第24話 探索
陽光は朱美がいると思われる名古屋駅に向かってヘヴィ・ワーカーを走らせていた。一応ナビの目的地設定を名古屋駅としていたが、そこは陽光である。ナビの案内は基本無視で自分の思うがまま、自分の勘だよりの最短最速ルートで向かっていた。
そして尾張建設を出てしばらくしてからだ。普段からかけっ放しの音楽チャンネルのラジオから突如奇妙な音声が流れ始めた。
『私たちは貴方たちの鏡である。よく見よ、その姿。その身に纏った物は何だ? その手にしている物は何だ?』
「おいおい、なんだこれ……?」
『よく考えよ、貴方たちが多くか弱き命をどれだけ奪い去ったことを。よく考えよ、貴方たちの欲望を満たすために死に追いやられた者のことを。よく考えよ、母なるこの地球を蝕む自分たちの行いを……』
「気味悪ぃなぁ。ハッキングか……しかし、何言ってんだこいつ? 意味分かんねぇわ。そんな事言っとる暇あったら畑でも耕しとれっていうの」
陽光はそう吐き捨てるように言うと耳障りなラジオを切った。そして信号待ちを機に尻のポケットからスマートフォンを取り出しダッシュボード左下のボックスへ置いた。
「シンへ電話してくれ」
陽光は酔い覚めぬ状態のままであったが一つ一つの行動は冷静であった。しかしハンドルを握る手の人差し指のタップは信号待ちの間止まることはない。
『シン様へお電話します』とヘヴィ・ワーカーは音声で対応するとともに自動で電話回線を開いた。そして信号が青へと変わると同時にシンと電話がつながった。
『朱美!』
ヘルメット内臓スピーカーが割れんばかりの音量でシンの声が陽光の耳を通し頭を震わせた。陽光はその声に一瞬顔をしかめるもニヤリとして言った。
「おおー、やっと出たかよ、このクソガキが」
『お、親父?』
「シン、急ぎだ。ちょっと教えてくれ。朱美ちゃんのIDナンバーとプラベート・キー・ナンバーを教えろ」
『は? なんでそんなもん親父に教えなくちゃいけないだ?』
「オマエ、一人でいるんだろ? 朱美ちゃんはそこにいないんだろ?」
『なんで分かるんだよ、そんなこと?』
(思ったより頭の悪いガキだな……)
自分の勘は絶対的なものだと信じているのが陽光である。朱美とつながらずシンとつながる。その事実は陽光には確信的に朱美の危機を察知しており、その事が陽光にシンの鈍さを思い知らせる。
「オマエがアホだからだ。名駅で待ち合わせしてたんだろ? 今、朱美ちゃん名駅にいるんだろ!?」
『わからない……けど、連絡は……つかない……未だに……』
面倒くさい返事をするシンに苛立った陽光は怒鳴った。
「ハッキリしねぇなぁ。どう考えてもそういうことになるだろうが。このクソ田分け! だったらなおさらだ。早く教えろ!」
『お、親父にそんなん教えてどうするっていうんだよ!?』
「オマエじゃどうにもできんだろうから俺がなんとかしてくる」
『訳わからねぇ適当なこと言いやがって。親父に何ができるって言うんだよ?』
シンの声が震えていて、その原因は十分陽光には分かっていた。がしかし。シンがどこにいてどうしているかは興味なく、シンとつながったことで朱美を探す手立てが見つかったことに満足していた陽光であった。
「とりあえず伝言なんちゃらってとこに朱美ちゃんへメッセ残しといたでよぉ。IDナンバーとプラベート・キー・ナンバーがわかりゃコイツでだいたいの居場所はつかめるからよ。教えろ」
陽光は右斜め前方に橙色の夜空が目に入ってきた。そしてシンはというと陽光の言葉に何をためらっているのかしばらく反応しなかった。そして陽光もまた口を閉じ橙色の夜空に向かってハンドルを切っていた。
それから間もなく。シンは『うん』と言って朱美のIDナンバーとプラベート・キー・ナンバーを陽光へと伝えた。
シンからナンバーを聞き出すと陽光は即座に左の肘掛けに付けられたコントローラーで探索プログラムを起動させモニターへと表示させた。
「えーっと……で、何番だったけ?」
陽光は股の上で丸まって寝ていた猫の寝顔に向かって言った。
「って、TEL番も覚えれねぇ俺が全部覚えれるわけないがやぁ!」
そう言って独り陽光はしゃがれ声を最大限にして大爆笑した。
「アホだわぁ。聞いたわいいけど覚えれるかっちゅうの、この俺に。なあ?」
猫の頭を撫で回しながら語る陽光に無反応な猫は何が居心地を良くしているのかぐっすりと陽光の股の上で今もなお熟睡している。陽光は陽光で猫に愛着するわけでもなく直ぐにシンへと電話した。
『もしもし?』
「悪ぃシン、さっきのIDナンバーとプラベート・キー・ナンバーよぉ、メールで送ってくれ。忘れちまったわ」
『それはもちろんいいけれど、それで朱美が助けられるのか?』
「そんなもん分かるか、田分け。居場所突き止めて脱出してりゃあ問題ねぇし」
『あ、ああ。そうだね……』
「ぐじっててもしゃあねぇだろ。じゃ、すぐ送ってくれよ」
『うん、すぐ送る』
シンの素直な態度に陽光は「さすがにしょぼくれてるか。随分と素直だぜ」と言って気分良くシンからのメールを待った。そしてものの数秒後に陽光のスマートフォンにメールが届いたことを知らせるチャイムが鳴った。
「ほいほい」
陽光はコントローラーを操作してメールからIDナンバーとプラベート・キー・ナンバーをコンピューターへ転送した。
尾張建設のヘヴィ・ワーカーには現在すべての機体に人物探索システムが装備してあった。それは尾張建設が被災時支援を積極的に協力してきたことで認可が容易でかつ補助金が出されたことから実現できた。このシステムはID認証登録が国内で義務化された2035年より同時にそれを利用して緊急時にIDナンバーとプラベート・キー・ナンバー(個別パスワードのようなもの)によってID情報が記録されたカードや携帯端末、またブレスレットやネックレスなどを本人が所持していれば人工衛星とネット回線を利用して位置が特定できるものである。
「さぁ、朱美ちゃんはどーこだ?」
口調こそ冗談じみたものであったが陽光は朱美が無事名駅から脱出していることを強く願っていた。それは彼の眼差しを見れば誰にでも分かることだろう。ただ今ここには陽光と猫一匹しかいない。
探索中の文字と円の中に時計の針の様な線が回り続けるアイコンが表示されること約2分だろうか。陽光がタワーズ近くにあるルーセントタワーを目にすることができる距離まで近づいていた頃、探索終了の文字と同時に『発見しました』の音声が流れ、モニター表示は地図に切り替わった。
「おい! ど真ん中じゃねぇかぁ!」
平面地図の表示には朱美のIDナンバーと赤い丸印がセントラルタワーズの位置する正にど真ん中に点滅表示されていた。
「……」
言葉を無くした陽光。目の前に連なっている自動車のテールランプをぼんやり眺めしばし呆然とした。が、すぐに「まあ、考えててもしゃあないな。とにかく現場に行ってからだ」と言ってシートに座りなおした。
幸い朱美が生きている事は確かだとこの表示から判ることが陽光の開き直りを早めた。生体認証を使ったシステムのため心臓が停止し血液が動いてなければIDナンバー認証の際、生死判断でき、万が一死亡していた場合は青色で表示される。赤色点滅はその場所で生きているということを示していた。