エピローグ
シンは職員の指示を受け火葬場へと向かおうと専用出口を出ると緩やかな登り坂が続いておりその先に火葬場と思われる白くて四角い小ぶりな建物が目に入った。
「シン!」
誰もいないと思い込んでいた空間に自分の名が耳に届き一瞬自分のいるこの場所が何処なのか分からなくなり慌てたシンは辺りをあたふたと見渡した。
「シン! こっち!」
女性の凛とした真っ直ぐな声が「美乃の声」だとシンは悟ると火葬場と逆方向にある背の高い木々に覆われた小道の木漏れ日の中に黒いドレスシャツに黒色のロングスカート姿の美乃が立っているのを見つけた。あまりにも彼女らしくない出で立ちと連絡も無くやって来るとは思っていなかったせいでシンは言葉が出なかった。
美乃はシンが自分に気付いたと分かると小走りでシンへと駆け寄った。
「美乃……どうしてここに?」
「シン、お父さんは?」
「ああ、逝っちまったよ。そういう美乃は喪服で現れる。どういうこと?」
「喪服じゃないわよ。それにまさかここへは派手な服で来れないでしょ?」
「わざわざ来てくれたんだ」
「うん。やっぱり心配だったから」
「親父が?」
「シンが」
「ありがとう」
美乃の返事をシンは嬉しく思いそのまま黙って美乃の体を引き寄せ優しく抱いた。すると間もなくシンの胸ポケットにあったスマートフォンが震えた。
間の悪い電話だとシンは思ったがそのまま黙ってスマートフォンを取り出しすぐに出た。
「もしもし? あ、はい、そうです。ええ。はい。ああ……そうなんですか。はい……」
神妙な面持ちで話すシンの横顔を心配そうに眺める美乃。
「わかりました。はい。構いません。どうもわざわざ。はい。失礼します……」
話し終えたシンは小さな溜め息を吐くと目だけで美乃を見た。そして美乃は不安げに聞いた。
「誰から?」
「防衛省」
「は?」
シンの返事に美乃は整った顔を大きく歪めた。
「なんでシンのところに防衛省?」
「親父さぁ、自衛隊員だったんだとさ」
苦笑いを見せて応えるシンに美乃は「ええーっ!?」と場違いな大声と合わせて再び大きく顔を歪ませると続けた。
「で、なんだって?」
「遺族年金があるから本人確認をしたいだとさ」
「そう……もちろんシンはお父さんが自衛隊に入ってたなんて知らなかったんだよね?」
「もちろん。知ってたら話していたよ」
親父は自衛隊で特殊任務にあたっていたと言う。そして半年ほど前に起きた島根原発テロ事件の鎮圧に参加しその際に被曝し、そして結果、今に至ったとこの後、詳細が判った――
結局親父はいつまでも親父のままだった。逃げるだけ逃げて、さもやるべきことをやっているかのように見せかけ親としての責任、大人としての責任から逃げてきた。
そして最期に俺を呼びつけ後始末を任された。でもそれは俺が親父に縛られ調教されていたがために俺は今こうしてここにいる。
今の俺には確信を持ってはっきりそう言える。
でも、そうやって親父やお袋の縛りを理由に自分を錯覚させ真っ向から見ようとしてこなかった今までの俺が今の俺だともはっきり言える――
シンは美乃の肩を軽く抱き空を仰いだ。そしてシンは独り言のように言った。
「父親って一体何だろう?」
「何だろうね? ウチは女作って離婚した口だから私も何だろうって思うよ」
美乃も独り言のようにシンの横顔を眺めて言った。
「そうだったね。ごめん」
気まずい笑顔を作ったシン。
「んん、全然いいよ。シンが父親になれば分かるんじゃない? 子供作ろうか?」
悪戯な笑みで言う美乃。シンはその言葉に驚きの混じった照れ笑いを作り美乃へ聞いた。
「子供欲しいの?」
「欲しいって言ったら?」
「子供は欲しがるものじゃなくて授かるものだと答える」
「優等生!」
シンの言葉に美乃はカラカラと笑うと続けた。
「私はまだシンとイチャイチャしてたいからダメ」
そう言って美乃はシンの頬を人差し指でつついた。
「そうだね。俺達二人が望めば俺が親父になって美乃が母親になるってことで」
シンは自分の左手を美乃の右手にしっかり絡ませると火葬場へとゆっくり向かった。
<完>
どうも私の拙著、「親父のくせに」を最後までお付き合いくださりありがとうございました。
もし、このエピローグが初めてという方、ぜひ第1話より暇つぶし程度でけっこうなのでお読みくだされば嬉しく思います。
第1話の初回掲載より一年がすでに経過していたことに自分自身驚き、後半、駆け足気味、と言うよりも無理やり追い込んだと言うのが正直なところでありますが、なんとか本著の終盤の舞台である12月25日までには間に合わせました(笑)
この後、別途後書きを掲載させていただきます。もし、心とお時間に余裕がある方、また、この話に興味持たれた方、また、この私、佐野に興味持たれた方(笑) どうぞ後書きまでお付き合いくださればと思います。
全話を通してお読みくださった方、本当にありがとうございます! 2059年シリーズはシリーズでして、私は当面はこの世界しか書かないと思います。メインの自滅支援事業をはじめ、かなりの布石が打ってありますので……
では、後書きでお会いしましょう!