第16話:嘘吐きは…
光剣を片手に、猛然と向かってくるロゼッタ。
接近速度自体は大したものではないが、彼女が纏っている気迫は並大抵ではない。
フォレストボアの突進など、赤子の行進のようなものと感じてしまうほどだ。
「はぁっ!」
俺を射程に捉えると同時に、ロゼッタが光剣を振るう。
だが、射程ギリギリの攻撃で俺を捉えられるとは思わないで欲しい。
僅かに身体を反らし、彼女の攻撃を回避する。
「…っ…!」
攻撃が当たらないことに苛立ったのか、ロゼッタの表情が僅かに歪む。
だが、彼女の攻撃は止まらなかった。
空を切る光剣の勢いを殺さず、斬り返しによって攻撃を継続する。
…しかし、その攻撃も俺には見えている。
動作自体が緩慢なのだ。
いや、元の世界の俺だったら初撃で殺されているだろう。
きっと、俺の動体視力が異常なまでに鋭いのだ。
彼女の攻撃では、今の俺に傷を付けることはできない。
「無駄だ、ロゼッタ…!君じゃ、俺を倒すことなんて…」
「無駄でも…それでも私は…諦めるわけにはいかないんです…!!」
「ロゼッタ…」
なんとか攻撃を止めるように俺は説得を試みる。
だが、ロゼッタは止まる様子を見せなかった。
何度も何度も空を斬りながら、なおも彼女は攻撃を止めない。
十回…二十回…。
止まらない彼女の攻撃を躱し続けて、どれ程の時間が経っただろうか。
いや、一分も経っていないだろう。
その半分すら経っていないかもしれない。
だが、ロゼッタの笑顔を最後に見てから既に数時間程経過したかのように、俺の時間感覚は麻痺を起こし始めていた。
咲き誇る向日葵のように、輝かしい笑顔をしていた彼女。
そんな彼女が、今では歯を食いしばりながら俺に刃を向けている。
その表情はとても辛そうで、悲しそうだ。
怯えているようにも見える。
一体、俺の言葉の何が彼女を傷つけてしまったのだろうか。
思い出すのは、俺がエルダー戦においてスナッツに言われた「良い人」という単語。
あの時の俺は、元の世界でのトラウマのせいでかなり荒れてしまった。
だが、あの時はなんとか自分の中で折り合いをつけることに成功した。
多分、スナッツのおかげだろう。
正真正銘にして、本物の「良い人」であるスナッツのおかげだ。
もしかしたら、あの時のスナッツのように、俺も彼女の持つ「禁句」を口走ってしまったのかもしれない。
だとすれば、俺はどうしたらいいのだろうか。
何ができるのだろうか。
…分からない。
今はただ、冷静ではない彼女の刃を躱し続けることしか、俺にはできない。
「…うっ…くぅ…」
ひたすらにロゼッタの斬撃を交わしていると、風切り音の合間に、小さな呻き声が聞こえた。
同時に、彼女の瞳からはキラキラと輝く何かが舞う。
…涙だ。
「…何…で…。折角…折角やりなおせると…思ったのに…!」
彼女の斬撃が、急激に精度を落とし始めた。
数発に一発、二発に一発…俺が回避しなくとも、彼女の斬撃が当たることはなくなっていく。
やがて、彼女は無闇に光剣を振るうことを放棄した。
行き場を失くした光の十字架は明滅し、光剣から普通のショートソードへと姿を戻す。
そして、だらりとぶら下がっている彼女の腕から…ショートソードの刃が砕けて散った。
「ロゼッタ…大丈夫か?」
立ち尽くしながら、俯いて何も言葉を発さないロゼッタ。
慎重に、様子をうかがいながら俺は彼女の元へと歩み寄る。
ロゼッタのすぐ正面まで近づくと、彼女は揺らぎ、俺にしがみついてきた。
いや、もたれ掛かると言ったほうが正しいだろうか。
俺のジャケットをつかむ彼女の手に、力はほとんど篭っていない。
「お願いです…ロックさん…。私の事は…誰にも言わないでください…」
ぽつり、ぽつりと。
乞うように、願うように、彼女は言葉を紡ぐ。
ロゼッタの言う、「私の事」という言葉に、俺は全く身覚えがない。
おそらくは、アビリティの"魔導"に関することなのだろうが…どう関しているのかは全くの未知だ。
だから、彼女が願っている内容も、俺にはわからない。
だが…。
「…あぁ、誰にも言わないよ。絶対に」
恐らく、この答えが彼女が求めている言葉なのだろう。
例えこの言葉が嘘だとしても、誰も俺を咎めることはできない。
なぜなら俺は…既に盗人なのだから。
今回の話が極めて短くなった反動か、次話は少し長めになってしまいます。
文字数コントロールが安定せず申し訳ないです…。
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