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1話 野原を走るように

まず、記念すべき1回目は、昨年の夏に私……寺町 朱穂が実際に体験した話を紹介します。






あれは…昨年の夏のことです。




7月の最後の週……例年のこの時期は、8月の予定を、ベッドの上に寝転がりながら考えている日々を過ごしていました。しかし、その年の私は受験生。朝の8時過ぎから夜の9時近くまで塾に拘束されていました。その上…模擬試験で第一志望校の合格判定は最低ランクのE判定だったので、半ば強制的に塾の勉強合宿に行かされることになっていました。


場所は山梨県の河口湖。富士山麓に広がる湖で、曇りの日だったからでしょうか……エアコンが必要ないのではないかと思われるくらい涼しかったです。




勉強合宿の名にふさわしく、朝の6時から深夜0時過ぎまで英語・英語・英語といった英語尽くし。寝不足でふらつく頭を振るい、必死になって手が真っ黒になるまで単語を何度も書き取り、喉が渇くまで音読を繰り返しました。




あの出来事が起こったのは3日目……いや、4日目に入っていたとおもいます。

3日目は、最終日である4日目に行われる終了判定テストに臨むため、誰もが明け方の5時まで勉強を続けていました。椅子に座りながら、うつらうつらと舟をこいでいる人はスタッフの大学生が肩をゆすって起こしたり、寝ないようにと亡霊のように、廊下を徘徊したりしている人が多かったです。

中には体調を崩し、ベッドで休んでいる人もいました。



私も例外ではありません。連日の疲労感もあり非常に眠く、何度もスタッフの方に起こされてしまいました。5回目に揺すり起こされたときは、さすがにこれでは不味い……と感じました。なので私は、椅子から立ち上がり、廊下にあるお茶を飲みに行きました。お茶を飲むと、ぼんやりしていた頭が冴え、よし…あと数時間頑張るか…という気が身体の奥から沸いてきた気がしました。ちょうど、担当の先生が音読会を開いてくれる時間だったので、思い切って参加してみることにしました。決して安いとは言えない金を払い、ここに来ているのだから、少しでも頑張ろう…という前向きな気持ちで先生の後に続き音読を繰り返します。




何度音読をした時だったでしょうか……



詳しい回数は覚えていませんが、椅子の上に立ちながら、先生の後に続いて音読をしていた時です。テキストを教壇の上で音読を続ける先生の目の前に、小さな女の子が立っていました。淡いピンク色のワンピースを纏った、5歳くらいの女の子です。



……一般の宿泊客の娘さんでしょうか?


どうやら、この部屋に迷い込んでしまっていたみたいです。なんでスタッフの人も先生もあの子を追い出さないのだろう……と頭の片隅でぼんやりと思いながら、口を動かし続けました。女の子は不思議そうな顔をしながら、テキストを大声で読み上げる先生を見上げていました。


しかし、私の視線に気が付いたのでしょう。急に私の方に顔を向け、嬉しそうに笑みを浮かべました。そして、タッタッタ……と私の方に小さい足を動かして走ってきました。野原を走るように、机と机の間を楽しそうに………これ以上ないという笑顔を浮かべたまま……軽やかな足取りで……




そして、私に手が届きそうな位置まで来たとき……すぅっと……まるで風景に溶け込んだかのように、消えてしまいました。



その瞬間、冷水を浴びせられたかのような感覚が身体に走りました。


それまでは、『英語』・『音読』という2文字に脳の大部分を支配されていましたが、その2文字は、どこかに飛んで行ってしまいました。



あんな小さい子が紛れ込んでいたら、きっと誰かが気が付いていたはずです。

あんなに私の近くに来るまで、誰も気が付かなかったというのは、ありえません。

私の真横で前後に揺れながら音読を続けていた人も、気が付かなかったということは…絶対にありえません。



それに、よく考えてみたら……このホテルは、合宿に参加している塾生と、スタッフ…そして先生3名の貸切状態です。しかも、このホテルは町から離れている山奥に位置しています。







一体あの子は、どこから来たのでしょうか……


そして、どこに消えて行ったのでしょうか……









次の日




終了判定テストも無事に終わり、昼食の時間……思い切って、そのことをスタッフの人に話してみました。



「そんな子いなかったよ。もし、いたら追い出してるし……夢でも見たんじゃない?」



夢を見ていたのだろう…とスタッフの人は一笑し、相手にしてくれませんでした。



私だって夢だと思いたいです。ですが、あれは絶対に夢ではありません。


あの出来事の後、どうしても目が覚めてしまい、5時を回ったのでベッドに戻ったのですが、眠ることが出来きませんでした。さきほど行われた終了判定テストが終わってもずっと……目が覚めています。


ですから、夢であるはずがないのです。


そう考えると無性に怖くなり、帰りのバスが到着すると真っ先に乗り込みました。とにかく早く、このホテルを離れたかったからです。ホテル側ではない車道側の席に腰を掛けたとき、暖かな安心感が身体を包みこみました。













………疲労感で脱力している同学年の塾生に混じり、ホテルの入り口でたたずむピンクのワンピースを着た女の子の姿が、視界に入るまでは………









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