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「じいや……おねがいがあるの」

 ひたいを冷やす布をしぼっていたじいやを呼ぶけれど、ここ数日ではげしくなったせきのせいでかすれてしまい、弱弱しい声にしかならない。じいやは起きあがろうとするわたしを制し、枕もとの椅子へすわった。

「なんでしょう、おじょうさま」

 ひたいにひいやりとした布が当てられ、少しだけ気が楽になった。ありがとうとつぶやくわたしをのぞきこむじいやの顔には疲れと悲しさがにじんでいる。ごめんなさい、わたしのせいね。心の中であやまりながら、わたしはふとんの下から小さな金色の鍵を取りだした。

「これは……?」

「わたしが死んだら、そこの引き出しをあけて、中に入っている手紙を森の番人にわたして……」

 じいやは小さな目をかすかに見ひらき、ぎくりとはりついたような顔になったけれど、すぐに執事の表情にもどり、

「……かしこまりました」

 と、わたしの手を鍵ごとぎゅっとにぎった。その言葉に安心して、わたしは体の力をゆるめる。

「おじょうさま、私は……」

 じいやは口をひらき、何か言おうとする。

「もう……いいの」

 なにが言いたいのかはわかってる。でもそれは、わたしが聞くことじゃない。聞けばきっと、じいやを傷つけてしまう。

「それに、彼にこんな姿は見せられないわ」

「え?」

「彼を悲しませるわけにはいかないから……」

 そう言って、わたしは小さな目で問うじいやに、森にいるエディにほほえんだ。

「お水をちょうだい……」

「……はい」

 口もとにそえられたガラスのコップから、ひとくちだけ水を飲む。

「少し疲れたわ……もう少し、休むわ」

「ええ、ゆっくりなさってくださいませ」

 ほ…う、と体の熱をはきだすように息をつき、わたしは目を閉じた。

 ごめんなさいエディ。ずっと一緒にいるって約束したのにね。あなたをおいていくことが悲しくてたまらない。もうあの森で一緒に遊べないなんて――そんな日が来るなんて思ってもいなかった。

 もうすぐ終わりが来る。死んだらどうなるのかしらね。

「げほ、げほげほげほっ」

 体の中からなにかがのぼってくる。血だ。

「おじょうさま、おじょうさま!だれか、お医者さまを呼べ――!」

 じいやのさけび声とメイドたちの走りまわる音が遠くに聞こえる。

 あとのことはよろしくお願いするわね。

 ごめんなさい、さようなら――


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