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親父のくせに  作者: 佐野隆之
第二章 父と息子
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第11話 スペシャリスト(後編)

 一方、事務所内では陽光の上司である山田が大きく溜め息を出し背もたれへ体を預けた。そして180度体の向きを変えると曇った窓からだらだらと歩いて行く陽光の姿を眺めて溜め息混じりで嘆く。

「まったくアイツは……」

 山田と陽光のやり取りを聞いていた配車担当の飯島は山田の背中に向かって言った。

「課長、なんでいつまでも轟さんを使ってるんです? いくらワーカー乗りが少ないからと言っても轟さんの違反数は酷いですよ?」

 飯島の少し苛立った不満の声を耳にするとくるり椅子の向きを元に戻し言った。

「まぁな。でも、アイツの指先のセンスは抜群なんだ。お前も知ってるだろ? ワーカーの指を柔らかく扱うのがどれだけ難しいか」

「もちろん。私は免許取れませんでしたから。でも轟さんってそんなにすごいんです?」

「あれ? 話したこと無かったか? 何年前だったかなぁ…… アイツ、現場にワーカーで向かう途中に車に轢かれそうになった女をワーカーの手で掴んで助けたんだ」

「ええーっ!? マジですかぁっ!?」

 飯島は椅子から零れ落ちそうなほどの勢いで背もたれへ体をぶつけた。

「びっくりするだろ? 普通そこでワーカーの手を出して人を掴むか? 握りつぶしそうで恐くて絶対できねぇよ」

「ですよー。助けるんだったら、女の人の方じゃなくて車の方を止めるとかでしょう」

「だよなぁ。アイツは咄嗟にそういうことをやっちまったんだな。車載カメラの記録に残ってたからなぁ。ビックリしたぞ。見るか?」

「見たいですっ!」

 飯島の反応に気分良くした山田は軽快にパソコンを操作して飯島のモニターに動画用ウインドウを開き映像を再生した――


 片側一車線の一般道を走るヘヴィ・ワーカー視点の映像。天気は曇り空で映像に表示されている日付は2044.05.08。時間はPM16:06からカウントが始まっている。ヘヴィ・ワーカーの走行音と共に陽光の鼻歌が聞こえている。そして数秒後に陽光の声。

『お、いい女』

 信号の無い横断歩道に女性らしき姿が小さく遠くに立っているのが見える。


「あんなに遠くにいるのになんで、いい女って分かるんです?」

 飯島の冗談じみた質問に山田は笑って応えた。

「女に対しては人並み外れた勘を持っているヤツだ」


 減速する陽光の操るヘヴィ・ワーカー。

『レディ・ファースト、レディ・ファースト』

 停止線やや手前で止まり、女性に向かって陽光の叫ぶ声が。

『さあ、どうぞどうぞ。渡ってください』

 濃紺のスーツを身に纏った20代中ばくらいと見える女性は丁度カメラに向かう様に軽く会釈する。カメラは広角タイプのため道幅いっぱいしっかり映っている。


 飯島はモニターを食い入るように見てつぶやいた。

「ああ、確かにキレ可愛い感じの女性ですね」

 飯島の言葉に山田は、そこはどうでも良いと言わんばかりに声高に言った。

「よく見てろ、ここからだ」

 映像には反対車線側に近づいてくるワンボックスカーが見えてきた。

「ちょっとヤバいって。全然減速してないよ、あのワンボックス。ヤバい、ヤバいって!」

 飯島は体に緊張が走り、声が無意識に大きくなっていく。そして飯島は目を見開き画面にしがみついて叫んだ。

「危ないっ!!」

 もちろん飯島の声が記録画像の女性に届く訳はない。女性はそのまま横断歩道を渡り始めている。そこへ陽光の叫び声が飯島の叫び声に被さる様に聞こえた。

『おいっ、馬鹿野郎! ギャルが渡るだろうがぁっ!』

 静止していた画像が一転、急激に女性がアップになるとヘヴィ・ワーカーの右手がモーター音を唸らせ画面に現れた。そしてそのまま四本の鉄の指で女性を一瞬にして掴み抱きかかえると映像の景色は水平に高速移動した。そうかと思うと、低音と高音が複雑に混じりあった爆音と共に画面が大きくぶれ状況が見えない状態になった。

 飯島は見てはいけない物を見てしまったと後悔の念すら沸き起こるような衝撃的瞬間に感じた映像に一瞬だけ目を背けたが、すぐさま固唾を飲んでモニターを凝視した。

 山田はそんな飯島を見て初めて社長とこの映像を見た時の事を思い出した。今の飯島とかつての自分が重ね合わさり少し可笑しかった。


 ぶれが無くなり動きが止まった映像にはヘヴィ・ワーカーに握られた女性の姿が大きく映し出されていた。

『姉さん、大丈夫か?』

 手の中で怯えた顔でいる女性。震えながらも陽光の声に小さく頷いた。


「すげぇ……」

 飯島はただひたすら“すげぇ”を口にして感心しきっていた。

「おはようございます!」

 そこへ肩の雪を払い落しながら入って来た女性は営業の香川百合(ゆり)だ。

 山田は「おはよう」と軽く手を挙げて挨拶を交わすが飯島はまだ気づいていない。香川百合はコートを脱ぎながら二人に歩み寄って興味有りげに言った。

「何を見てたんですか? 随分見入ってた感じでしたけど」

 香川百合の突然の登場に飯島は小さく驚き「あっ、香川さん。おはようございます」とあわてて挨拶すると山田が香川百合の質問に答えた。

「轟君の離れ業をね」

「ああー、あれですか。で、轟さん、助けた女性と付き合ったんですよね?」

 香川百合のその言葉に飯島は「そうなんですかっ!?」と先ほどとは違う驚きを表した。

 生真面目さを持つ飯島は“轟さんのそういう無分別なところが尊敬というポジションに持っていけないんだ”と落胆まではいかない軽い残念感が湧き起こり感心していた気持ちは冷めて行く。

 山田は飯島の反応に気遣うことなく香川百合と会話を進める。

「らしいな。詳しくは知らんがな」

「で、なんでまたその話を?」

「またアルコール検出だ。今日は欠勤させた」

「あらあら。轟さん、操縦テクニックは本当にすごいんですけどね」

「そうなんだよなぁ……」

 溜め息まじりで言う山田はどうしたものかと頭を抱えた。すでに社長の椅子を息子に受け渡していた先代の平川は十年前に他界している。陽光は先代に息子のようにたいそう可愛がられていたが、そのせいもあってか現在の社長、平川秀樹は嫉妬に近い感覚で陽光を嫌悪している。しかし、陽光の技術評価は間違いないだけに陽光の我がままな行動には目を瞑っていた。

 しかし近頃は若手のパイロット(この時代ではヘヴィ・ワーカーの操縦士を一般的にそう呼んでいた)も多く、必要レベル十分に操れる者ばかりだ。世代交代という時が確実に進んでいることの証明である。そのため二代目は陽光に対しての処置を考えていると最近山田の耳へ届いた。山田としては陽光は人間的に悪い奴ではないし、個人的には人間味があって好きであった。週末などにはよく一緒に酒を酌み交わした。21世紀も半ばのこの時代、仕事が終わったらそのままどこかへ消えていき、社内での人間関係は金のための契約で繋がっている脆い関係であるのが普通であるが、平成生まれの陽光はかなり他とは違っていた。

 陽光の破天荒具合がかつてはこの会社の盛り上げ役として一役買っていたものだが、時が進んでくるとより一層洗練した会社組織の構築が必要となるようだ。高学歴で経営学を学んできた二代目に変わるとそのあたりがより顕著になった。事実、今では東京、大阪に支店を持ち、社員数100名規模の会社と成長し、上場を睨んでいる。

 その中で陽光の存在は小さいものとなりつつある状況で山田は個人的にできる限り彼を留めておきたいとの思いを馳せていた。

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