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親父のくせに  作者: 佐野隆之
第三章 1225
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第16話 金時計広場

 発火開始同時刻19時00分。タワーズの中はまだ日常の風景に満たされていた。

 外の異常に気付いたのは8分ほど経過してのことだ。

 二階通路にいた客の数人がガラス越しに二階テラスを慌てて逃げ惑う人々を目にしたことをきっかけに外で起きている事実におののき、恐れながらも外が火事であると周囲の人々に声かけを行っていた。

 その言葉に興味本位で行動した人々はその事実を自らの目で確認するため一斉にテラスへ飛び出し事実を確認すると一斉に声を上げた。

「何だあれ?」

「道路が燃えてるぞ!」

「屋根も燃えてるんじゃないか!?」

「ここの壁も燃えてるぞ」

「消防呼べ!」

「早く逃げろ!」

 そんな二階の不穏な動きが一階へと伝わり一階にいた好奇心旺盛な人々が何事かと東側出口へと向かった。


 シンを待つ朱美の周囲が急に(せわ)しく人が行き来し始めざわついていたが、朱美は目を伏せたままイヤホンで音楽を聴いていてその状況には全く気付いていなかった。

 朱美のまぶたの裏に映るのは周囲の人々の幸せな笑顔とノリのよい楽しい会話。今日はせっかくのクリスマスであり、自分の誕生日という大切だった日が退屈に思えてきた。

 朱美はシンが自分に内緒で何を考えて何をしているのか? と気持ちを揺さぶる不安感がにじみ出ていることにどうしたら良いのか? これは私がシンから信頼されてないということの証明じゃないのか? そんな風に思えて仕方がなかった。

「早く来ないかなあ、シン……」

 朱美はそうぽそり口にしながら閉じていたまぶたをゆっくり開けぼんやりと正面に立つ金時計を見ると時計の針は7時5分を回っていた。

 そのまま朱美は時間潰しにと無造作にコートのポケットに手を入れスマートフォンを取り出しネットへ繋いだ。

「えっ?」

 朱美が登録しているソーシャルネットワークサービスのトップページにタワーズが大火災といった文字が立ち並んでいた。

 朱美は慌てて辺りを見渡すとどことなしか人の流れが慌ただしく見えたが火事が起きている雰囲気には見えなかった。

 朱美はもう一度スマートフォンに目をやり、じっくり中身を見ていく。するとタワーズの外壁が燃えている画像を見つけた。

「うそ!? マジで?」

 思わず声が出た朱美にそれを証明するかのごとく耳に聞こえていた音楽をかき消すほどの大ボリュームで構内アナウンスが流れた。朱美はすぐさま右耳のイヤホンを外しアナウンスに耳を傾けた。

『タワーズ館内にお見えの皆様方にご連絡いたします。タワーズ東側壁面、桜通(さくらどおり)(ぐち)側にて火災が発生いたしました。皆様、各階におります保安員、従業員の指示に従い落ち着いて避難をお願います。皆様くれぐれも落ち着いての行動をお願い致します。繰り返します……』

「本当にホントなの?」

 朱美の独り言が自然と大きくなる。

 アナウンスが一通り流れたところで、人の流れは一気に西側の出口へと向かった。ここを知る者は言われずとも逃げ道は理解できる。知らない者は流れに従うだけである。朱美はそれを目に納めるとその場で直ぐ様シンへ電話した。

「ダメだ。もうっ!」

 このところのシンの繋がらなさに輪をかけてこんな時にも繋がらない事に腹を立たせる朱美だが、それは裏腹に今この状況に対して自分一人だという事に寂しさと不安が沸き立ったことを振り払うためのごまかしだ。

 そうしている間に朱美の目の前は上の階から降りてきた人々で溢れ朱美は壁に張り付いたまま身動きが取れないほどになっていた。

 この状況に朱美は益々不安が募り、何度もシンへの電話を試みるが繋がらない。

(もしかして地下鉄も止まったのかな?)

 朱美は急いで地下鉄の運行情報を調べようとスマートフォンの画面を見るとネットから落ちていた。無意識に出る舌打ちと共にネットへ再接続しようとすると『回線が見つかりません』の無情なメッセージが現れた。

「うそでしょ? もうパンク?」

 すると朱美の鼻に焦げ臭く気分が悪くなるような異臭を感じた。

「やっぱり本当なんだよね?」

 朱美は周りの状況と臭いを感じて外で起きている火災という事実を受け入れてまずは逃げなくてはいけないのかと思った。

 と、そこへ「こちらは危険です! 反対側の太閤通(たいこうどおり)口へ向かってください! 走らないで!」と緊張感ある男の声が朱美の耳に届いた。朱美はその声の方を背伸びするように見ると避難する人々の頭越しに拡声器を持った警官らしき人物がちらちらと目に入った。それは火災が起きているという桜通口側だ。朱美は見えない外の状況がどこか未だ信じられず少しでも確かな情報に触れたくて人の流れに逆らって無理やりその警官のところへと向かった。

 しかし人の流れはものすごいもので、わずか数メートルの距離を人を掻き分け歩くことにずいぶん手間取った朱美は軽く息を切らせた状態で警官へと大声で聞いた。

「何があったんですか?」

「イルミネーションの火災のようです。さあ、早く移動して下さい!」

「あ、はい」

 避難する人々の喧噪(けんそう)ともみ合う状況の中、まともな話もできず朱美は早々に諦め、警官が言うのだからネット画像は本物なんだと納得して移動することにした。

 この時、鼻を突く異臭は一段ときつくなっていた。朱美は急いでハンカチを取り出し口に当て逃げ出す人々の流れに合流した。


       *


 場所は再び屋外へと移る。時間は19時13分。

 消防隊の一部は現場へと到着し消火活動と合わせてビルの中にいる人々の救出活動へと動き始めてはいたが地上は炎に埋め尽くされ簡単にタワーズへ近づける状況ではなかった。

 それはすでに南北に並び建つタワーズの東正面にあるロータリーから東へ真っ直ぐ伸びる桜通りは炎のプロムナードと変わり果て、人の近づくことなど到底できるはずもない場所となっていた。

 しかしその炎のプロムナードに沿ってタワーズへ向かって行く漆黒の飛行物体があった。

 その大きさはカラスが羽を広げたくらいの大きさである。しかし飛ぶ姿はカラスではなく鷲のごとく狙いを定めた獲物を目がけ向かっていく姿のように炎のプロムナードを突き進んでいた。

 そして漆黒の物体はタワーズにあるガラス張りのエレベーターへと躊躇なく突っ込み分厚い強化ガラスをいとも簡単に割りそのまま壁へ激突した。すると一瞬にしてエレベーターに沿って強烈な爆音と共に火柱が昇った。

 すでに停止していたエレベーターであったが残念ながら人の群れに押されて取り残されていた人たちは目下に広がる炎の海の景色に真実味を感じないままこの世を去って行った。

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