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 外はとてもあたたかかった。今日は日ざしが強いのか、肌がちりちりする。どうやら昼のようだった。

 でも、木がおひさまをさえぎってくれるから、森はひいやりと風がとおって涼やかだ。僕は井戸につるべを落とし、なわをひっぱって水をくむ。日の光がとどかない水底はどんな気分だろう?髪でおおわれて何も見えない僕とあまりかわりはないのかしら?

 つるべからしずくがたれて、井戸の下の下のほうでぽちょーん……と音が響く。あそこのほうが静かでいいのかもしれない。ここにいたら鳥の声も木のざわめきも聞こえてしまう。せっかくみんなから見られないように髪をのばしたのに、森の音が彼らがいることを思い出させる。

 ――思い出したくない。思い出させないで。

 だって、見れないのはないのとおなじことだもの。

 小鳥たちの朝の歌、ふくろうの夜のあいさつ。あいさつをかえし、一緒に歌いたい!きれいな花にくちづけをしてお水をそそいであげたい!いいにおいのする草の上をはだしでかけまわりたい――!恐がられるとわかっているのに、みんなに会いたくなってしまうのだ。

 会いたいのに会えない。ふれることも、目にすることさえもできない。こんなに悲しいことがあるだろうか。僕は井戸のふちによりかかって泣いた。涙のつぶが水底でかすかにはねて、小さく音を立てた。

 井戸の底をぼんやりと見つめる。水面がわずかにゆらめいている気配がする。

 ――このまま飛びこんでしまおうか。

 立ちあがろうとしたその時、うしろで草がかさりとゆれた。

「こんにちは、あなたが森の番人さん?」

 お砂糖菓子みたく甘い、かわいらしい女の子の声だった。

 僕はおどろいて、あわてて林に向かう。

「えっ、なんで逃げるのっ?」

 だけど、服がひっぱられたせいで僕は草の上にころげてしまった。女の子はごめんなさいとあやまりながらもけっして手をはなそうとしない。僕はせめて、女の子に顔を見られないようにと髪の毛をかきあつめ、両手でしっかりとおおった。

「どうして逃げようとしたの?」

 女の子は僕のそばにふわりとこしをおろし、悲しそうな声で言う。

「だって、僕の姿を見た人は、みんな……」

 目のおくがつんとなって、涙が浮かんでくる。僕も悲しくなって、そのままだまりこんだ。

 木がさわさわと優しい音を立てる。まるで僕をなぐさめてくれてるみたいだ。そう聞こえるのはきっと、僕の思いこみなんだろうけれど。

「みんな――なに?」

 僕の頭を優しくなでて、女の子はそう言った。小さな手のひらのあたたかさに、僕はまた泣きたくなった。

「みんな、逃げていく。だから……」

「だから、自分から逃げるの?」

 僕はこくんとうなずいた。

 恐がらせないために。悲しい思いをしないために。

 僕は家にひきこもり、世界から消えようとした。

「優しいのね」

「え?」

 なにが、と聞こうとする間もなく、あたたかなものが体にまとわりついた。首のあたりをしめつけられて、息がつまる。あえぐようにもがいて空気をすおうとしたら、花の香りがした。

 抱きしめられ――た?

 僕は、上を向いたままこおりついたように動けなくなった。急に顔をあげたせいで、前髪のすきまから世界がのぞけて見える。ひさしぶりの森はやっぱりきれいで、まぶしくて目がくらんだ。

「大丈夫、わたしは逃げないわ」

 女の子は僕の目をまっすぐに見つめた。森の木のように深く、草のようにやわらかな緑の瞳。僕はかくれることも忘れてじっと見入っていた。なんてきれいな緑色なんだろう。女の子は花が咲いたみたいにほほえんで、僕の骨のういた手をつつみこむ。

「あなたとここにいる」

 そう言って、女の子は僕のほっぺたにくちびるを落とした。


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