついたというイベントによって、少しだけ感化されただけだ。
元の世界のことなど…俺のトラウマのことなど、彼女が知っているわけがないのだから。
「はい」
そんな俺に、彼女は再び微笑んだ。
…とはいえ、今の会話…脈絡が少しおかしくなかっただろうか。
ロゼッタが魔法に向き合うのは大変喜ばしいことだとは思うが…。
「それで、ロゼッタ。どうして今になって突然、俺に魔力操作を教えてくれる気になったんだ?」
「えっ…?それは、その…なんででしょうね?」
俺の投げかけた疑問に、ロゼッタは首を傾げた。
…なんででしょうね、って聞かれても。
「自分でもよくわからないんですけど…ロックさんにならいいかな、って。さっき頼まれた時、そう思ったんです!」
「そ、そうか」
自分でもよくわからないなら、仕方が無い。
気まぐれならラッキーだし、それ以外でもラッキーだ。
そう、どう転んでもこの状況はラッキーなのである。
一歩前進どころではない、大躍進だ。
"雷纏"をこの手に掴む時が、着実に近づいてきている。
「それじゃ、早速教えてもらっていいか?」
「今から、ですか?うーん…教えるとは言っても、言葉で伝えることは少ないですよ?自分の周りにある魔力を感じて、それを動かすイメージを思い描けばいいんです!」
「…」
人差し指をピンと立てて、顔の前に添えながら首を傾けるロゼッタ。
簡単でしょう?とでも言いたそうな表情だ。
…なるほど、魔力を感じる、ね。
考えるんじゃない、感じるんだ…っていうパターンのやつだよね。
格闘家の修行とか、そういうのでよくあるヤツ。
…そんなん分かるかっ!
「…あ、あれ?ロックさん?」
「いや、その…突然感じろとか言われてもな…」
「だ、大丈夫ですよ。ロックさんなら感じ取れます!」
俺の発言を弱気と受け取ってしまったのか、両手を胸の前で握りこみ、ガッツポーズを見せるロゼッタ。
そんな無茶なことを言われてもな…。
そもそも、俺の周りには感じるべき魔力が存在するのだろうか?
「なぁ、ロゼッタ。君は魔力が見えるんだよな?」
「え、えぇ。それがどうかしましたか?」
「俺の周りには、ちゃんと魔力があるのか?普通の人と比べて、変な所とか無いか?」
「特に変わった所はありませんよ。強いて言うなら、とても澄んだ魔力に見えます」
ニコリと笑うロゼッタ。
澄んでいる、とはまた…新しい表現が来たな。
とはいえ、彼女も俺になら出来ると言ってくれているんだ。
ロゼッタの言葉を信じて、今は全力で取り組むとしよう。
「ロゼッタ、魔力を感じるようになる修行から頼む」
「分かりました、頑張りましょう!」
いい年こいての朝練、開始だ。
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