第15話 発火
世界中がクリスマスをショービジネスとして華やかに展開しているこの時期。都市という人々が群れ集まる地域ではイルミネーションを最大限に輝かせ街行く人々を虜にする。
しかし彼ら、名も土地も持たない組織にとっては無意味で価値の無い祭り行事でしかなかった。その彼らは約5年の歳月を費やし“メリークリスマス”と街中に、ネット中に飛び交う言葉を黙らせる新たな記念日とするべく準備を整え、ついに今日その時を迎える。
彼らを世間一般では国際テロ組織と表されるだろうがCIAを中核に各国の情報捜査機関の網に一切掛からず、また存在する知られることなく活動してこられた実績はかつてのテロ集団とは一線を画する。
彼らは兵器の類は一切保有していない。拳銃一挺すらもだ。ではサイバーテロ組織かというとそれも違う。サイバーテロの手軽さは超個人によるうっ憤晴らし程度で、たとえ組織的に事を成しても結果はつまらないものだと歴史が既に証明していた。それは一時的混乱を生み出すことが出来てもそれまででしかない。彼らにしてみれば民主的デモ活動レベル。一時の話題作りに一役買うだけで効果の薄さは明白。そしてかつてのsuicide attackもナンセンス行為であると彼ら組織に属する者たちの意見は一致していた。人を使い捨てる行為は軍隊と変わらないとして。
ではその様な考えを持った者が集まる組織の創成、源はどこにあったのだろうか?
個々が別々の思念や思惟というものを持っていたにも関わらず一つの到達点を求めて組織と言う束になれたその訳は?
それは“仮想敵”と言う敵を作り出し、国防国益を名分に軍備増強と維持をし続け、軍事に存在価値を与え続けてきた者たちとそれを放任してきた者たちへの粛清。
無意識下で眠っていた矛盾と混沌で埋め尽くされた不調和不均衡社会規範への不快感の答えを導き出すために、独り独りが孤独で悩み考え、個人努力によって生み出された発想と技術、そしてネットを介さない偶然の積み重ねからの日常交流が全くの不自然さを持たない人間同士の交流をもたらし、その結果、互いに同じ志を持った者同士ひと度繋がりだすと、国、人種の枠を越え、意志の繋がりは目には見えない強大かつ強固な塊となり、それが一般で言う過激な行動を起こすに至るまでになった。そして彼らが言う“粛清”という名の行為は惨劇と悲惨さにあふれる状況を見事に作り出した。
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GMT10時00分00秒。日本時間19時00分00秒。旧JR名古屋駅にある二つの高層ビルからなるタワーズの東側壁面を飾るサンタクロースをモチーフとした大きなLEDイルミネーションの一ヶ所の極めて小さな爆発から彼らの計画が始まった。それは街が生み出す喧騒でかき消されるほどの弱々しい爆発。誰一人気付くことなく小さな火は発火地点からゆっくりと連なり炎と化していた。
そしてその炎がイルミネーションを焼き潰していくこと約3分。タワーズ前の通りを挟んでイルミネーションを眺めていた誰かがイルミネーションから煙を出していることに気づいた。
時同じくして壁面すぐ下にあるテラスではLEDイルミネーションのトンネルが光の冬景色を作り出し通り行く人々にホワイトクリスマスの雰囲気を大いに味わわせ楽しませていた中、何処かしらから異臭を感じた数名がざわめきのきっかけを作った。そして今起きている異変に気付き始めた人々が加速度を増して波状に広がって行った。
発火開始後5分。タワーズ東側壁面一体は本来のLEDイルミネーションから黒煙を交えた炎のイルミネーションと大きく変化した。
その頃タワーズ前周辺の歩道では炎のイルミネーションに釣られて野次馬で溢れかえっていた。しかしその頃にはその野次馬の頭上にある街路樹を着飾ったLEDイルミネーションも静かに発火し始めていたのだ。
だがタワーズ壁面の火災に気を奪われていた野次馬たちは誰もまだそのことに気づいてはいない。
すべては彼らの計画通りである――
街路樹の発火からの燃え広がりはタワーズ壁面とは違い異常なほど速かった。4、5メートルおきに発火し始めると一瞬にして街路樹と共にLEDライトの導線を伝い周囲の木々へと火が燃え広がり、熱く燃え盛る真っ赤な炎の壁を歩道へ作った。
歩道にいた人々はこの驚愕の事態に様々な反応を見せた。
「逃げろぉ!」と喚き叫び逃げ出す者。
しゃがみこんでただ震え上がる者。
衣服や髪に火が飛び移りあえぎもだえ叫ぶ者。
それを助けようと着ていたコートで必死に消そうとする者。
それを横目に一目散にただ遠くへと駆け出す者。
そして炎の壁を挟んで車道では突然の出来事に急ブレーキをかけた車による多重衝突事故に車を乗り捨て逃げ惑う人々。と、人の数だけ多種多様な突発行動を引き起こし錯乱と混濁の状況を作りあげていた。
タワーズ前周辺は炎と黒煙、そして灼熱が容赦なく人々を襲い、地獄絵図そのものと化していた……
彼らの作ったナノ技術を利用した爆破装置は一つ一つの爆破威力は大変小さなものであったが、連鎖させることで強大な力を得ることができるものであった。そして彼らの仕掛けは発火装置だけではなかった。恐ろしいのはすでにナノ技術とバイオ技術を駆使して建造物そのものを脆くするよう各所に特殊なウイルスをばら撒き侵食させていたところだ。今後、彼らの表現する可憐な仕上げとしてシナリオは展開される――




