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 次の日の朝、わたしはお気に入りのミルクティー色のカーディガンをはおると、いつものように厨房にしのびこみ、ふたりぶんのクッキーをバスケットに入れて、村の子と遊んでくるわとじいやにほほえんでおやしきを出た。あんまりおそくなっちゃだめですよと庭師と話していたばあやが大きな声で言う。わたしはふりむいて、わかってるわとさけんで歩きだす。

 ……うそは言っていない。あの森だってこの村の中にあるんだから、エディだって村の子だ。それも、この家のこどもなのだ。ただ森に行くと言っていないだけで、うそはついていない。

「あっ、アンジェだ」

「おはようアンジェ!」

「あら、みんな」

 黄金色の小麦畑をながめながら歩いていたら、村の子たちとばったりでくわした。見つかるとやっかいだから、いつもみんながとおらなさそうな道をえらんで行っていたのに。今日は運がない。

「アンジェ、遊ぼうよ」

「今日はねえ、小麦畑でおにごっこするんだよ!」

「見つかるとおこられるから、おとなたちにはないしょなんだ」

 わたしのこしくらいの背丈の子たちが無邪気な笑顔でわらわら集まってくる。くすくす笑いあう様子がかわいくて、思わず口もとがゆるんでしまう。

「ごめんね。楽しそうだけど、行かなきゃいけないところがあるの」

「ええー」

「つまんないのー」

「また今度遊ぼうねえ」

 どこに行くのと聞かれる前に、手をふってすたすた歩きだす。背中のほうで、

「なんだよ、つきあいわりいなあ」

 と、リーダーのアンドレが白けたようにつぶやくのが聞こえた。

 はじめて森に行ったあの日から、わたしは一日のほとんどを森で過ごすようになっていた。寝ている時間をふくめても、おやしきにいるよりエディといるほうが長いくらいだった。週に三日は先生が来るから毎日行けるわけじゃなかったけど、ひまさえあればおかしをたずさえて森へ足をはこんでいたのだ。だから、そう言われても仕方ない。そのうち仲間はずれにされちゃうかもしれないけれど、エディにはわたししかいないんだから。

 森のどんぐりでつくったブローチをつけたベレー帽をしっかりとかぶりなおして、赤いギンガムチェックのバンダナをめくってバスケットをのぞく。からす麦のアーモンド入りのクッキーと、チョコレートのまじったマーブルクッキーに、鳥のかたちのかわいいクッキー。ひのふのちょんちょん……多分、ひとり十個ずつはあるはず。エディはよろこんでくれるかしら。

「アンジェ!」

 息を切らして呼ばう声にふりかえると、フランシスがとろけるようなキャラメル色の髪をゆらして走っていた。

「なあにフランシス」

 道の真ん中で立ちどまると、フランシスは足をはやめてわたしの前まできた。よっぽど急いでいたのか、ひざに手を当てて、はあ、はあ、と苦しげに胸をあえがせて、ゆっくりと深呼吸をする。

「ねえ、アンジェ……どうしたの」

「どうしたのって、なにが?」

「最近、ちっともみんなと遊んでないじゃないか。そのくせ二日に一度はバスケットを持って楽しそうに歩いてく。僕じゃなくても気になるよ。だれかとけんかしたわけでもなさそうだし……どうして?」

 くりくりしたどんぐりみたいな目がわたしをのぞきこむ。とぼけて白を切るつもりだったけれど、まっすぐに見つめられてなにも言えなくなった。

「……なーいしょ!」

 切実な瞳を見つづけることができなくて、わたしは森へくるりと足を向けた。速足で歩きはじめると、フランシスはあわてて大またでついてくる。

「待ってよ、アンジェ」

「急いでるの!」

 エディのいる森とおやしきは遠い。はやくしないと遊ぶ時間がなくなってしまう。こんなところで問答をしているひまはない。

「朝から歩いて、夕方にはおやしきにつくような時間にまた歩いてる。村のだれもさそわずにひとりだけで。そんでそれは、アンジェがばけものについて聞いてきた次の日からだ。……ねえ、森に行ってるんだろ」

「……知ってて聞くなんて、趣味が悪いわよ」

 眉をよせてぴたりと足を止める。そこまで言い当てられちゃちがうとも言えない。だけど、素直じゃないわたしは遠まわしに非難することしかできなかった。

「まさか、ずっと見はってたんじゃないでしょうね」

「さすがにそこまではしないよ。僕も家の手伝いがあるからね。畑の向こうがわにきれいな長い金髪が歩いてるのが見えて、こんなおやしきからはなれたとこにいるのはめずらしいって思って、どこに行くのか見てただけだよ。そんなことが何回も続いて、しかもほかのみんなは知らないって言うから、もしかして……って」

「ああもう!」

 フランシスの言葉を切るようにかんしゃくをおこす。ほかの子なら、わたしに気づいた時点で話しかけてくるはずだ。それなら遊ぼうってさそわれても今日みたく行かなきゃいけないところがあるのって断わったり、ちょっと遊んで家庭教師の先生が来る時間だからってばいばいしたりしてけむにまけるのに。ふだんはたよりになるけど、頭のいい子はこまる。

「おねがいだから、みんなには言わないでよ」

 ばけものと一緒にいるなんて、と気味悪がられるのは一向にかまわなかったけれど、じいやたちに知れたらことだし、村の人たちに広まったら……場合によってはエディが退治されてしまうかもしれない。

「アンジェ……まさか、ばけものにおどされてるんじゃないだろうな」

「そんなんじゃないわ」

 エディを悪く言われたことにむっとしてにらみつける。ほらこれだ。なんて短絡的なんだろう。かわいい子と恐ろしいばけものが一緒にいると、どうしてそうなるの。絵本の中の古いおとぎ話のころとなんにもかわっちゃいない。見かけが恐ろしいからって中身までそうとはかぎらないじゃない。むしろ、わたしがなかば無理やりおしかけてって遊んでもらえるようになったようなものなのに。エディがどんなに優しくて、楽しくて、さみしいのか、想像さえしないんだわ。

 フランシスは心底心配そうな顔をして、善良そうにこちらを見つめている。わたしのことを思ってくれているというのは伝わったけれど、そのうらには「ばけもの」への嫌悪が満ちみちていた。

「ねえ、だいじょうぶなの」

 だまっていると、フランシスは再度問うた。ああ、いらいらする。

「フランシスに心配してもらうようなことはなにもないわ。いい、みんなにばらしたら縁切るわよ」

「アンジェ!」

 ずいと顔をよせてすごむと、フランシスはうすい眉を下げて情けない声をあげた。泣きだしそうな目でとほうに暮れたようにわたしを見ている。いつも冷静で自信たっぷりのフランシスがこんな顔をするなんて。わたしは一瞬怒っているのを忘れて見入った。

 ……わかってる。おなじような子がいたら、わたしだってきっとそう言って心配した。どうしてばけもののいる森に行くの、おそわれたりしないの、大丈夫なの――。でも、今回にかぎっては話がちがう。……そのわけはだれにも言うことはできないけれど。

 村一番のおやしきで生まれたばけもの。

 しあわせそうな家族のうらのかくされたすて子。

 ばけものを恐れる村人たち。

 もしエディがわたしのお兄さまだと知られたら、いったいどうなる?森のめぐみを受けられないのをこの家のせいにされて、おやしきに石を投げられたり、火をつけられたり、作物をわけてもらえなくなったり……徒党を組んでいやがらせをされるかもしれない。村をおさめる領主という存在をちょっとも不満に思っていないはずがないのだから、なにがきっかけで暴動が起こるかわからない。

 いくらわたしがたえれても、じいやたち召し使いまでまきこむわけにはいかない。おやしきがなくなるとみんなのはたらく場所がなくなってしまう。それに、じいややばあやがいないとわたしはまだ生活していけない。わたしの家とこの村に根づく深い問題を思うと、思わずため息がもれて、かっかしていた頭が冷めていった。

「森へは、わたしなりに考えがあって行ってるの。……おねがいだから、みんなには言わないで」

「アンジェ……」

 フランシスは悲しそうな目をしてなにか言いたげに口をひらいたけれど、哀願するようにじっと見つめると、それきりなにも言わなかった。



       ❁



 うっそうとしげる木のせいでおひさまが当たりにくいからか、森はしっとりとうるおっている。冬が近づき枯葉が舞うようになっても、外とくらべて空気がやわらかだった。朝のはやいときには神秘的な霧がたちこめ、土の香りがいっそう深い。緑と土のまじりあったにおいを胸いっぱいにすいこむと、大地にとけこんでいくような気がしてとても好きだった。

「エディー、来たよー!」

 不機嫌な顔をおさめて木の下でさけぶと、上の上の、枝が細くなりはじめるあたりからわしゃわしゃ頭がひょっこり顔を出した。やっぱりここにいた。汚さないようにお洋服をぬいで、うでにバスケットをかけたままのぼっていく。近くまでいくと、エディは大きな手をさしのべて手をひいてくれた。

「今日も空を見てたの?」

「うん。ね、あの雲りんごみたいじゃない?」

「ほんとだ!あ、あっちはちょうちょみたいね!」

 青い空に浮かぶ雲たちを知ってるものに当てはめてきゃいきゃいはしゃぐ。エディはやわらかく笑ってわたしの手をにぎった。木の上にのぼったときはあぶないからといつもこうされる。エディが話してくれるようになるまで木のぼりはだいぶ練習したから大丈夫だって言ったのだけど、もし落ちたときにちゃんと受け身がとれるのかというと自信はない。だからいつも、わたしはおとなしく手をつながれている。

「アンジェは小さいね。手なんか僕の半分くらいしかない。うでも、頭も、体も……細くて、ときどきこわしちゃわないかって不安になる」

「それはわたしもおなじ」

「え?」

 白目のめだつ目玉がぱちりとまばたく。わたしがここに通いだすようになってから、エディは前髪を短くした。顔をかくすためにのばしてた髪を目が悪くなってしまうからと無理やりリボンでしばろうとしたら、こうさんして眉毛がかくれるくらいに切ったのだ。……もちろんそれも本当だけど、わたしの前でくらい素顔でいてほしかった、というのが大きい。でも、やっぱりエディは顔をさらして森を歩くことをとても気にしていたので、小屋の外に出るときようにつばの広い緑のぼうしをおくった。

「だって、エディったらこんなに背が高いのに、すんごく細いんだもの」

 エディはわたしを細いというけど、それはまだこどもで土台となる骨が細いからで、外側にはちゃんとお肉がついている。でもエディは、骨はそれなりにしっかりしてるのにお肉がついてなくて、まるで骨と皮のがいこつだ。おかしやらなにやらを持ってくるようになり数か月、少しはお肉がついたみたいだけど、村で畑仕事としている男の人たちとくらべてエディは半分くらいしかなく、あまりにもたよりない。

「それに、わたし村の子たちの中ではお姉さんで大きいほうなのよ」

「そうなの?」

「そうよ。エディがとっても大きいのよ」

「ふうん?そうなのかなあ」

 エディは首をかしげて細長い体とわたしを見くらべてる。エディからしてみれば村の人たちはみんな小さく思えるだろう。でも、わたしからすると、アランたちちびっこはうんと小さくて、わたしとおない年のアンドレやフランシスはおとなよりちょっと小さくて、ハンナやばあやたちはちょっと大きくて、じいやや庭師のお兄さんたちはそれより大きくて、村で一番大きいジャンおじさんはすんごく大きくて、そんでエディは飛びぬけて大きい。だれが大きくてだれが小さいのかはほかの人とくらべてみないとわからない。そしてそれには、自分から見るのと、みんなの中だったらどこにいるのかとふたつのじくがある。

 だれがみにくくてだれがきれいなのかも、きっとそう。

 村のみんなはわたしをきれいだかわいいだとほめるけど、前に先生に見せてもらった絵本のさし絵の王女さまのほうがうんときれいだった。あの子が村にいたら、わたしは今ほどはもてはやされてなかったんじゃないかしら。 かわいいからとおかしをくれて、きれいだからとほめられて、はじらいながら友達になってほしいとよって来られて。だれからも好かれて、愛されて、わたしは村の人気者だ。

 でも、もしもわたしがみにくかったら?

 わたしがかわいいから優しくしてくれるなら、もしそうじゃなかったら。

 森のばけものはいったいどんなあつかいを受けている?実の親にすてられて、みんなに恐れられ、いやがられ、逃げられて――ひとりぼっちで森にいる。もしもわたしがばけものなら、みんなどうするだろう?

 そんなことがだれと話しても思いうかんで、みんなの笑顔が信じられなくなった。

 今まで優しかったお父さまとお母さまが信じられなくなった。

 お庭の色とりどりの花たちも、きれいなお洋服も、わたしを抱きしめてくれたあたたかなかいなも、なにもかもわたしがかわいかったからあたえられたものだった――

 そう思うと、生まれ育ったおやしきでの思い出がどんよりと暗い雲でおおわれていくようだった。

 じいやとばあやの話をぬすみぎきしてから、わたしの世界はひっくりかえった。


 ――もしもわたしがかわいくなかったら。

 ――もしもわたしがばけものだったら。


 そんなことがずっと、ぐるぐるぐるぐる頭をめぐってはなれない。けれど、何度考えても行きつく先はおんなじ。森にひとりきりのエディがその答えだ。

 ……でも、同時に、美しく生まれたことにほっとした自分がいた。

いくら悩んでも、わたしがみんなにかわいいと思われていることはかわらない。ばけものじゃないから、見かけのことでみんなにさげすまれることはない。ひとりぼっちで森にいなくちゃならないことはない。

 ――ああよかった。お父さまもお母さまもお亡くなりになってひとりきりになってしまったけれど、森にいる兄にくらべればわたしはしあわせだ。おいしい食事にりっぱなおやしき、わたしを大事にしてくれるじいやにばあやに召し使いたち、一緒に遊ぶたくさんのお友達。

 もしかして、みんなは自分がばけものじゃないから安心してばけものをけなすことができたんじゃないだろうか。自分がばけものに生まれたかもしれないなんてことは想像さえせず、安全なところから不運なものを笑っているのだ。……わたしとおなじように。

 ぐるぐるぐるぐる考えて、わたしは自分の中にあるどうしようもなくみにくい心を見つけてしまった。ゆらゆらと芽ばえたほのぐらい感情を、わたしはゆるせなかった。


 ――見かけで判断するなんてって思ってたくせに。

 ――好きでかわいいんじゃないわなんて大みえ切ったくせに。

 ――運がよかっただけでほめられてもむなしいわなんて言ったくせに。


 結局わたしは、生まれついたかわいさの恩恵にあずかってただけなんだ。

そんなことを思う自分がいやでいやで、消し去ってしまいたかった。

 はじめはばけものというものに興味を持って、見てみたいと軽い気持ちで話を聞いてまわっていただけだった。けれど、兄だと知って、どうしても会わなくてはと思った。

 何度拒絶されても会いにいった。返事さえしてくれなくとも呼びかけつづけた。逃げまわるエディに意地になっていたところもあるけど、あきらめてはいけないと心がうったえていた。

 胸をかきたてる感情を、血のつながった最後の家族だからとか、お母さまとお父さまの仕打ちにたいする罪悪感だと思っていたけれど。

 本当は、ばけものである兄に優しくできれば、みにくい自分がゆるされてなくなるんじゃないかと思ったの。

 ――優しいエディ。

 エディはわたしを天使みたいだって言った。

 でも、本当に優しかったのはエディのほうだ。

 みんながおびえちゃかわいそうだからと髪をのばして、小屋の中にひきこもって、そばにいると近よってきたわたしにさえも恐がらせるだけだからと逃げまわった。世界はエディにけっして優しいものじゃなかったのに、どうしてそんなに人のことを考えられるの。だれよりも優しさをほしがってたのはエディのはずなのに――。エディに優しくされるたびに、うすい胸に飛びこんで泣きたくなった。

 もしわたしがばけものだったなら、エディとおなじように森へすてられていたのかしら。

 あれから二十年とじいやは言った。ということは、エディはわたしより七つお兄さんなのか。森にすてられたわたしを見つけて、先にすてられたエディはわたしを育ててくれただろうか。エディが森のなにかにそうされたように。

 ――それも楽しかったかもしれない。おなじような顔をした兄妹。優しいお兄さま。ほかに友達はいなくても、あたたかくむかえてくれるお父さまやお母さまがいなくても、ふたりきりでずっと一緒に暮らしていく。美しい森の中で、楽しく遊びながら――

 それとも、おたがいの顔を見るのが恐ろしくて、はなれて暮らすようになったかしら?でも、湖にうつる自分とそっくりだと気づいたら、きっとおずおずと歩みよっていったはず。だれからもうとまれて、自分でさえも目をそらしたくなるようなばけものでも、この世でたったふたりきりの、おなじ痛みを分かちあえる唯一の存在なのだから。

「アーンジェ。アンジェ、どうしたの?」

 名を呼ぶ声にはっとすると、真っ黒な瞳が目の前にあった。エディは長い体をおりまげて、首をかしげながらこちらをのぞきこんでいる。

「ごめん、ちょっとぼんやりしてた。けっこう呼んでた?」

「ううん、なんだか真剣な顔してたから話しかけづらくて、僕もさっきまでぼんやりしてた」

 両手でぼうしのつばをつまんで深くかぶりなおし、えへへと照れくさそうに歯をのぞかせるエディにつられて笑う。わたしたちはふたりとも考えごとが好きで、空を見ながら森を見ながらとりとめもなく空想してしまうから、こんなこともよくあるのだ。

「そうだ、今日のおやつはクッキーだよ」

「クッキー?」

 手をつないでるのと反対のうでにかけてるバスケットからなんこか取りだして、はい、とわたす。大きめにつくった鳥さんも星もエディの手にのるととたんに小さく見えるからふしぎだ。

「へえ、これってクッキーっていうんだ」

 エディは右手を顔に近づけて、小さなおかしたちをじっと、うつむきかげんで見つめている。くしでとかしても油をさしてもぼさぼさな髪のせいでどんな顔をしているのかはわからないけれど、なんだか入りこめないふんいきだ。

「なんだかかわいい名前だね」

「でしょう!今回はわたしも手伝ったんだよ。ハンナと一緒につくったの!」

 でも、いつもの笑顔でこちらを向いてそんなことを言うから、どうしたんだろうと思った心はどこかにいってしまった。

「すごいねアンジェ。おかしつくれるんだ」

「そんなにむずかしくないのよ。卵と砂糖と小麦粉と牛乳とをまぜまぜして、型ぬきして焼くだけなんだから。そういえば、今まで持ってきてたのってケーキばっかりだったけど、お口にあうかしら」

「アンジェが持ってきてくれるおかしはどれもおいしいよ」

 上に向けてあーんとあけた口にアーモンドクッキーをぽいっとほうりこんで、エディはうれしそうに笑う。

「よかったあ」

 わたしはほっとして、一緒に持ってきた紅茶を飲んだ。エディにもカップをわたして、お話しながらクッキーを食べる。エディは鳥さんのクッキーをかわいくてもったいないと食べるのをしぶっていたけど、またつくってくるからとなだめてきれいに食べた。

「そうだ。下におりて木の実を集めましょうよ。どんぐりに、まつぼっくりに、くるみに……たくさんひろってリースのかざりにしたいの。ぎざぎざのひいらぎももらいたいわ」

「リース?」

「あのね、まるくって、真ん中にあながあいてて、ドーナツみたいな形のかざりなの。もともとは豊作をいのるためにかざっていたんですって。だから、さっき言ったの以外にも金の麦やひめりんごをくっつけて、かべやドアにかけるのよ。ベルやリボンもつけてもいいね」

「それって、僕の家にもかざってもいいのかな」

「もちろん!エディのとわたしのと、ふたつつくりましょうね」

「うん!」

 そうしてわたしたちは、落ち葉をひっくりかえして遊びながら木のつるを編んで、かわいい実をまつやにでくっつけて、日が暮れるまで森で遊んだ。



       ❁



 森をぬけて、畑のあいだをとぼとぼ歩く。

 わたしはうでを組んで、フランシスと会ったときにもやもやしたことについて考えていた。

 見かけがすてきだからといって、中身もそうとはかぎらない。村のだれもが目をうばわれるしなやかな髪の粉屋のジャンヌは美しさを鼻にかけて村の男の人をいいようにあつかってるし、背は高く丸太のようなうでの立派な体のニコラは村一番の力持ちだけど、どんな女性も自分を好きになると思ってる強引なうぬぼれやだし、小さくてかわいいマリーは牛のしっぼをむすんだり寝ている長老の家にしのびこんで長いおひげを三つ編みしたりするいたずらっ子でしょっちゅうおとなたちに怒られてるけど、そのたびにもうしませんと大きな瞳をうるうるさせてうしろでべえっとしたを出す小悪魔だ。

 反対に、はなの大きくてあばたづらのフィリップおじさんはまじめに畑仕事をして、けがをした人がいればいちもくさんにかけつけてお医者さまのところまでおぶっていくし、はれぼったいまぶたでちりちり頭のイヴは村一番のはたおり名人で、まずしくておなじ服ばかりきている人にこっそり服を仕立ててあげているし、村中から恐れられているエディは足もとに咲く小さな花にまで気を配る優しい人だ。

 どうして見かけのきれい・みにくいにとらわれて、その人の中身を見ようとしないんだろう?わたしにはそれがふしぎでならない。だって、一緒にいるならきれいなだけじゃなくって、一緒にいて楽しい人のほうが気持ちがいいもの。

 きれいな人を見ていると目がしあわせだ。見た目のいい人はそこにいるだけで人を引きつける。だまされるほうもだまされるほうだとは思うけど、目がうれしいのと被害をたしひきして本人がそれでいいならなにも言えない。たとえば、美人のキスひとつでめろめろになってたのみごとを聞いてあげるおじさんとか。ジャンヌやマリーは自分のひいでた点を理解してしっかり使っているとも言える。だけど、自分の力をおごってひけらかすような人とはあんまりかかわりたくはない。わたしとは、いいお友達にはなれそうにないからね。

 黄金の畑が風にゆれて波うつ。稲穂どうしがこすれて、さらさら、さらさらささやきあってるみたい。

 ……夕暮れの小麦畑を、エディに見せてあげたいな。どこまでもしみこんでいきそうな赤い赤い空と、しずみかけの大きな太陽と、橙色の光をあびて黄金にかがやく小麦たち。畑をゆらすひんやりした風。夜がおとずれる前の、あざやかなひととき。すべてが森にはない色だもの。

 人が寝静まった夜になら――ううん、それじゃあこのあったかい色は見せてあげられない。青い月の光に染まった小麦の海もすてきだろうけど、それじゃさびしすぎる。

 ふたりきりじゃできない遊びもあるし、エディも友達がふえたほうが楽しいかもしれないけれど。今の村人の中に、エディとお友達になってくれそうな人はいない。こどもの中で一番頭のまわるフランシスでさえも説得するのに骨が折れそうだ。エディが優しい人だと信じてくれるまで、どれだけかかるだろう。あの様子だと、そもそも話さえも聞いてくるかあやしい。

 わたしもまだまだこどもだから、伝えようとしても言葉が追いつかない。もっと考えて、勉強して、それで――。森にだれかがやって来るのは、もう少し先の話になりそうだ。

「きゃっ」

 北風がぶわっとふいて、小麦を横だおしにする。わたしは風にさらわれないようにベレーをおさえて目をつぶった。冷たい空気がおおいかぶさるように流れてきて、ぶるりと体をふるわせる。ぼうしとカーディガンを持ってきてよかった。おひさまがいるあいだはいいけど、日が暮れるともうだめだ。秋の晩の風が、空気が、はだをさすようにおそってくる。そろそろコートがいるかもしれない。

 たよりない手にはあっと息をはきかけて、ちょっとでもあったかくなるようこすりあわせながら、わたしはおやしきへと急いだ。


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