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こちら、告白推進委員会です。  作者: 暇人
act.1 カエデとホオヅキ
6/30

6話

「ただいはぁ~……」


 玄関のドアを開けた時、俺は無意識のうちに溜め息を漏らしていた。


 結局、あの後朴月には逃げられてしまった。アイツ、見た目によらず足が速く、校門に着いたときにはもう豆粒みたいに小さくなってたし。気のせいか、『あばよ~、とっつあ~~ん!!!』ってことを叫んでいたような……?


 それは置いといて、同い年の女子に追い付けないって情けないよな……。あ~あ、やっぱ運動やってた方がよかったかも……。


 そう愚痴を溢しながら靴を脱ぐと、すぐ近くの階段からドタドタと誰かが駆け下りてくる音がする。


「階段は静かに降りろ~。近所迷惑だ……」


 そう言おうとした瞬間、俺の目の前にフリルのついた襟元が飛び込んできた。突然現れたフリルに俺は動じることもなく、スッ、と身体を背けてそれを避ける


「へ?」


 フリルが間抜けな声を出した瞬間、顔面から前のめりにドアと正面衝突。


「痛ったぁぁぁあああああ!!!!」


 暫くこの世のものとは思えない断末魔が響き渡り、すぐに痛みをこらえるうめき声に変わる。その声の主のわきを俺は何事もなかったかのように通り抜ける。


「ちょっ、お、お兄ちゃん!! いも、妹にかける言葉はないの!?」

「近所迷惑だから叫ぶのは止めろ。あと、ドアがかわいそうだから突撃してくんな」

「あたし存在がドア以下!?」


 鼻を押さえながら上目づかいで見てくるフリルに素っ気なく返しながら俺はリビングへと引っ込んでいくがその前に足首をガッチリ掴まれて逃げれない。


 ココで紹介をしておこう。


 今、ここで俺の足首に噛り付いているのが、かわいそうな俺の妹、姿月(しづき)胡桃(くるみ)


 肩に付くぐらいの茶髪を後ろで団子状に結んで、クリクリっとした目に長いまつげ、薄いながらもしっとりとした艶っぽい唇。まるで、フランス人形とでも見間違えるほどの白い肌に、綺麗な顔立ちをしている。身長は俺の肩ぐらい、無駄な脂肪が無く引き締まった体、スラッと伸びる足、言わばモデル体型に近い。ま、出るとこは出てないけど……。ん? 気のせいか? 何か今一瞬悪寒が走ったような……?


 そんな俺を見ながら、胡桃は赤くなった鼻を押さえながら頬膨らませ、足首から手を離して俺に差し出し、上目づかいで見つめてきた。


 要は『立たせて』、ってことか。可愛い妹が『立たせて』ってお願いしてきてるんだ。そりゃもちろん……。


「だが断る!!」

「むーーっ!!」


 安定の切り返しをした俺に、胡桃はさらに膨れっ面になりながら手をブンブン振って訴えかける。もう小学生か幼稚園児にしか見えない。まぁ、あれで中学三年なんだけど……。


「……仕方ないな」


 俺はそう声を漏らすと、頭をポリポリ掻きながら胡桃に近づく。そんな俺の姿に胡桃は顔を輝かせて満面の笑みを浮かべている。……一瞬胡桃(アイツ)が妹であることを忘れてさせるほどの完璧な笑顔。ホント、中身がこんなのじゃなければ……。


「お兄ちゃん、何思ってんの?」

「何でもねェよ」


 こいつも心を読むのか? と突っ込みたくなるのを押さえながら、俺は手を差し出す。胡桃はお礼の代わりにニコッと笑い、俺の手を掴んだ。


 胡桃の手はシミ一つない宝石のような白さに、柔らかくしっとりとした弾力、ちょっと力を入れたら折れてしまい様なほど細かった。その感触に、不覚にもドキッとしてしまった。


「ん? お兄ちゃん顔赤いよ?」

「べ、別に何でもねェよ!?」

「……もしかして、キュンとした? あたしの手を触ってドキッとした!?」

「ば!? ンなわけあるか!!!」


 俺が即座に否定するが、胡桃は更に黒い小悪魔オーラを出しながら続ける。


「そりゃお兄ちゃん彼女いない歴=年齢だもんね!! そんな男がこ~んな美人で可愛い妹に触れられちゃってトキメかないはずないもんねぇ~!! 仕方がないよ、そういう性なんだから!! 気を落とさなくてもいいよ、誰でもそ―――」

「今日のおかず、プチトマト大盛りな?」

「生意気言ってすいませんでしたァァァァ!!!!!」


 俺の小さな呟きに、胡桃は素早く土下座の体勢に持ち込む。その姿に俺は小さくため息を溢しながら、胡桃の頭をクシャクシャと撫で、苦笑いを浮かべる。


「飯にすっか?」

「………うん!!」


 胡桃はパァッと顔を輝かせて、先にリビングに走っていった。その後ろ姿を見つめながら、自分が一番甘いことを再確認し、リビングに入っていった。



 と言うわけ、夕食と行きたいんだが……。


「今日レトルトカレーでいいか?」

「いや!!」


 キッチンで青の水玉のエプロンをつけた俺がそう聞くと、胡桃はソファーの背もたれから顔を出して即答する。


「最近そんなのばっかじゃん! 手抜きダメ、絶対!!」

「そうは言われてもな~……」


 ソファーの上でギャーギャー騒ぐ胡桃を放っておいて、俺は改めて冷蔵庫の中を見る。


 卵とマーガリン、スライスチーズ、玉ねぎ、キャベツの芯、パセリ、これが我が家のラインナップだ。……これだけの食材で何を作れと? あるだけのものを取り出して、改めてため息をつく。ホントは今日買い出しに行くつもりだったんだが、アイツのせいで……。


「アイツって誰?」

「おわッ!?」


 いつの間にかキッチンに忍び込んできていた胡桃が、ジト目で俺を睨みつけてきていた。心臓に悪い。


「な、何だ!? びっくりするじゃ……」

「誰?」


 俺の言葉を聞かずに、胡桃が低い声で再度聞いてきた。こういう時のこいつはなんかスゴイ威圧感があって怖い。


「……今日の放課後な?」


 俺は仕方がなく、屋上で寝過ごしたこと、告白現場に居合わせてしまったこと、変な女に罵られたこと等を順を追って説明した。因みに、部活に誘われたことは言ってない。あの時みたいなことはイヤだからな。


「……て言うわけだ」

「ふ~ん……」


 俺が長々と話し終えると、クルリと踵を返して今晩の献立を考える。胡桃は頬杖を付きながら何か考え事をしているようだ。ん~? どうしたもんか……。


「名前は?」

「ん?」

「だから名前! その女の人の!」

「あぁ、朴月恭子だと」

「朴月……恭子さん、ね……」


 何でお前も復唱すんの? 流行ってんのそれ? そんなことを思いながら、俺は今日の献立を考える。


 さっきお釜見たらご飯が余ってたし……、確かこの前新しく耐熱皿買ったっけ……?


 ここで、今日の献立が完成する。


「うし!! ちょっと待ってろ」


 俺はまだブツブツ何か呟いている胡桃の頭にポンと手を置いて、包丁を手に取る。


 まず、玉ねぎ半分とパセリをそれぞれみじん切りにする。バターを熱したフライパンにみじん切りにした玉ねぎ入れて、弱火で炒め合わせる。そして、玉ねぎがあめ色になる一歩手前で袋からレトルトカレーをフライパンに投入、玉ねぎと混ぜ合わせていく。

 この際、手でちぎったスライスチーズとコンソメスープを加えて、いい具合のトロトロ加減のカレーソースになるまで煮詰めていく。


 耐熱皿にバターを塗り付け、ご飯を盛り、その上に先程のカレーソースをかけて、更にスライスチーズを手でちぎってカレーソースの上に万遍なくかける。180℃に熱したオーブンに入れ、チーズが溶けて焦げ目がつくぐらいまで焼き上げる。最後に刻んだパセリをかければ完成だ。


「楓特製!! 手抜きカレードリアだ!!」


 既にテーブルに着いてスプーンを手に目を輝かせている胡桃の目の前に熱々のカレードリアを置いてやる。カレードリアだけじゃ寂しいので、カレーソースを煮詰めている間に余ったコンソメスープを火にかけ、沸騰したところにくし切りにした玉ねぎ半分を入れたオニオンスープも前に置いてやる。


「いただきま~す!!」


 胡桃は律儀に手を合わせてそう言うと、早速スプーンでカレードリアを掬い、それを口に含む。


「熱ふぅ!?」

「ちゃんと冷ましてから食えよ?」


 口を押さえながら悶える胡桃に、俺そう言いながら水を差し出す。差し出した水を飲み干して舌を落ち着かせて、胡桃は再度カレードリアをスプーンで掬い、しっかり冷まして口に運ぶ。


「ん~~~~~!!」

「美味いか?」


 胡桃は恍惚の表情を浮かべながら更にスプーンを進める。俺が自分の分をテーブルに置きながら聞くと、胡桃はブンブンと首を縦に振り更に食べ進める。俺もスプーンを手に取り口に運ぶ。自分で言うのも何だが、けっこう美味い。


 ルウが中辛だったので若干辛かったが、それを凌駕するほどの焦げたチーズの香りと玉ねぎの自然な甘さが何とも言えなかった。更に、そこに薄味のオニオンスープがすこし刺激のある辛みを和らげてくれる。


 今日は比較的出来たほうだろう。でも心残りは、レトルトなので香りがあまりしないのは残念だ。今度は残ったカレーかハヤシライスで作ってみようか……?


 その後、俺達は黙々とカレードリアを食べ進め、ものの五分で平らげた。


「ふーっ……食ったな」


 俺は若干膨れた腹を擦りながら食器を水桶に沈めて、ソファーに頭からダイブする。飯食った後にソファーのふかふかに包まれる、これが至福の時なんだよ……。


「お兄ちゃん」

「ん~? 何ぃ~?」


 ソファーに頬を摺り寄せている俺に、スポンジを握りながら胡桃が近付いてきた。


 俺達は料理を作るのと後片付けをするのを役割分担している。今は俺が料理を作って、胡桃が後片付けをしている。とは言っても、その役割が変わったことは一度もない。と言うか、俺が変わらせないようにしている。


「お兄ちゃん、朴月さんに何もされてないよね?」

「されてないって……何が?」

「いや、あの……。や、やっぱ何でもないよ!!」

「? 何だよ……別に言ってみろって?」

「いいから気にしないで!! ほら、お風呂湧いてるからさっさと入ってよ!!」


 胡桃が女子のことを気にするなんて珍しいから結構気になるんだが、何かうぬも言わせぬ剣幕で睨みつけられたら聞けるものも聞けない。ちなみに俺は家内カースト三位だ。


 一位が母さん、二位が胡桃、三位が俺、四位が父さん。典型的な、女が強いタイプだ。


 胡桃の言葉通りにお風呂に入ることを彼女に告げ、俺は自分の下着を取りに二階に行き、それを手に戻ってくる。



「どうしよ……」

 その時、ふと少しだけ空いていたリビングのドアから胡桃の声が聞こえてきた。


「またお兄ちゃんが盗られちゃう……」


 うん、聞かなかったことにしよう。そう心の中で呟きながら、俺は風呂場へと向かった。

今話に出てくるレシピは、作者のオリジナルレシピです。

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