第10話:書は知を語る
「んじゃ、俺は先に帰るわ。読書なんて小洒落た趣味はないからな」
「あぁ、分かった」
戦斧を買った後、武器屋を出た俺達は石造りの立派な建物の前へと来ていた。
木製の建物が多いこの町においては珍しい建物だ。
スナッツに案内されたこの建物は、トルテラの書院。
まぁ、図書館みたいなところだ。
この世界についての知識を蓄える為にやってきた。
俺が礼を言うと、スナッツはヒラヒラと手を振りながら立ち去る。
趣味というほどではないが、俺は本を読むことが嫌いじゃない。
時間を掛けてゆっくりと情報を吸収できる点で、性に合ってるのだ。
少しばかり胸が高鳴っているのを感じながら、俺は書院の扉を開けた。
「…おぉ、結構広いな」
書院の中は、思っていたよりも広かった。
入り口の側では、帳簿のようなモノを記入している初老の女性が此方を見て微笑んでいる。
司書の人だろうか?
「えと、こんにちは」
「はい、こんにちは。珍しいですねぇ、お兄さんみたいな若い人が来るなんて」
ニコニコしながら挨拶を返してくれる司書らしき女性。
あまり若者は此処にはこないのだろうか?
「少し、調べたいことがありまして。本を見せていただいてよろしいですか?」
「えぇ。ごゆっくりどうぞ」
女性から許可をもらい、俺は書院の中をぐるりと回り始める。
古本屋の店内のような不思議な匂いが、俺の鼻孔をくすぐった。
・・・
・・
・
「…ふぅ」
目頭を抑えながら、凝り固まった肩を回す。
窓から外を見ると、日はすっかり落ち始めていた。
かなり没頭してしまったようだ…。
「こんなところ、か」
机の上に積み上げられている本を見渡しながら、俺は満足気にそう呟く。
半日程度しかいなかったが、かなりの数の本を読みこなした。
とはいえ、パラパラと読み流していたことも多く、熟読したとは言えない。
それでも、知りたかった知識はかなり手に入れることができた。
「随分と読みふけっていましたね」
「あ、はい。とても為になりました、ありがとうございます」
「いえいえ。お役に立てて、本たちも喜んでいることでしょう」
持ち出してきた本を片付けようとし始めると、司書らしき女性が側に立っていた。
終始ニコニコと笑っていて、優しそうな、感じの良い人だ。
「素晴らしい良書ばかりでした。また来てもよろしいですか?」
「もちろんですよ、是非お越しください。お片付け、お手伝いしますね」
「あ、これはどうもありがとうございます」
女性は笑顔を絶やさずに、俺が積み上げていた本を何冊か手に取った。
彼女が取った本の内の一つには、表紙に「聖なる神と邪なる神」と書かれている。
…いや、"そう読める"と言ったほうが正しいだろう。
俺がこの書院に来てあの本を手にとった時には、「聖邪の神」と読んでいた。
さて、これはあくまで仮説なのだが…恐らく俺は、この世界の言葉を直感的に理解できるのだと思う。
理解できる、というのは「なんとなくだが意味が分かる」ということだ。
というのも、セラに案内されてトルテラに来た時から俺は小さな違和感を感じていた。
町内の至る所には見たこともない文字で色々と書かれているのに、俺はその文字を 無意識の内に読んでしまっていたからだ。
そしてこの仮説は、今日この書院に来たことでかなりの確証を得た。
本を読み始めた頃は文章が支離滅裂に見えたのだが…ページ数を進めていく内に、文章の理解度が格段に上昇していったのだ。
例えるなら、最初の頃は翻訳機にぶち込んだ結果を読んでいたのに対し、後半は意訳を含めた丁寧な訳文を読んでいたようなイメージ。
恐らく、多くの文章を読み進めている内に俺の中に眠る国語力的な何かが上昇していったのだろう。
無論、序盤の文章が本当に支離滅裂だったということはない。
ひと通り読み終えた後に見返したら、とても面白い内容が書いてあった。
また、「聖なる神と邪なる神」はトルテラの中で度々見かけた文字で書かれていたが、その隣にある「世界渡航日記」は見たこともない文字で書かれていた。
しかし、こちらの文字に対しても前述と同様の現象を確認することができた。
完全な初見の言語であっても、わずか数時間で本一冊読める程度には理解できるようになるのだ。
勿論、この世界に存在する全ての言語について試してみたわけではないが…。
それでも、言語に対してかなりのアドバンテージを持っているということは確かだ。
つまり仮説をまとめると、俺は初見の言語であろうとも直訳程度の理解度で認識することができる。
また、その言語により多く触れることで、訳がより自然になっていくということだ。
今のところは読解に限っているが、恐らく会話においても同様の現象が起きるのではないだろうか。
根拠としては、俺がトルテラの人間と難なくコミュニケーションがとれている点が挙げられる。
俺が日本語のノリで話していても、セラやスナッツには流暢に通じていたからな。
笑いどころでは笑ってくれてたし。
…すべることもあったが。
恐らく、これも"ロック"という存在の持つ特殊な能力なのだろう。
アビリティには特に記載されていなかったと思うが…なんて便利な能力なのだろうか。
「それでは、失礼します」
「はい、またどうぞ」
本の片付けを済ませ、俺は書院を出た。
日の落ちた空は紫色に輝いており、なんとも幻想的な雰囲気を醸し出している。
「…ッ…!?」
…それと同時に、名状し難い不安が俺を襲う。
誰かに見られているような気がする。
何の根拠もないが、そんな気がしたのだ。
見守られているような、見張られているような。
不快な視線を感じる…そんな気がした。
「誰か…いるのか?」
うっすらと暗い周囲を、目を凝らして見渡して見る。
…だが、誰もいない。
人っ子一人、見当たらない。
何かが変だ。
昨日スナッツと酒を買いにでた時には、人通りはそれなりにあった。
今と大差ない時間帯だったはずだ。
それなのに、この静けさは異様である。
明らかに、異常だ。
…なぜだろう、素直に怖い。
エルダーと対峙した時よりも明確で、未知の恐怖を…俺は感じている。
離れたい…この場を。一刻でも早く、離れたい…!
改めて周囲を見渡し、様子を窺う。
…変わったものは何も見当たらない。
ゴクリと音を立てて生唾を飲み込み…俺は宿屋へと駈け出した。
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