第28話 対峙(前篇)
「急げ! どこからでも構わん、逃げろ!」
『ちゅ、中佐は!?』
「大丈夫だ。今、地下だがルートはいくらでもある!」
モリタ率いる部隊がタワーズへ侵入してから10分ほど経過してから突然の大きな揺れに襲われ三つに分かれていたそれぞれの分隊は精鋭メンバー揃いだったとはいえ一同動揺していた。
そこにモリタへ外部からの直通通信が入った。
『こちらコウノトリ一番機。モリタ中佐、聞こえますか? こちらコウノトリ一番機』
モリタ達を運んできた輸送機部隊をまとめるヤマグチ大尉であった。
「ああ、聞こえる。今、何があったか状況分かるか?」
『今、タワーズが崩壊しました!』
ヤマグチ大尉の硬質な声がより緊張を増してモリタの耳を突き刺した。
「な、なんだと? 崩れたとはどういう事だ?」
『はい、こちらからの目視で両タワーの崩落を確認しました……あまりにも一瞬で信じられない光景でしたが、よくご無事で』
モリタはヤマグチ大尉の話が止む前に部下へとコックピットハッチ上部モニターに並ぶ5人のコックピット映像を見て叫んだ。
「エンドウ、カガワ! マキタ、ミナモト! 大丈夫か!?」
『あ、はい。揺れはしましたが大丈夫です』と即答したエンドウ中尉。続いて『こちらも同様大丈夫です』とマキタ少尉が応え、カガワ少尉とミナモト少尉も問題なしと応えた。
それぞれの声を聞いたモリタはコックピットハッチ前面全体にメンバーの位置情報を拡大表示させ、エンドウ中尉、カガワ少尉が北側6階に、マキタ少佐、モナミト少尉は5階南側にいることを確認すると「デパート層だけたまたま持ちこたえたということか……」と小さく呟いた。
『急いで帰還を! いつ完全崩壊してしまうかわかりません!』
輸送機のコックピットからタワー崩落の一部始終を目にしていたヤマグチ大尉は緊張度が増した早口でモリタへと言った。
「ああ、全員すぐさま後退する。いつでも飛べるよう準備頼む」
『はい! ご幸運を』
(余分なことを……)
決まり文句だと分かっていても不安を煽るだけの不吉な言葉だと思いモリタは失笑した。
そのモリタのやり取りが終わったことを見計らいハセガワは不安げにモリタへ聞いた。
『やはりテロリストが潜んでいるのでしょうか?』
「現時点では何とも言えんが、警戒は必要だな。私達も早く出るぞ」
操縦技術ではメンバー一のハセガワであるがメンバー唯一の女性隊員でもある。実際のこの危険な空気を体感し万一の事態があると考えると恐怖心が沸き起こることも当然だろうとモリタは思った。モリタ自身、銃撃戦の実戦など経験はない。シミュレーターでの仮想戦闘しか行ったことがないのだ。できることなら何事もなく脱出したいと強く願っていた。
そこへエンドウ中尉からの通信が入った。
『中佐、私たちは立体駐車場側を通って北側へ出て合流ポイントまで行きます』
「分かった。マキタの方はどうだ? すぐに出られそうか?」
『はい。現在3階まで来ました。このまま2階まで下りてそのまま桜通りへ突き抜けます』
「よし。私たちもすぐ上に上がる。幸いデパート部分はまだ大丈夫なようだが、各自十分注意しろ」
『はい!』
暗闇と煙で支配された百貨店の地下2階食料品売り場。モリタとハセガワは暗視モードにした半天周型ハッチに映し出された映像を頼りに店舗什器を破壊しながらハムスターを走らせ売り場中央にある階段へと向かった。
『中佐。中佐の機体、左側面の電子迷彩が消えてますよ』
階段へ向かう途中ハセガワが言った。
「本当か? 何が50ミリの直撃も耐えられるクリヤーコーティング・フィルムだ。宣伝文句だけ立派で少しぶつかってもう故障か。まぁ、試作品同様の代物だ。所詮こんなものだろう」
モリタはそう口にして鼻で笑った。
(機体性能実地試験か……)
ハセガワは少し落ち着きを取り戻したようでモリタに会話を続けた。
『思いのほか客たちは上手く避難したようですね。一階は酷かったですが。ここは荒れた様子もありませんし。やはり日本人気質の行儀良さですかね?』
「そうだな」
短く返したモリタはひとまず部下の安定した様子に安心した。
『エンドウより中佐へ。今、外部へと脱出しました!』
「了解。外はどうだ?」
『はい、今ルーセントタワーの前ですがこの辺りは避難者たちがいるだけで火の手もなく比較的落ち着いています』
『マキタです。今桜通りへと脱出しました。こちらはまだ消火活動中です』
「了解。双方ともそのままコウノトリにて待機。作戦終了時間が来たらお前たちは戻れ。長居は無用だ」
モリタはタイマーを見ると作戦開始後13分を経過していた。
そして階段へと辿り着いたモリタとハセガワは四足歩行のハムスターで飛び上がるようにして易々と踊場へと着地しそのまま旋回して再びジャンプし地下1階へと来た。
「これはついてないな」とすぐさまモリタは口にした。
そのまま上に行けるかと思いきやそこには天井が崩れ落ちた破片の山で階段が塞がれておりそのままでは進める状態ではなかった。
『これくらいの瓦礫ならどかして進める気もしますが?』
「そうだな。他にルートというと従業員用階段があるようだが……少し間口が厳しいな、恐らく。よし、すぐにどかして上がるぞ」
『はい』
二人はハムスターの前部についているアームを使って瓦礫をリレー形式で崩しながら階段を昇っていく。その途中、作戦時間20分経過の終了アラームが鳴った。
『もう20分経過ですね』
「ああ。こいつは実弾で吹き飛ばしたくなるくらいだな。時間がかかる」
あまりにも地味で苛立ちの増す作業に思わずモリタの口から愚痴がこぼれる。
そして5分ほどかけて一階へと到達したところで突如ハセガワが叫んだ。
『中佐! 熱源を感知!』
「ん? 人ではなく、だな?」
『はい、かなりの熱量です』
「どうして今頃!」
『申し訳ありません……』
「すまん、気にするな。すぐ詳細をモニタリング。追尾しろ。全員に次ぐ! 外も油断するな! 索敵モードに切り替え戦闘態勢を整えろ!」
『はいっ!』
「どうだ、ハセガワ?」
『どうも3階のようです。ハムスターの二倍強の質量がありそうです』
「なんだ? 我々以外にそのようなものがいると?」
『そ、そうですね……どういうことでしょう?』
モリタはハセガワが注視していた同様の熱感知モニターを立ち上げると映像を立体視させ自身でその熱源を確認した。
「異様だな……ヤマグチ大尉!」
『はい、中佐!』
「三階に大きな熱反応があるんだが、何かそちらで掴んでいないか?」
『申し訳ありません。全くそのような情報は得ておりません』
「そうか」
当然な話である。そもそも索敵の体制など誰もとっていなかったのだから。可能性があったとしても自爆テロによるテロと想定していた。銃火器を持ったテロ集団であったとしても対人のレベルなら全く問題なくこのハムスターで対応できるとして今回、試験運用で投入された。
(と、するとこの熱源はなんだ?)
『あ、人らしき熱反応をキャッチ!』
「ああ、こちらでも確認した」
立体地図の3階部分に赤みを帯びた橙色の表示がはっきりと映し出されていた。そしてそこから薄赤色の小さな点が動き出していた。
(テロリストが特殊兵器を? こんな大きなものを?)
『テロリストの特殊兵器でしょうか?』
ハセガワの質問にモリタは即座に「それはありえんだろ」と自分と同様の疑問を持ったハセガワを一蹴した。
「調査が必要だな」
『中佐、戻りましょうか?』
そこへエンドウ中尉の音声が入ってきた。
「いや、今はコウノトリで待機していてくれ。必要に応じて救援を頼む。バッテリーのチャージをしておいてほしい」
『了解です』
ハムスターのバッテリーは軽量化を最優先に短時間での作戦を主として設計されているため大容量の電力は蓄積ができない。連続稼働時間はおよそ60分と設計側は言ってきている。実際、訓練段階ではその通りであった。しかし、動作が増えればその分消耗はする。モリタの搭乗しているハムスターのバッテリー残量は現在38%となっていた。
そこで突如モリタ達の機体が大きく揺れ軽いめまいを感じるほどの揺れと爆音が響いた。
「なんだ?」
『早くしないと建物自体が崩れるんでは?』
ハセガワは怯えを誤魔化すかのように大声で言った。
それを気にすることなくモリタはモニターを凝視した。
「2階へ移動している……一体こいつは……」
そしてモリタは上を見上げハムスターのコントローラーを強く握りしめた。