14話
「……暇だな」
「……暇よね」
「……暇ね」
「……暇だね~」
正午の心地よい光が優しく射し込む事務室で、俺達はボケーっと空を仰いでいた。
木下の依頼から一週間が経ち、朴月曰く俺がこの部に所属して一週間が過ぎた。
今ここでのほほ~んと弁当を頬張っているわけだが、つい先日まで首根っこを掴まれて無理やりここに連行されていた奴の姿とは思えない。連行されることに慣れてきた自分が本気で心配になる。
まぁそんなバカ話は置いといて、何故俺たちが口々に『暇だ』等と呟くのはお察しの通り、木下の依頼以降依頼が来ないからだ。
朴月曰く、依頼が二日連続で来るなんてことは滅多にないらしく、いつもはこんな感じでのほほ~んとしているのだと言う。そんな空気の中、椅子の背もたれに体を預ける鳴海先生が大きな欠伸を漏らした。
「寝そうっすね?」
「いや~今日は朝っぱらから保護者の抗議の電話があってね~? たく『登校手段が少な過ぎる』とか『周辺の信号をもっと増やせ』だとかよくわかんない電話ばっかで……」
「いや周囲の環境改善を学校に求めてどうすんだよ……。事務もいろいろと大変っすね」
「分かるかね楓少年よ。だったら明日変わってやってもいいぞよ?」
「人に仕事押し付けんな」
涼しい笑顔でそう言ってやったら「つれない~……」と言って机にだらっと身を投げ出す鳴海先生。てかそんなこと生徒にやらせんな。
「でも依頼が無いと活動のしようが無いのよね~……。こうして楓の弁当を食べる位しか無いし」
「そうだな~……って何堂々と人の弁当摘まんでんだよ!? あとそれ俺の箸だし!?」
鳴海先生としゃべっているうちに俺の手に遭った弁当は何故か朴月の手の中に。奪った弁当を頬張りながら朴月が少し不満げに口を尖らせる。
「あたし玉子焼きは醤油よりダシ派何だけどなぁ~……?」
「作ってこいってか? 弁当奪った奴の為にだし巻き玉子作ってこいってか!?」
「食べて貰える人のことを見据えるのが料理人でしょ?」
「生憎食べてくれる奴は醤油派だからな!!」
そう言いながら朴月の手から弁当を引ったくる。因みに弁当のレギュラーメンバーはすでに朴月の胃袋の中だった。
「あ、唐揚げ美味しかったわ」
「んだっ! …………そいつはどうも」
朴月の呑気な声に怒る気が失せたので適応に返しながら白飯だけを胃に押し込む。あぁ……オカズが欲しい。
「いや~、別にこんな日もあっていいんじゃないの? 何かと頭悩ませずに済むし~」
「俺はお前がここにいることで頭を悩ませてるんだが……? てかオカズ寄こせ」
「ああ!? 最後に残しておいた肉巻きぃィィィイイイ!!!!」
絶叫しながら飛び掛かってくる当麻を適当にあしらいながら奪い取った肉巻きを口に放り込む。
こなくそ。相変わらずコイツん家のオカズは群を抜いて美味い。これを「飽き飽きなんだよね~」って抜かしてるコイツをぶっ飛ばしたい。
「てかなんでお前がここにいんだよ? 教室で食えよ」
「三次元にハーレム展開してるヤツの野望を打ち砕くために来ました」
「そいつはごくろーさん……」
拳を握り締めて宣言するバカは放っておいて、弁当を食べきってしまおう。
「じゃあ~、神坂くんも入部するの~?」
「いや、俺サッカー部なんで。それにここに居るのはただの暇潰しですし」
「さっきと言ってること全然違うじゃない……」
「細かいことは気にしな~いってことだよ比佐久ちゃん?」
「ちゃん付けすんな類人猿が……」
ほわほわとしたオーラを醸し出す鳴海先生と対照的に真っ黒なオーラを醸し出す比佐久を諌める当麻。平和だな……。
そんな時、不意にコンコン、とドアがノックされ、部屋言いた全員の動きが一瞬止まる。
「あ! は~い」
ドアに一番近かった朴月が立ち上がり急いでドアを開けた。
「失礼します」
そう生真面目に礼をして入ってきたのはうちの制服に身を包んだ女子生徒だった。いや、うちの制服を着ているのは当たり前なんだが、その制服が模型に着せてるみたいに折れやシワ一つない新品同様の制服と大差ないんだから普通驚くだろ。
肩まで届く長い黒髪をポーニーテール、シミひとつない白い肌に少し近寄りがたい印象のこげ茶色の切れ目、スラリと伸びた鼻に薄く張った唇。何処ぞのモデルにも比毛をとらないスタイルに、胸付近にある校章を押し上げる大きな膨らみ。そして、右腕に付けられた『風紀』と書かれた腕章が歩く毎にユラユラと揺れた。
「風紀委員?」
「いかにも、私はニ年三組風紀委員の荒瀬伊冬と言います」
荒瀬はペコリと頭を下げたので俺達も慌てて頭を下げた。
「……それで荒瀬さんはどんな用で?」
「伊冬で構いませんよ。実は少し手伝って欲しいことがありまして……でもその前に……」
そう言いながら立ち上がった荒瀬は目付きを鋭くさせて当麻を指差した。
「神坂当麻! カッターシャツをズボンから出てます! すぐに直しなさい!」
「は、はい!」
「そして比佐久帆花! スカートの裾がニcm短いです! すぐに直しなさい!」
「は、はぁ」
「姿月楓! カッターシャツのボタンを開けすぎです! 早く閉じなさい!」
「お、おぉ」
「朴月恭子! 前髪が規定より三mm長いです! 直ぐに切るか紐で縛るかしなさい!」
「あ、あい?」
電光石火のごとく全員を注意した荒瀬はふぅと溜め息をついてソファーに腰を下ろした。嵐でも去ったような感覚に反応できなかった俺達はいそいそと制服の乱れと髪を直して改めて席についた。
「先ほどは失礼しました。あまりにも制服の乱れが気になったものでつい……」
先ほどの怒濤の注意ラッシュを感じさせない淡々とした口調で頭を下げる荒瀬。不意に当麻から肩を叩かれた。
「そう言えばさぁ~? 最近頭でっかちの堅物風紀委員がいるって噂があったよな?」
ああそれなら聞いたことがある。今年度風紀委員会にどんな些細なことでも見逃さないカチカチの風紀委員が居るってヤツだったっけ? クラスの男子が「さっき噂の風紀委員に注意された」って、えらく嬉しそうに語ってたな。女子は不機嫌そうだったけど……。
……つうか俺のクラスって変態しかいないのか?
「実はある生徒の更生の助力をしてもらいたくここに来ました」
「ある生徒?」
「はい。ご存じかもしれませんが、その生徒は宿木優成と言います」
「「「宿木優成!?」」」
荒瀬の言葉に二年組は同時に声を上げた。唯一、一年生の比佐久といまいち状況が読みこめてない鳴海先生は首を傾げている。無理もないか……。彼女たちがココに来てからまだ二ヶ月ほどなのだからな。
ここで、宿木優成について少し話しておこう。
宿木優成は俺達と同じ二年生だ。しかし彼は普通の生徒ではなく基本的に授業に出ずに校内を徘徊している、言わば不良なのだ。たかが一概の不良に俺たちが驚くのかと思うかもしれないが、奴はとんでもない。入学早々担任教師を脅迫してノイローゼに追い込んだ。隣町の不良二十人とやり合ってかすり傷一つ負わず生還した。校長の弱みを握り自分への授業を免除させているなどなど信憑性はかなり低いがそんな噂があちこちに点在している。
しかも、他校の生徒との喧嘩の話はどうやら事実らしく、目撃談も多々あるという。
そんな我が校の不良を、彼女はどうしても更生させたいらしい。
詳しく聞くと、彼女は宿木と幼なじみらしく昔から彼を見てきたのだという。幼い頃の彼は誰よりも正義感が強く、優しく、困っている人を放っておけない質だったらしい。しかし彼女達が中学二年の時、彼が傷害事件を起こして一ヶ月自宅謹慎を喰らうという事件が発生。その日を境に彼は荒瀬を避けるようになり、今のような非行に走るようになったらしい。
しかし、彼女はどうして彼が傷害事件を起こしたのかが理解できなかった。あれだけ優しかった彼がどのような理由で傷害事件を起こしたのかは、彼の親御さんにも聞いたが教えてくれなかったという。
「……なので、私は彼を更生……いや昔のように戻ってもらって、何故事件を起こしたのかその理由を聞きたいんです」
「……成る程。事情は大体分かったわ」
朴月の言葉に一同は少し考え込む。
「……流石に」
ここで口を開いたのは比佐久だった。
「流石に無理じゃないですか? あたし達に不良の更生なんて……。しかもこの辺で一番強いんでしょ? 部活の男子メンツが百人束になっても勝てませんよ」
「それは言い過ぎじゃねぇの? まぁ認めるけど」
「認めちゃうの?」
朴月、そんな冷めた目で俺を見つめるな。伝説の不良に俺みたいなもやしが束になったってかないっこないだろう。
「それなら彼を退学させるのが一番手っ取り早いじゃないんですかね?」
「それは……そうですけど……。でも、彼にはどうしても更生して欲しいんです」
「でも俺達はそういうこと専門外だから他を当たった方が良いんじゃないか? いっそのこと先生とか」
「先生に相談しても取り合ってくれませんでした」
荒瀬が拳を握りながらそう呟く。周りは誰も言葉を発すること無く沈黙が続いた。
「あのさ~?」
ここで沈黙を破ったのは当麻だった。
「俺部外者だから良く分かんないんだけど……? もしかして……」
ここで当麻は話を切りニコッと笑顔を見せた。
「好きなの?」
「っ!?」
当麻の言葉に荒瀬は過剰に反応した。多分図星なんだろう。
「だってここは好きな人に告白するのを手伝う部活でしょ? そこにお願いに来るんだったら百%そうに決まってんじゃん。しかも、その相手が学校一の不良ときたもんだ。そりゃ一筋縄じゃいかな――」
「違う!!」
当麻の言葉を掻き消すが如く声を張り上げて机に拳を叩き付ける。ダァン!? と鋭い音が鼓膜を震わせる。突然のことに俺達は声を出すことさえ出来ずに、ただ唖然とした顔で荒瀬を見る。新たな沈黙が走る。
「……取り乱してすいません」
机に叩き付けた拳を解いた荒瀬が深々と頭を下げた。
「でも、私は彼なんかに恋愛感情なんてありません。あるとするなら……」
頭を上げずに荒瀬は淡々とした口調で喋るが、その声は何処か震えていた。
「軽蔑と……失望だけです」
その言葉を吐き出したとき、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
「……もう昼休みが終わりますね。それでは失礼します」
そう早口に捲し立てた荒瀬は逃げるようにドアから出ていった。その後ろ姿に声をかけれずに、事務室は再び沈黙が続いた。
「ま……」
ここで口を開いたのは朴月だった。
「理由がどうあれ、受けた依頼は全て引き受けるのがあたしのモットーなの。それで良いかしら?」
まぁ、あんな様子見せつけられちゃね? やるしかないでしょ。周りの奴も同じような感じたのだろう。全員同じように頷いた。




