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親父のくせに  作者: 佐野隆之
第四章 親父のくせに
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第22話 真面目に陽光

 尾張建設前に到着したタクシーの中の陽光は「サンクス!」と言ってダッシュボードに取り付けられたIDチェッカーへ勝手に手を当て支払いを済ませてタクシーから飛び降りた。

「あ、ありがとうございます……」

 10分ほどのドライブだったがその間、運転手が受けた最初の印象からは意外と思うほど陽光は無口だった。よほど切羽詰まった状況にあるんだと感じ言葉をかけることが出来なかった運転手。

(大丈夫だといいんだけれど)

 と運転手は胸で呟くと軽く前屈みになり陽光が入っていった尾張建設を眺めた。

「しかしどう見てもただの建設会社だよなぁ……クレーンとか置いてあるだけだし。もしかして実は建設会社に見せかけて地下には公にされてない極秘組織の部隊みたいのがあったりして。アニメ見すぎかな、俺?」

 自分の言葉にニヤリ面白がった運転手は料金メーターを賃走から空車に切り替えると車を発進させた。


 良く晴れた冬の透き通った夜空に青白く輝く月の下、尾張建設は防犯用ライトが数か所点灯しているだけで静かであった。普段であれば19時台はまだまだ賑やかな構内であるが今日は12月25日。尾張建設ではクリスマスは毎年休日という粋な計らいを行っている。創業者の平川は常々「家族や友人、恋人を大切せにゃならん。クリスマスっていう日はそういう大切な人と一緒に過ごす日だ」と言って会社の休日として創業時から行ってきた。しかしそれも今年が最後となるのだが。

 そしてその静けさの中、陽光はいつになく機敏な動きで通用口を通過し自分専用と化している中型クラスのヘヴィ・ワーカーへと歩み寄った。

 酒が充分に回った体の熱を焦りの気持ちが一層持ち上げている感覚の中にあった陽光は冷えきったヘヴィ・ワーカーのドアノブを気にかけることなく力強く握った。ID識別されドアロック解除音が鳴ると同時に陽光は勢いよくドアを開け飛び乗った。

 よく冷えたコックピットに陽光が納まると彼の熱気が簡単にコックピットの窓たちを曇らせる。そして陽光は黙ったままヘヴィ・ワーカーを起動させた。

 一瞬震えるディーゼルエンジンとシュンッと軽快なモーター始動音を発し起動するヘヴィ・ワーカー。そして陽光を囲む計器類がやんわりと光放ちハンドル左上にあるメインモニターにOS起動ロゴが表示され初期稼働チェックが始まる。そして数秒後。

『ID確認できました。おはようございます、轟陽光様』

「オッス、マイ・ハニー。急いどるからよぉ、ちゃっちゃと頼むわ」

 陽光の吐く息はまだ白い。

『アルコール呼気中濃度0.40mgを検出しました。操縦不可能です』

「田分け! 今はそんなモンどうでもいいっちゅうのっ!」

 ヘヴィ・ワーカーの言葉を受け陽光はモニターに向かって罵声を飛ばした。その陽光のハンドルを掴む両手の人差し指は落ち着きなく動き続けている。分かっていた反応だけに陽光は苛立ちよりも純粋な焦りを感じていた。

「なんか良い方法ないんかて……」

 アルコールに満たされフワフワする頭でヘヴィ・ワーカーを動かす手段を思案してみる。背もたれを倒して天井を仰いでみたり、窓の外を右、前、左と何度も何度も周囲を視点定めることなくチラチラと見てみたり……

「ぬわぁぁ! なんも思いつかねぇ!」

 狭いコックピット内で一人叫ぶ陽光はヘルメットごとハンドルへ頭を数回叩きつけた。ヘビィ・ワーカーは陽光が声を出すたび『操縦不可能です』の言葉を冷やかに浴びせる。


 ヘヴィ・ワーカーの声がうるさく鳴り響くコックピット内。陽光は都会の雑踏に紛れ佇む孤独人(こどくびと)かのような彼らしくない孤立静寂な世界に入り込んでいた。つい数十分前までの居酒屋エミちゃんで得た心地よい酔いは完全に消え失せ、諦め半分の萎えた状態の陽光は口から出す言葉を無くしていた。

 そこでふと、ここに来た訳、朱美の状況がどうなのかという心配を思い出した。

「そうだ、もうそろそろ繋がらねぇか?」

 スマートフォンを取り出し朱美へ電話をかけてみるが相変わらず不通であった。

「んー……」

 スマートフォンを眺める陽光の赤く黒い顔は極めて神妙だった。


 そして再びの沈黙。時間にしておおよそ一分。


「クソ暑くなってきたぜ」

 オートエアコンが効き始めコクピット内の暑さに気づいた陽光は窓を全開にした。すると冷えた空気が一気にコックピットに充満し陽光の熱くなった体と顔を足元からしっかりと覆った。

「気持ちええわぁー」

 途方に暮れ頭の中がただれて変になりそうな気分だった陽光は外の冷たい空気は素晴らしく爽快であった。そして涼しさを倍増させるため冷えた空気を掌で煽いで顔へと送った。

『アルコール呼気中濃度0.36mgを検出しました。操縦不可能です』

「んっ!?」

 突然のヘヴィ・ワーカーの声に陽光は耳を疑った。そしてだらけた姿勢を正しモニターに目をやった。

「おい、マジかて? 数字が下がった?」

 モニターに映る数字は0.36mg。間違いない。陽光はさっきよりも勢いをつけて風を送ってみた。

『アルコール呼気中濃度0.32mgを検出しました。操縦不能です』

「ちょっとちょっと、これ行けちゃう?」

 数字が下がっている事実にニッタリと笑みをこぼし勢いづいた陽光は今度は両手を使ってマイクに内蔵されたセンサーへ風を送った。

「行け行け!」

 モニターに表示される数字は少し下がってはまた戻りを繰り返すが次第に疲れて来た陽光は息があがってきた。

「クッソー、良い感じなんだけどなぁ。なんか扇ぐもんねえか?」と辺りを見渡す。しかし武骨な工事用重機の車内には計器類がメインのダッシュボードにモニターがあるだけのコックピット。これといったものは目につかない。

「無いわな」と言って今度は顔を窓の外に出して勢いをつけて両手で扇いでみたが0.30mgが最高値。運転可能なのは身体にアルコールが残っていない0.00mgというのは陽光でも知っている。

「なあ、マイ・ハニー。もう遊びはこのくらいにしとこうぜ。俺疲れたわ。もういいだろ? 頼む、一瞬でいいからよぉ、今日だけのお願い! いや、一生のお願い!」

 モニターに向かい柏手(かしわで)を打つ陽光。しかしそれでロックが解除されることがあるわけなく、またそうしたら神かその使いが天から舞い降りてきて奇跡が起きるというファンタジーもない。それが現実である……はずである……


 ふにゃあぁ


「ん?」

 陽光の耳に聞き慣れない小さな物音が聞こえた。しかしその物音は機械的な感じでなく当たりの柔らかい息のある感触だった。陽光は窓から頭を出し聞き耳を立てた。

「気のせいか……」


 ふにゃあぁ


「んん?」

 陽光の耳にはたしかにヘヴィ・ワーカーの出す音と違う音が聞こえた。そこで試しに陽光はもう一度手を叩いてみた。


 ふにゃあぁ、ふにゃあぁぁぁ


「もしかして……」

 陽光はそう呟くと一度外へ降り車体後部へ回り込んでエンジンルームの観音開きのメンテナンスハッチを開けた。エンジンルーム内はライトが灯りスッキリしたエンジンルームが奥まで良く見渡せる。ハッチを開けてすぐ手前には両手で抱えられるくらいの小型ディーゼルエンジンが黒い樹脂パネルでカバーリングされて置かれ、その奥に巨大なモーターが二基並んで見える。スタンバイ状態の動力源たちは静かでエンジンルームの両サイドに付けられた冷却用ファンが回るわずかな音が聞こえるだけだ。

 陽光は中を除き込むようにして自慢のしゃがれ声で「にゃあ」と一声出した。するとカサッと何やらいる気配を感じさせる音が中から聞こえた。

「こりゃいるな。おい、出てこいや」

 今度は何も変化がない。そこで陽光は息をゆっくり大きく吸い込み勢いをつけて大声を張り上げた。

「オラァァァァァッ!!」

 すると奥の方でドンッと鈍い音がしたかと思うといきなりエンジン下の隙間から陽光の顔めがけて何かが飛び出してきた。陽光はその何かに怯むことなく反射的に両手が素早く動き何かをしっかり両手で受け止めた。

「ぶにゃあぁぁぁ!」

 その物体は茶褐色のまだら模様でずっしり体格のいい野良猫だった。陽光は右手で猫掴みにするとまじまじと野良猫を見て言った。

「このデブ猫。お前そうとう良いもん食ってんな。で、こんな所でぬくぬくしとったんか?」

 陽光に掴まれぶら下がった状態の猫は目をしばしばさせると自分の置かれた状態など気にすることなく大きなあくびをした。それを見た陽光は猫の顔を自分の顔へ引き寄せ聞いた。

「なあ、おまえ酒飲んでねぇだろ?」

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