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親父のくせに  作者: 佐野隆之
第四章 親父のくせに
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第29話 対峙(中篇)

 一方、エスカレーターとそこで眠りについていた亡骸もろともに落下した陽光は自動的に衝撃吸収発泡ジェルバッグが飛び出して全身を包み、落下の衝撃を体感することなく無傷であった。しかし、亡骸の数々は残酷で直視できない姿となった。

「ちょいと無謀だったか……」

 ジェルバッグに守られた陽光であったが、それ故の大きな無力感を味わいしばらくそのまま身動きせず佇んだ。その間にジェルバッグはヘヴィ・ワーカーが安定したと判断するとバッグの射出口へと音を出しながらゆっくり吸い込まれ元のコックピットへとなった。

「はぁー……」

 陽光の大きく深いため息。そのため息に呼応するようにさっきまで陽光の股下で眠っていた猫も今では目を大きく広げ抱っこをせがむような仕草で陽光の顔を見上げていた。陽光は猫を頭から背中へとゆっくり優しく撫でながら今も尚呆然としていた。

 落下してからどれほどの時間をそのまま過ごしていたのか陽光には全く感覚がなかった。ここまでのことすべてを忘れただひたすら呆然の感覚だけに支配された陽光は陽光でなかった。

 支配されていた時間は2分弱。やがて支配から解かれ現実の感覚を取り戻した陽光はヘヴィ・ワーカーの姿勢を直しモニターを見た。朱美との距離が20メートルまで近づいていた。

「……」

 しかし陽光は面白くなかった。惨劇の中にいる自分。非現実的な世界。自分の失敗。それは惨劇に手を貸した自分。

 陽光の眼前は薄暗く、ここも変わらず天井に張り付いた黒煙とわずかに生き残っている非常灯が見え隠れしていた。そして陽光と共に落下した亡骸とエスカレーターの残骸。いくつかの手足と顔。陽光の目にははっきりと見えていた。それは目が暗闇に慣れたからではない。すべての亡骸が自分に助けを求めているという思惟に駆られていたからだ。そしてこの世界を作り出した人間たちがこの世のどこかにいる。


 だから陽光は面白くなかった。

 

 息苦しさの感覚に耐えかねた陽光は防護マスクをむしり取り窓を開けると、唇をかみしめ遠くへと渾身の力で投げつけ「くそったれ……」と力無いしゃがれ声を漏らした。

 マスクが壁に当たり落ちたであろう音がこだまし陽光の耳に届く。

「ん?」

 陽光は険しい顔つきで耳を澄ました。それとは別の音が聞こえる。自分のヘヴィ・ワーカーが出している音とは全く違う、高速で回る、軽量クラスのヘヴィ・ワーカーのような音が聞こえた。

「気のせいじゃない」

 険しい顔つきを持ったまま言い切った陽光は今胸に抱えていた重いものをすべて投げ捨てアクセルペダルへ怒りの感情を乗せて踏み込んだ。

「オマエらかぁぁぁっ!」

 陽光の絶対的自信の感覚がすべてだった。ヘヴィ・ワーカーは四足形態のまま駆け足速度でそのまま暗闇の店内を駆けた。

 (すす)のかかったガラスショーケースは激しく音を立てて粉砕し、通路に横たわっていた多数の亡骸は悲鳴無く形を崩していき、陽光のヘヴィ・ワーカーの足元は赤黒く染まった。

 そして陽光がそのまま突き進んだ先は巨大なアクリルガラスだった。陽光はガラスなど目もくれずアクセルを踏み込んだまま突っ込んだ。すると巨大で極厚のアクリルガラスは割れるのではなく、サッシごと簡単にもぎ取られ、ヘヴィ・ワーカーと一緒に吹っ飛んだ。そして陽光の操るヘヴィ・ワーカーはアクリルガラスを盾の様にした状態で宙を舞った。

 舞った先はかつて朱美がシンを待っていた金の時計のある吹き抜けの広場であった。しかし勢いだけで飛び出したヘヴィ・ワーカーは空を飛ぶ機能がついているわけではない。すべては地球の重力に従うままアクリルガラスとともにヘヴィ・ワーカーは勢いよく落下した。

 3トンほどあるヘヴィ・ワーカーだ。すぐにバランスは崩れ前のめりで落ちていき、7メートルほどの高さがある金の時計へとぶつかると轟音とともに時計を押し倒し床へ着地した。そして爆音と同時に床はもちろんそこにいた人の亡骸をもすべて破壊した。その衝撃でまたもジェルバッグは飛び出し陽光と猫を押さえ込むように包み込んだ。


          *


 モリタとハセガワが乗る2機の高機動戦略特殊車輌ハムスターは一階北側のデパート店内いた。そしてモリタは二階とつながっている北側のエスカレーターに向かい、その背中合わせでハセガワが金の時計が見える位置で待機していた。

『熱源が真上に……いかがなさいますか? 中佐?』

 ハセガワは無意識にやや震えた囁き声で言うとモリタも同様、無意識で声量を下げて言葉を発した。

「そのまま戦闘態勢をとれ。下手に動くな」

 ハムスターは四本脚をやや縮め車体本体を低姿勢にし、さらに銃口が内蔵された二本のアームをそれぞれ前方へ向け静止した。

 この時、モリタはハセガワと同様の恐怖心を抱いていた。この巨大な熱源は一体何であろうか? 自分が搭乗している機体は日本が極秘に開発した兵器である。どの国よりも早く四足歩行重機を政府が開発援助して作らせ、その技術をベースに機動性を高めた防衛兵器として開発してきたものだ。まさか同等の物が存在し、それを所有するテロリストがテロ行為を行ったとは到底想像できない。

 しかし巨大な熱量を持った何かがこの建物の中で動いているのは間違いない。SF映画のようなエイリアンでもいるというのか?

 モリタは巨大な熱源が動くわずかの時間にあらゆる想像を巡らした。高まる鼓動と両手を湿らせる緊張。この時、同時にモリタの頭の中を妻と子供たちの顔と声がかすめていた。


『来ます! 南、12時!』

 突如ハセガワは大声で叫んだ。モリタはハセガワの言葉に反応して即座に180度旋回しハセガワと並列で並んだ。

 すると二人の目の前、巨大ガラスを挟んだ吹き抜けの空間に巨大な物体が落下した。落下と同時に爆音と煙が立ち、二人の搭乗するハムスターも大きく揺れた。

 その状況にハセガワは思わず目を強く瞑ってしまったが隊長であるモリタはその瞬間にハセガワの前へ盾になるように移動しその落下物を確認すべく固唾を飲み見守った。


 薄暗い吹き抜けの空間に落下した巨大な熱源。それはもちろん陽光のヘヴィ・ワーカーである。

「ヘヴィ・ワーカーだと……?」

 モリタは張りつめていた緊張が一気にほどけた。

『なぜヘヴィ・ワーカーが?』

「ハセガワ、所有者を調べろ!」

『はい!』

 モリタはハセガワへ指示を出すとゆっくりとハムスターを移動させた。

 

 一方、陽光の方は勢い冷めぬ心境でジェルバッグが収納していない押しつぶされた状態でヘヴィ・ワーカーを立たせた。

「ようやくここまで来たぜ……しかし誰もいねぇようだなぁ。さっき間違いなく聞こえたぜ、嫌な音が」

 ジェルバッグが収納され視界が開けてくると陽光は朱美の生体反応のある西側へとヘヴィ・ワーカーを向けた。


 モリタは目の前で動くヘヴィ・ワーカーを観察した。

(テロリストなのか?)

『中佐、わかりました。尾張建設所有のヘヴィ・ワーカーです』

 ハセガワは軽快に言った。

「パイロットは?」

『すぐ侵入して調べます。少しだけ時間ください』

「頼む」

 モリタの前で動くヘヴィ・ワーカーはそのまま右へと歩行していった。

「武装している様子はないな。ハセガワ、私はアイツと接触する。詳細が分かったら教えてくれ」

『了解。しかし、中佐の機体、電子迷彩が不完全ですけど大丈夫ですか?』

「この暗闇だ。もともとグレーの機体だから肉眼じゃほとんど見えんだろう。それにミッドクラスのただのヘヴィ・ワーカーだ。十分こいつで対応できる」

 さっきまでの緊張が完全に消えたモリタはハセガワをこの場に残して移動することとした。

 ハムスターのボディにはフィルムタイプのデジタル・ディスプレイが貼り付けてあり、それをコーティングすることで現場の状況にあわせた迷彩を瞬時で施せる電子迷彩を搭載しているのだが幽霊という訳ではない。ガラスドアを挟んで陽光の乗るヘヴィ・ワーカーを眺めていたモリタはこちらの居場所を察知されないため細心の注意を払って大型ガラスドアにハムスターのアームを静かに押し当てた。

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