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 寒くて寒くて、外に出るのもおっくうな季節がやってきた。小屋の外では風がひゅおおおお……、おおおおお……と恐ろしい声で泣いている。あんなにあったはっぱは風にすっかりつれさられてあとかたもない。灰色の空からは白くて冷たい雪がひらひらひらひら舞いおりて、森はこんもり綿ぼうしをかぶるようになった。

 それでもアンジェは、今日も元気にやってくる。うさぎのしっぽみたいなかざりのついた毛糸のぼうしと革の手ぶくろをしっかりつけて、まあるいほっぺをりんごみたく真っ赤にして、白い息をはあはあはきながらかけてくる。雪だるまをつくったり雪玉をなげたりして遊んでいるといいのだけれど、じっとしてるとそのまま雪と一緒にこおっちゃいそうだから、お話をするときは僕の家の暖炉の前にすわることにしてた。

 お湯をわかしてるあいだにふたりぶんのカップをたなからおろして、アンジェの持ってきてくれた紅茶の缶をあけて、おかしをならべて、お茶会の準備をする。森の自然にかこまれて遊ぶのも好きだけど、僕の小屋にアンジェがたずねてきてくれるのは胸がほっこりするような、わくわくするような、なんだかうれしい時間だ。

「清しこの夜、星は光り……」

 アンジェは暖炉のまん前にじんどり、やかんを見はりながらかえでみたいな手をあっためている。雪にぬれた編みあげブーツも毛糸のごつい靴下もぬいで、こうして火のそばでかわかすのがいつもの光景になっていた。

「はい、どうぞ」

「ありがとう」

 ぱちぱちとはぜる小枝を見つめながら、ふたりならんでティーカップを両手でつつみこむようにしてあったまる。寒いあいだは机も椅子も暖炉の前にうつしてしまって、食べるときも寝るときもほとんど一日中あったかいところから動けない。火からはなれたらあっというまに寒さにやられてしまう。

「そうだ、今日はエディにわたすものがあるのよ」

 熱い紅茶にマスカットのジャムを落としてひとごこちついたところで、アンジェはバスケットから緑のリボンのかかったつつみを取りだした。あけてみて、とほほえまれてなめらかなリボンをひくと、深い緑の細くて長い、ふさのついたものがあらわれた。

「なあに、これ?」

「毛糸のえりまきよ。寒いときに、こうやって首にまくの」

 アンジェは立ちあがって、やわらかい緑で僕の首をいち、にい、さんっとぐるぐるまきにした。

「ぼうしとおそろいで、森の緑みたいだね。あったかいや」

 そのうちのひとまきを口もとまでひきあげて、なわめもようの入ったふわふわのもこもこにうずもれる。まるでひつじに抱きつかれてるみたいだ。

「よかった。エディは首が長くて寒そうだったから、ばあやに習って編んだのよ」

「すごいやアンジェ、ありがとう」

 おかしにくしにぼうしに、アンジェは僕のためにいろんなものを持ってきてくれる。僕がよろこぶとそれだけでうれしそうな顔をするから、僕もまたうれしくなる。

「実はね、今日は僕からもプレゼントがあるんだ」

「え、なになに?」

「ひいらぎのかんむりだよ」

「わあ!」

 背中にかくしておいたわっかをさしだすと、アンジェははなやいだ声をあげた。つやつやした深緑の、ぎざぎざのはっぱがかわいいかんむり。たくさん集めてひいらぎの真っ赤な実とあわせてつくった小さなかんむり。アンジェは今まででいっとうの笑顔で、緑の瞳をきらきらさせて僕のつくったかんむりを見つめてる。よかった。よろこんでくれたのにほっとして、僕もほおをゆるめた。

 だれかからのおくりものはうれしい。でも、もらってばかりじゃなくて、僕もなにかおかえしがしたかった。アンジェをよろこばせて、アンジェがうれしそうな顔をするのが見たかった。

 だけど、なにをあげたらいいだろう?アンジェはいつも森の外からおいしいものやきれいなものを持ってくる。だけど、かわいい服やかばんよりも、森の花やはっぱを宝物にすると言って大切にする子だ。森のものはいつも一緒に集めてるし、いつでも手に入る。どうせなら、ほかのだれにもつくれない、いっとうすてきなものをあげたい。でも、なにを……?

 いくら考えても決まらなくて、何晩も何晩も悩んでたのだけど、このあいだ一緒にリースをつくっていたときにきっと好きそうだと思って、アンジェの見ていないあいだに材料をひろって、月明かりをたよりにつくっておいたのだ。

「よろこんでくれてよかった。ほんとは春にお花でつくったほうがかわいいんだけどね」

「知ってるわ、白つめ草でつくるんしょう?でも、これもすてきだわ。ひいらぎの緑に赤い実があざやかできれい!」

 まわしてうらがえして手のひらにのせてひとしきりながめると、アンジェはかんむりをぽすっと頭にのっけた。

「にあう?」

「うん、アンジェの髪にとってもはえるよ」

 緑のかんむりをいただいた素直な金髪は、たんぽぽよりも小麦よりもあざやかだ。その下の瞳は暖炉の炎に照らされて、やわらかな若草から樹齢千年の木の深い緑までをうつしだす。緑のかんむり、金の髪、緑の瞳、はかなげな白いはだ。その姿は、森の精のようだ。

「すごくきれいだ」

 ほう、と思わずため息が出てしまうほどきれいだった。

「僕と、一緒にいてくれてありがとう」

「え?」

「アンジェがいてくれてよかった。アンジェが友達になってくれて、僕はまた森で遊べるようになった。それも、前よりもうんとうんと楽しく。僕はこんなものしかかえせないけど……ありがとう、アンジェ」

 ありがとう、ありがとう――

 ありったけの感謝の気持ちをこめて、はなびらみたいな手をそっとにぎる。それは、アンジェと出会ってからずっと思っていたことだった。ただあらためて伝える機会がなかっただけで、アンジェに会うたびずっと思っていたことだった。ありがとう僕に会いにきてくれて。僕と一緒にいてくれて。 僕と、出会ってくれて。ありがとう――

「あなたはきれいだわ」

 アンジェはだまって僕を見あげたまま、きゅっとくちびるをむすんだ。

 すんだ木もれ日の緑が僕をまっすぐに見つめる。

「あなたはきれい、わたしなんかよりも、ずっときれいよ……」

 そうして、きれいな顔をくずれそうにゆがめると、ばっと小さな手でおおい、うっうっとおえつをもらしはじめた。僕はやり場のない手をおたおたとぎこちなく動かす。さっきまでとっておきの笑顔でよろこんでくれていたのに、今はもう、この世の終わりが来るのをなげくかように悲しい声をあげている。いったいどうしたんだろう?僕はとほうに暮れてアンジェを見つめた。

「ごめん、気に入らなかったかな」

 もしかしてと思いおそるおそるたずねたら、アンジェは金の髪をさらさらさせて首をふった。

「そうじゃないの、そうじゃないのよ……すごくうれしかったわ」

「じゃあ、どうして……?」

「なんでもない……なんでもないの……」

 わけをきいても、アンジェはすんすんはなをすすっていやいやするように小さく頭をふるだけだ。なんでもないなら泣いたりしないと思ったのだけど、つらそうなアンジェを見るとなにも言えなかった。僕はアンジェに悲しんでほしくない。いつものように笑っていてほしかった。だけど、涙のわけもわからないのにどうやってなぐさめていいのかわからなかった。だから僕は、言葉のかわりによしよしと頭をなでた。小さな頭をゆらさないように、優しく優しく、よしよし、よしよし。アンジェはしばらくじっとしていたけど、そのうちたまりかねたように細いうでをのばして抱きついてきた。

「大好きよ、エディ」

「僕もアンジェが大好きだよ」

 アンジェは小さな体でよりかかるみたいにしてしがみついてくる。僕は横から抱きしめられていたのをうでの中に抱きしめなおして、きれいな長い髪をすいた。あたたかで、やわらかで、いいにおいで……アンジェを抱きしめていると安心する。僕はふんわりと目を閉じて、アンジェの髪にうずもれた。

 遠い昔に、こうやってだれかに抱きしめられていた気がする。それはおひさまか、顔も知らないお母さんか。いくらぬくもりをたどっていってももやがかかったようでようとしてわからないけれど、誰かに抱きしめられたことがあったかもしれないというだけで胸が満たされた。それは、あまりにもかすかで、なつかしい記憶――

 僕にはどうしてアンジェが泣いているのかわからなかった。だけど、泣いてしまうほど悲しいことはわかったから、アンジェが泣きやむまで抱きしめていた。


 涙の落ちる数もへり、泣き声もひっく、ひっく……と小さくなり、すんすん鼻をすする音だけになったころ、アンジェはばつが悪そうにゆっくりと顔をあげた。目もはなもこすったせいで赤くなってうさぎみたいだ。

「……ごめんなさい、お洋服をぬらしちゃったわ」

「いいんだよ。こんなの、暖炉の前にいればすぐにかわくよ」

 はい、と机の上のちり紙の箱をさしだす。アンジェはうすい紙をよつおりにすると、ちーん!、といきおいよくはなをかんだ。

「泣いたらなんだかおなかがすいたわ」

「そういえば、お茶の途中だったね。つづき、食べようか」

「うん」

 もう一度ちんとはなをかんで、アンジェはにっこり笑った。

 冷めた紅茶をわかしなおして、僕たちはいつもどおりお茶会をはじめることにした。今日のおやつはしっとりしたマロングラッセとくりのパイでくりづくしだった。おっちょこちょいなメイドさんのハンナが秋にひろいすぎて、村中にくばってもまだまだまだまだたくさんあるのだという。来年の秋までこまらないかもってくらいあるのよ、とアンジェはこまったように言った。

 お話をして、お茶を飲んで、笑って、パイを食べて。

 甘くて優しいふたりだけの時間がすぎていく。

 こんな時間が永遠に続くのではないかと思われた。

 でも、僕たちが花を愛ででいるあいだに、闇の足音はひそやかに近づいていたんだ。


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