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親父のくせに  作者: 佐野隆之
終章
33/35

最終話 終息

『どうして俺はここにいるんだ?』

『どうして今になって俺を呼んだんだ?』

『どうして俺は未だに言われた通りにしてる?』

『だからこいつは俺を仕込んだのか?』


 轟シンの自問は枯れることなく今もなお湧き上がっていた。それは轟陽光という父親が源流となって無限の疑問を生み出して来たことには間違いない。


 この時、轟シン26才。轟陽光55才――


 2067年9月10日。この日、シンと陽光は悠久乃森(ゆうきゅうのもり)という公共施設の一室にいた。

「悪ぃな、付き合わせて」

 かつてのしっかりした音圧のある声とは程遠い息苦しさを含んだ囁き声で陽光は言った。変わらないのはしゃがれた声だけでそれ以外は別人だ。

 頬骨は飛び出し乾ききった肌は酷くくすみ、自慢の肉体から筋肉は消え失せ骨に皮が張り付いているだけのみすぼらしい姿。そのかつての影が見当たらない陽光は生成り色したベッドに横たわっている。シンはそこから少し離れたパイプ椅子に背中を丸めて考えこむように座っている。そしてどこを見ている訳でもなくただぼんやりとしたまま「ああ」とだけ陽光の言葉に応えた。

「俺を恨んでるんだろ? 結局、俺も頼る人間がいなくて、お前をつい呼んじまった……」

 ほんのりと花か何か香水のような匂いが漂う部屋の中に二人。陽光の時々息詰まる聞き苦しいと感じていた話にシンは単調に再び「ああ」とだけ応えた。

 そしてほんの少しの間をおいてシンは立ち上がり部屋の中を観察した。


――悠久乃森。ここで自殺ができるらしい。


 シンはあのテロ事件の日に消息の絶った陽光からここに来いと数年ぶりにメールを受け取り、「何事だこのクソ親父」と思いながらネットで調べたら希望すれば自ら安楽死できるところだと知った。

 何だか分からないけど自殺する気か? このクソ親父。と、その時シンは思ったのだが、そう考えるとそこに同席させるのはおかしいと感じた。

「どう思う?」

 シンは婚約者の梅谷(うめや)美乃(よしの)に聞いた。

「行くべきかどうか悩むんだ?」

 そう美乃は両腕を頭の上で組み天井をぼんやり眺めるシンの横顔へ向かって言った。

「意地悪な返事だなぁ」

 シンは美乃を横目で見る。美乃は細い切れ長の目でシンの顔をしっかりと捕らえている。

「だって、シンが私に悩み事を口にするの初めてだよ?」

「そうだったかな?」

「あなたは本当に寡黙(かもく)で落ち着いているからね。お陰で私の方が若く見られるから良いんだけどさ」

「嬉しそうな顔するなよ」

 シンは美乃と向き合うように体を横に向け言った。そして美乃はシンが自分の方へ向いたことを確認するとそのまま優しく額をシンの額へ当て、上目遣いで柔らかく言葉を発した。

「私は嬉しいよ。きちんと悩みを口にしてくれた事が。でも悲しいね。お父さんがそこに呼んだってことは。私はシンから十分お父さんの事は聞いててシンはお父さんが嫌いなんだって事も十分分かってる。そんなシンが行くかどうかを私へ口にしたって事は行かなくちゃて思ってるんじゃない?」

「んー……」

 シンは小さな唸り声を出すと目を閉じ鼻先を美乃の鼻へ擦り付けた。

「でしょ? 行きなさいよ。行かなくちゃ」

「やっぱりそういうものか……」

 目を瞑ったまま静かに答えるシン。

「心の底から嫌だったならそんなこと口にするわけないもの。行く必要なんてない。それに、もしそう思っていたらそんな風に考えもしないわよ」

 シンの耳元へ美乃のふくよかで落ち着いた声と共に吐息が届く。

「だから行ってきなさいよ。どうしてそこに自分を呼んだか聞いても良いし、黙って見送るのも良いし。どれにしたって行かなくちゃ後悔することになるわよ? もしかしたら本当の最期なのかも知れないし……」

「そうだな」

 シンの返事のすべてを言いきる前に美乃は口で口をしっかり塞いだ――


 シンは陽光に背を向けたまま言った。

「どうして俺を呼んだんだ?」

 陽光には首を動かす力も残ってなかった。目をシンのいる方へとゆっくり向けると貧弱な声で応えた。

「俺にはお前しかいなかった。余命宣告を受けた時ふとお前の顔が浮かんだんだ」

(余命宣告? ガンなのか?)

 シンの言葉は発されることなく、少し納得感を得たシンはゆっくり振り向き疲れた体を休めるかのように再びパイプ椅子へ腰掛けた。そして背中を丸め覗き見るように陽光の寝姿を眺めた。

 陽光はシンの動作を気にすることなく自分の話を続けた。

「まぁ何だな。結局、俺にはお前しか居なかった、ってことだな。俺にはお前以外に3人のガキがいるけどよ。もう連絡つかねぇんだわ」

 シンは陽光の言ったことに耳を疑った。これには無意識に反射し大声が出た。

「はぁ? 親父もういっぺん言ってくれ。俺以外にガキが3人って言ったか?」

「ああー、言って無かったか? 悪いぃな」

「悪いぃなじゃねぇだろ!」

 陽光のか細い返事の内容に今度はシンの頭へ一気に血が昇り陽光の様態など気にすることなく大声で叫び立ち上がった。

「はははは、いいぞ、その反応。やっぱお前は俺のガキだぜ……」

 気の抜けた笑い声を絞り出した陽光を上から見下ろすシン。その突き刺すシンの目を陽光は目を閉じて受け止めていた。

 シンの方は陽光の言った事をどう受け止めればいいのか分からなかった。

(俺以外のガキだと? 外で適当にやりまくってたってことか?)

「親父。ちょっと詳しく話せて」

 シンは陽光の胸ぐらを容赦なく掴み上げた。かつての陽光とは違い気味の悪いほど簡単に体が持ち上がり、陽光の頭が体にぶら下がるように垂れるとシンは自分が無茶やってると気付き手を緩めた。

「まあ、また今度話すでよぉ……今日は勘弁してくれ……」

「今度って事は今日は止めるってことか?」

「まあな」

 陽光の言葉にシンは大きな溜め息を吐き出すと陽光から手を放しパイプ椅子へ腰を下ろした。


 その後シンの溜め息の音だけが度々部屋に響く陰りある時間がしばし続いた。

 

 そして陽光の返事から幾らかの時が過ぎると突然、部屋中に雄大な鐘の音が鳴り響いた。その音に驚きシンは思わず「なんだ?」と久しぶりに声を上げた。そして陽光を見やると陽光は静かに眠っていた。

「そうか。親父、時間みたいだぜ。三時間しかいられないってここに来るとき言われただろ」

 シンのやる気のない声に陽光は反応を見せなかった。

「なんだ、居心地が良くてマジで寝てんのか?」

 シンは立ち上がり陽光の肩を揺すった。

「!」

 シンの触れた陽光は熱の消えた脱け殻となっていた。



――相変わらずだった親父はいつの間にかこの世から去っていた。

――親父は俺を何だと思っていたのだろう。

――今にして言うことだったのだろうか?

――脱け殻を残して見事に俺から逃げて行った親父。

――俺にどうして欲しかったんだろうか?



 止まないシンの思考――



「轟シンさん。只今から轟陽光さんの永眠を確認致します」

 それを止めさせたのはシンの耳に聞きなれない男の声だった。シンの気が付かぬうちにスーツを見に纏った白髪交じりの中高年男性と中年男性二人が立っていた。

「所長の山本です。轟陽光さんの永眠確認を致します」

 淡々とした口調で話す男の言葉にシンは「はい」とだけ答えた。そしてシンは再び陽光の姿を見ると自然に小さな笑みがこぼれた。

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