第15話:十字架を掲げる少女
「嬉しいです、ロックさんと一緒にクエストに行けるなんて!」
「俺のこと、知ってるの?」
ロゼッタと並んで森の中を歩いていると、彼女は高揚した面持ちで話し始めた。
まるで事前に俺のことを知っていたかのような口振りだ。
「勿論です、ロックさんの噂は有名ですよ?Eランクにしてフォレストボアを倒した上に、そのエルダー種まで撃退したとか!」
「撃退って…運が良かっただけだよ」
そんなに噂になっているのか。
まずいな…あまり注目を浴びても困るのだが…。
とはいえ、今となってはエルダーを撃退したというのも事実だ。
"盗取"によってエルダーの能力を奪ったおかげで、なんとか生き延びられたのだから。
「だとしても、フォレストボアを倒せるなんてスゴいです。同じEランクハンターとして、尊敬します!」
「は、はは…それはどうも…」
キラキラと、羨望の眼差しでこちらを見上げてくるロゼッタ。
生まれてこの方そんな熱い視線受けたことないんだけど…。
恥ずかしいから、やめてくれません?
なんなの、俺のファンなの?
「でも、意外でした。まさか本当に私とパーティーを組んでくださるなんて…」
「あーそれは…まぁ、うん。俺も色んなハンターと交流してみたかったし」
「な…なるほど、様々な経験を積みたいということですか…。凄い心掛けです、さすがロックさんです!」
「いやいや、そんな大したことじゃ…」
もう、やばいよこの子。
滅茶苦茶わっしょいしてくるよ。
御神輿にでもなった気分だよ。
まぁそれはさておき、そんな彼女と受けたクエストは、ロックビートルの討伐クエスト。
難易度としては、狩りになれたEランクハンター向け程度のクエストらしい。
ちなみに、ロックビートルというのは石のように硬い甲殻を持った大型の虫なのだそうだ。
まぁ、ビートルっていうんだからカブトムシみたいな虫なのだろう。
わかりやすくて助かる。
あ、ちなみに俺が名乗っているロックはスペル表記するとLockである。
Rockではない。なので、今回の討伐対象とは全くの無関係だ。
ロゼッタの褒め殺しに押されながら、俺は今後の話題展開について考える。
彼女が持っていた、"魔導"のアビリティ。
クエストの準備中に隙をついてアビリティの確認をしたが、見間違いではなかった。
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アビリティレベル l
魔力操作 l
魔力適性 l
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これが、先程確認した"魔導"のアビリティ説明だ。
もう、見るからに羨ましい感じのラインナップである。
魔力操作とか、今まさに俺が必要としてそうな要素じゃないか。
魔力適性というのはよくわからないが…俺の魔力耐性とは対になりそうな雰囲気を感じる。
アビリティというものは総じてプラスの効果を持っていると俺は勝手に認識していたのだが、もしかしたらマイナスの効果を持っているアビリティもあるのかもしれない。
重戦士のクラス説明には、耐久力が高い代わりに機動性が低いと書いてあったからな。
アビリティも一長一短があるという可能性も低くはない。
…俺の魔力耐性が、魔法を使えなくするアビリティという可能性も、低くはないのだ。
今はただ、そんなはずはないと祈るしか無い…。
「…はぁ」
「あ、ロックさん?すみません…もしかして私、何か失言を?」
「いや、なんでもないよ。それより、ロゼッタに聞きたいことが在るんだけど、いいかな?」
「は、はい?構いませんが…?」
首を傾げるロゼッタ。
よし、俺は聞くぞ。
彼女に聞くんだ。魔導の極意を!
「俺にさ…魔力の使い方教えてくれないかな?」
「…っ!?」
爽やかに、可能な限り爽やかに笑顔を彼女へ向ける。
だが、そんな俺に彼女が返したのは驚愕の表情だった。
…あ、あれ、何かミスったか?
「ロ…ロゼッタ?」
「…で…すか…」
「え?」
「な…なんで私に…そんなことを聞くんですか…?」
先程までキラキラと輝いていた彼女の顔など見る影もない。
顔面蒼白とはまさにこのことだろう。
なんとか平然を装うとしているようだが…声が震えている。
「い、いや…俺、魔法を使いたくてさ。どうやったら魔法を使えるようになるのか知りたいんだ」
「魔法…を?」
「あぁ!実は俺、この間まで記憶を失っててさ。気が付いてから書院で調べ物したりしたりしたんだけど、なかなか成果が上がらなかったんだ。だから、今度はハンターに聞いてみようと思っ…て…」
「…」
俺の熱意をなんとか伝えようと、身振り手振りを交えながらロゼッタに語りかける。
だが、言葉を重ねれば重ねるほど彼女の表情は悪くなっていった。
まるで、忌々しいモノでも見るかのように。
まるで、恐ろしいモノでも見るかのように。
「…ロゼッタ?」
「…どうしてですか、ロックさん…。どうしてそんなことを言うんですか…」
「ロゼッタ?何を言って…」
「どうして貴方が、そんなことを言うんですかっ!!」
ロゼッタが叫ぶ。
それと同時に、彼女は腰に下げていたショートソードを抜いた。
な、なんだ?
俺、もしかして怒らせたのか?
「お、落ち着けロゼッタ!失言か?俺が失言したのか?」
「もう遅いです!貴方は…貴方は言ってしまった!!」
理由は分からないが、激昂している彼女の剣幕に圧され、俺は後ずさる。
すると、ロゼッタはショートソードを逆手に持ち替え、刃部分に手をかざした。
直後、彼女の手が光を放ち、その光に同調してショートソードの刃が輝き始める。
「"主よ…悪を断つ力、神聖なる裁きを与え給え"」
目の前でロゼッタが、"何か"を唱える。
その"何か"が唱え終わると同時に、刃の輝きは無形から有形へと変化した。
刃の輝きは持ち手へと延長し、ソードの唾からは刃に垂直な輝きが伸びる。
形を得た輝きは、言うなれば正に…光の十字架だった。
これが、修道士の戦い方なのか?
とてつもなく格好良いじゃないか。
俺も、戦士辞めて修道士目指そうかなぁ…。
…って、今はそれどころじゃない雰囲気だ!
「待て、ロゼッ…」
「てやぁぁ!」
なんとか制止しようと声をかけるが、彼女は聞く耳を持とうとしない。
迷いなく俺の足元に踏み込むと、光の十字架を俺に向かって切り上げた。
ギリギリのところで身を捩って斬撃をかわすが、光の切先は俺のジャケットを掠める。
おかげで、数cm程のスリットが出来てしまった。
「っく…」
回避した姿勢のままバックステップを踏み、突然暴れ始めたロゼッタと距離をとる。
一体どうしてしまったというのか?
彼女は、「言ってしまった」と叫んでいた。
俺の発言に問題があったのか?
だとしたら、どこだろうか?
「待ってくれ、ロゼッタ。話をしよう、な?」
「話すことなんてありません!記憶を失ったなんて嘘まで吐いて…私を利用するつもりだったんでしょう!?どうやって知ったのかは分かりませんが…私の事を知っている人間を野放しにはできません…!」
大きな瞳でこちらを睨みつけるロゼッタ。
琥珀色の瞳からは、完全な敵意が剥き出している。
「嘘だなんて…別に俺は…!」
…吐いてない?
いや、それは嘘だ。
俺は記憶を失ってなどいない。元々記憶が無いだけだ。
それに彼女を利用しようと思ったことも、はっきりと言えば事実である。
…だが、それは彼女が俺に襲い掛かってきた理由とどこかズレている気がする。
ロゼッタのいう「私の事」とは…一体なんだろうか?
「問答…無用です!!」
なんとか弁明しようと思考する俺だが…。
努力も虚しく…ロゼッタは今一度、此方へと踏み込んできたのだった。
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