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親父のくせに  作者: 佐野隆之
第二章 父と息子
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第9話 昔話

 陽光は高等学校教師の父と進学塾講師の母の間に生まれた次男である。

 と言うことで陽光には上がいる。歳は三つ上。多分に漏れることない出来の良い兄で、人当たり良く温厚な性格。頭脳明晰。運動神経も適度に良く、容姿は並みであったが社交性の高い性格から異性からの人気は高かった。そのためバレンタインデーの日には必ず両手に紙袋いっぱいのチョコを持って帰ってくる兄を羨ましいなと思っていた時期もあったが、中学を卒業する頃には妙に出来過ぎている兄を不気味に思うようになっていた。

 陽光にとって兄は、幼少の時は適当な遊び相手、小学の時には適当な話し相手、中学の時には相手にしない。そんな存在であった。面白いことに兄もまた陽光へ好んで干渉してこなかった。


 家族の食卓ではいつも陽光の理解不能な会話で笑ったり、真剣に話し込んだりする両親と兄がいて、そこに自分が付随している感覚で違和感に満ちていた。おかげで『もしかしてこの家族と血が繋がっていないんじゃないか』と真剣に考えた事もあった。しかし陽光にはその家族の輪に入りたいという気持ちや衝動が生まれることは無く、『こいつらおかしいんじゃねぇか?』という結論で落ち着いた。

 だから一度も兄を妬むことも羨むことも、まして競おうなどという気は一切起きなかった。これは両親の育児成果かもしれないし遺伝が上手く機能していなかったのかもしれない。


 陽光の両親は教育に(たずさ)わる者だけに夫婦同意による一貫した教育方針が明確にあった。それは孤(個)の尊重。疑うことのできない元来持っているアイデンティティーを最大に尊重した上で子供に教育を施し育成するというもの。平たく言ってしまえば自由奔放。お陰で陽光は「兄貴のような毎日を送るのは真っ平御免だ」と常に口にして中学頃からは家に帰らないことも頻繁にあったが親たちは口うるさく言わなかった。一日一回直接電話を入れることだけがルールとしてはあったが。

 そして陽光は上ほど勉学に取り組まなかったものの、やっていますという格好だけはそこそこやっていた学生生活の中、ネットでたまたま目にしたヘヴィ・ワーカーで将来の道は決まった。


 それは2030年9月。轟陽光17才の時のこと――


 陽光とヒカルの二人はいつも昼休みを実習室だけが集まっている実習棟にある踊り場でつるんでいた。この時間、ここは人気(ひとけ)が無いうえに陽当たりは良好。そして広さもなかなかと言うことで陽光は特にお気に入りだった。

 仰向けになってタブレットPCをいじっていた陽光はPCに映るヘヴィ・ワーカーをヒカルに見せて言った。

「こんなんで金稼げるんだったら楽じゃね?」

「楽か?」

 陽光の横で腕立て伏せをしながら興味無しの露骨な反応で話をするのがヒカルだ。

「ちまちま机の上でやってるより絶対面白いって」

「お前には合ってる気もするけど、学科も有るんじゃねぇの?」

 ヒカルは一回一回丁寧に胸を床すれすれまで持って行く綺麗な腕立て伏せを見せる。

「そんなもん車校に通えばいいんだろ?」

「さあね」

 いつものことだが“興味無いことにはノリの悪い返事をする奴だ”と思いつつ陽光はPCでヘビィ・ワーカーの仕様を細かく見ながらヒカルへ聞いた。

「オマエはどうするんだ?」

「何が?」

「卒業した後だよ?」

「ああ、まあ流されるままにテキトーにやるさ」

「なんだ、親とかヤツらの言うままにってことか?」

「ああ。別にそんなやりたい事とかねぇからなぁ。陽光はそいつをやるのか?」

「俺も別に特別なんもないけどよぉ、上に行ったからって別に良いことも無いだろ? だったらよぉ、早いうちにこういうのに手付けといたほうが美味しくねぇか?」

「案外真面目に考えてんだなぁ。あー、疲れた。休憩」

 ヒカルは引き締まった体を一気に音を立てて床へ降ろすと陽光と並ぶように仰向けになった。

「別に考えてねぇよ。ただ字読んで考えてっていうのが面倒くせぇからさぁ」

 陽光はそう口にしてタブレットPCからヒカルへ目を移すとヒカルは薄汚れた上の階の踊り場裏をぼんやり眺めていた。

「で、実際お前はどうすんだて? お勉強すんのか?」

「俺か? そうだなあ……」

 目を閉じるヒカル。そして少し間を置いて独り言のように言った。

「AV男優にでもなろうかなぁ」

 その言葉を受けて陽光は校舎の外まで聞こえるほどの声で爆笑し、笑い止まぬままヒカルへ言った。

「おい、マジかて? 俺、お前が出てるので抜きたくねぇなぁ。っちゅうかお前がパンパンやってるとこ見たくねぇわ」

 言い終わってもまだ笑いが止まらず体が揺れている。

「俺もお前に見せたくねぇわ」

 ヒカルはそう言って横目で陽光を見るとシニカルに笑う。陽光の方はなんとか笑いを抑え呼吸を整えると落ち着いた口調で言った。

「最初は良いかも知れねぇけどよぉ、なんか毎日ヤるっていうと飽きそうだよな」

 陽光はそう言いながらタブレットPCでアダルト動画ページを開き、サムネイル画面を吟味する。

「そうかもな。でも仕事ってやつは全部そんなもんじゃね? 朝から晩まで同じことやってるって言えば。だったら色んな種類の女が抱けるのは悪くねぇかなぁなんてね……正直思いつきだけど」

「おばはんでもOKか?」

 そう言って陽光は40代くらいの女が出ているアダルト映像をヒカルの顔へ突きつけた。

 ヒカルは無表情で凝視。そして二人しかいない空間にはPCから出る声が鳴り響きうっすらこだましている。

「ダメだろ?」

 ヒカルの反応を見た陽光はすぐにその映像を閉じて別のを引っ張り出した。

「相手が喜ぶんだったら俺はOKだ」

 ため息混じりにヒカルは言うと再び目を閉じた。

「おおっ、奉仕の精神か。男だねぇ。すげぇわ。俺はダメだわ。俺はやっぱこの桜かえでのようなパンパンに張ったぷりっぷりの肉体じゃねぇとやる気でねぇよ」

 陽光はタブレットPCを縦向きにすると両手でしっかり握り、映像を見ながら腰を激しく突き上げ声を張り上げた。

「うわぁー、すげぇやりたくなってきたぁぁぁっ!」

 陽光の叫び声にヒカルは驚いて陽光を見ると大きな笑い声をあげた。


 陽光の淡い淡い思い出。

 

 青春なんて言葉を充てる程でもない昔話。

 

 あっさりと過ぎて行った学生時代。


 学校を卒業して強制的に会う時間が二人に無くなった瞬間に二人は友人からただの他人となった。

 ヒカルとは学校ではつるんでいたがメールでやりとりしたり、外で会ったりするといった粘度の高い付き合いでは無かった。お互いの淡白さ、ドライ具合がほど良かったから自然と二人は近づいて退屈な学校での時間を埋め合わせ合っていたのだろう。


 陽光はヘヴィ・ワーカーに乗ってやると決めたこの時期、親に「金は出世払いだ。頼む!」と土下座して金を借りて普通自動車免許を取った。

 そして学校卒業後はしばらく無職状態だったが、甲種小型特殊自動車(ヘヴィ・ワーカー)運転免許を取るため、「こいつを取ったら簡単に金返せるから頼む!」と再び親に土下座して金を借りると陽光の隠れた才能が開花し、一度ではなかなか取れないとされていたヘヴィ・ワーカーの免許をあっさり一回の試験で手にした。

 そして陽光はヘヴィ・ワーカーの運転免許を持っていることで簡単に尾張建設へと就職することになる。そして借りた金を完済すると親たちとの繋がりは無くなった。

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