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僕はだれの目にもふれぬよう、森の奥からけっして出ないようにした。
小鳥や鹿が僕に出会っておびえてしまわぬよう、水を飲んだり木の実を集めたりするときだけ、こっそりと森を歩いた。あとはずっと古い小屋で寝ていた。外に出ると木や花まで目をそむけてしまうような気がしてしかたがなかった。
湖にも近づかないようにした。もう二度とあんなばけものの姿は見たくなかった。あの恐ろしい目!見る者すべてをひきつらせる陰気な目!思い出すたびに僕は消えてなくなってしまいたくなる。こんなみにくい顔をさらして生きてきたなんて、みんなにもうしわけがなくて、何度あやまっても足りやしない。
ごめんなさいこどもたち、ごめんなさい花よ、ごめんなさい小鳥たち。
ごめんなさい、ごめんなさい――
僕は家に閉じこもり、暗い部屋の中で泣いて暮らした。どこにいても落ち着かなくて、僕はかくれるようにして小さな窓から森をながめていた。森を歩くことは僕のただひとつの楽しみであったのに、今では苦痛でしかなかった。
でも、どんなに動かなくてもおなかはへるから、森に出ないわけにはいかない。少しでも顔がかくれるよう、僕は前髪をのばした。外に出るときはいたずらな風に飛ばされないよう手でおさえながら歩く。大好きだった森には黒い線がたくさんできた。世界は見えにくくなってしまったけど、みんなをおどかさなくてすむならそれでいいんだ。
髪の毛は日に日にのび、顔にぶあついおおいをつくった。おひさまもお月さまもどこにいるのかわからない。ずっと家で眠っていたから、庭の花は枯れてしまった。晴れの日にはお水をあげて、雨の日にはおおいをつけて、悪い虫がきたらおっぱらって。きれいな顔を見せてくれるよう、ずっとずっと大切に育てていたのに。
――僕のせいだ。
僕は声をあげて泣いた。顔にはりつく髪が、お葬式に貴婦人のつける黒いベールみたいだった。
僕にはもう、世界を愛せそうになかった。
自分がきらいで、恐ろしくて、だれにも見られたくなかった。僕を見てみんなが恐がる。泣きさけんで逃げていく。目をそむけてふるえてる。僕はみんなが大好きだったのに、みんなは僕がきらいなんだ。
こんなおぞましいばけものに好きだなんて言われたら、みんななんて思うだろう?お願いだからあっちへいって、二度とあらわれないで、僕のことを考えないで、寒気がする!僕だったらきっとそう言って逃げる。言葉すらかけたくなくて、なにも言わずに逃げるかもしれないけど、きっとそう思う。
そんなことも知らずのうのうと生きていたなんて!
僕には世界を愛する資格はない。世界は僕がいらないし、僕も僕なんていらない。だれも僕がいらないんだ。
そう思うと、急にはかなくなった。悲しい気持ちが胸につまって息ができない。くるしい、くるしい。心が血を流している。僕はぎゅっと胸をおさえて床にたおれた。涙があふれて、いたんだ床にしみをつくる。
「えっ、えっ……ひっく」
せまい小屋におえつがしみわたる。いくら泣いても涙はつぎつぎわいてきて、いつまでたってもおさまらない。疲れて眠ってしまっても、目が覚めればまた悲しみがやってくる。僕は毎日泣いて暮らした。
それでも、どうしようもなくおなかがすくから、僕はまた家の外に出なくちゃならなかった。生きてるって、情けない。僕は重い頭をささえながらよろよろと扉をあけた。