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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
4月28日
9/87

4月28日◆9

 館長室での宣戦布告から、何だかんだと様々な確認やら手続きやらがあり、家に着いたのは二〇時を回っていた。

 遅めの食事を済ませ、風呂から上がってすぐに自室に篭る。

 明日から仕事を本格的に開始する。

 そして何故か、集合時間が匠の事務所に六時と言われた。

 自慢ではないが、迷子スキルの高さと並んで、朝が弱い。

 しかし、やっと匠に仕事をさせて貰えるのだ、弱音は吐けない。

「取り敢えず、探偵たる者、まずは情報整理!」

 ユリは独り言を言いながら、一冊の手帳を開いた。

 この手帳は、ユリが匠の事務所で働くと決めたときに買ったもので、それから約一年、何にも使わず、この時のためだけにとってあった手帳だ。

 初めてのメモが、世界的に有名な”男爵”に関する事件のメモになるとは、ユリ本人も驚いた。

「まずは…、事件についてね。

 財団法人 大鳥純忠会が運営・管理するフォーラム”純・フォーラム”の中にある”純・美術館”に、昨日未明届けられた一通の予告状が発端…、と。」

 内容は、今話題の”男爵”と名乗る怪盗が、近々”純・美術館”で開催される”シリング王国・財宝展”で展示される目玉美術品、”紅い泪”を盗む、というもの。

 予告時間は、開催初日の〇時ぴったり。

 その時間は、シリング大使や、財団・美術館関係者が集まって、セレモニーが行われている。

 さらにその時間、”紅い泪”は、最近導入したばかりの”超密閉型地下倉庫”に保管されている。が、セレモニーの参加者で、見たいという人が現れれば、パーティ会場へ持ち出される可能性がある。

「予告状については、叔父さん曰く『本物』。

 悪戯の可能性は低い。

 …このくらいかな。」

 丸や四角で囲んだ単語を矢印で結びながら、まとめる。

「次に、”男爵”…。

 今世間を騒がせている世界的な怪盗。

 怪盗って、今時古臭いかしら…。

 でも強盗って言うのとも、ちょっと違うんだよなぁ。」

 新聞やテレビで騒がれ、一躍大怪盗として有名になった最初の事件は、二年前のイギリスでの事件だったと記憶している。

 大英博物館に保管されていた宝飾品が盗まれた。

 前々日に、今回美術館に届けられたものと同じ”赤い紙に白インクでトレードマークをプリントした予告状”が届けられていたが、大英博物館が悪戯と判断して対応したなかった事が、当時のニュースでは大きく取り上げられていた。

 その後も、各国の美術館や博物館に予告状を送っては、まんまと盗み出してる。

 盗んだものが、その後どうなったかも、”男爵”の正体も不明、という事だ。

「”男爵”については、明日叔父さんたちに聞いてみよう。

 次は…、菅野館長さん。」

 ”純・美術館”の館長。今回の依頼主でもある。

 シリング大使とは古くからの友人で、その縁で今回の”シリング王国”の展示会が開催される。

 ”男爵”が狙っているのは、展示会の目玉”紅い泪”。

 警備責任者の飛澤の話だと、既に亡くなっている、現国王の奥様に纏わる装飾品で、今回一番重要な国宝だという。

 何故、数ある国宝のうち、”紅い泪”を狙うのか。

 国宝の最たるものだからか。

 それとも、何か理由があるのか。

 ”男爵”という名前が出たことで忘れられがちだが、個人的な因縁や恨みの可能性は、決して〇ではない…、と思う。だが、

「館長さん自身は、とてもおっとりしていた印象だわ。

 特に人に恨まれたりっていうのは考え難い感じ。

 でも予告に関しては、警察に相談したり、探偵を雇うくらい心配していると見える一方で、飛澤さんには私たちの事もちゃんと説明していなかったり、何だかちょっと理解出来ないところもあるけど…。」

 「何か考えがあるのかも…。」と声に出しながら、その言葉自体をメモする。

「関係者としては、飛澤さんの事もメモしておかないとね。」

 ”純・美術館”の地下にある、セキュリティ・ルームの責任者である。

 美術館の職員ではなく、警備会社からの出向という話だった。

 その警備会社には十年ほど勤務しているらしい。そして、

「美術館の担当になる前は、シリング大使館の担当だったらしいけど、これは大使館の推薦があったらしいって、飛澤さんが言ってたわね。」

 さらに、地下倉庫のセキュリティシステムや、あの”小部屋”の導入を薦めたのは、飛澤の警備会社だという。

「因みに、導入は今年の初め。」

 飛澤自身は、豪快な性格で、見るからに体育会系な印象だった。

「気のいい人だから、きちんと対応すれば、きちんとそれに答えてくれそうな印象だわ。」

 とメモして、ふと思い出す。

「そういえば、”小部屋”の話しのとき、あいつが館長に変なこと聞いてたわね…。

 館長も”これでやっと〇地点で並んだ気分”とか言ってたけど…。

 何の事かしら…。」

 飽く迄も、事件を前提に、だが、何の変哲もない会話のようではある。

 が、何となく違和感も残る。

 会話以上に、了のあの”笑み”が気になるのだ。

 絶対、何か考えての発言に違いなかった。

 が、考えたところで、解る事ではない。

「今のところは、このくらいかしらね。」

 そう言って、ユリはペンを仕舞いかける。

「…関係者って言えば…。」

 正に、今考えていた了も関係者ではある。

「思い出しただけでも腹が立つわ!

 まとめたくないけど、こいつも関係者だから一応まとめないと!」

 蕪木 了。警視庁の刑事。…なのだろうか。

「っていうか、あいつ何者なのかしら。

 警部とか、巡査とか、階級も聞かなかったわ…。」

 歳は、三〇代前半。

「減らず口の減らないヤツ。

 減らないから減らず口っていうのよね、きっと。

 兎に角一言多い、口の悪いヤツっていう印象しかないわ。」

 心象は全くよくない。

 ただ、事件に関しては別で、飛澤への態度や、館長との会話で何か含ませるなど、事件について少し考えがあるような行動が多い。

「人間としては判らないけど、刑事としては頼りになる人なのかも…。」

 そこまで言って、後悔する。

 ああ、でも…。

「最初に会ったときから憎ったらしかったし、すぐ人の揚げ足取るし、兎に角、あの嫌味な言葉遣いと、してやったりみたいな笑顔だけは止めて欲しいわ!」

 散々ではあるが、一点だけは、責めるところを知らない。「ちょっと、タイプだけど…」と言いつつ、ユリは、欠点らしい部分を全てメモしながらも、

「なんかアイツの事考えると苛々するわ!」

 と、ブツブツ言う。

「明日は朝六時には事務所に集合って言われたし、早く寝よ!」

 怒りを忘れるには、寝るのが一番だ。

 ユリはガサツに手帳を仕舞い、ベッドに転がった。

 部屋を眺める。

 何故かツルの絡まる古い洋風の家の外観と、白い細い枠の格子窓に合わせて、家具も白を基調に丁寧に集めたお気に入りの部屋だ。

 だが、自分の家ではない。

 この家は、父の弟である匠と、妻のカナエ夫妻の家だ。

 四階建ての小さなビルで、一階と二階に匠の探偵事務所を置き、三階から四階までを自宅に使っている。

 匠・カナエ夫妻には子供がおらず、ユリには両親がいない。

 だから引き取ってもらったのだ。

 小さな頃から、何か難しい仕事をしている匠が大好きだった。

 そして、料理が上手で、少し太ったカナエも。

 両親は、そろって海外を飛び回る研究者だった。実は今も、一体何の研究をしていたのか知らないでいる。とにかく多忙を極めた両親が残した財産は多額すぎて、まだ子供だったユリには手のつけようもなかった。

 だから、大好きな匠とカナエに、その全てを委ねた。

 子供のいない匠とカナエは、ユリを我が子のように可愛がってくれた。それは今でも変わらない。

 だから、叔父、叔母ではあるが、親でもある。

 匠もカナエも、両親の遺産にはあまり手をつけていないらしい。

 もう使わないユリの家は処分してしまい、その金でこのビルの補強をしたくらいで、本当に何も使っていないようだった。

 質素な夫婦だったが、ユリにはその在り方が、本当に有り難かった。

 だから、少しは役に立ちたいのだ。

 頑張っている、と自己顕示するつもりはないが、頑張っていることには違いない。

 明日から、予告の日までの数日、ユリにとってどんな数日になるのか、胸の中は好奇心と不安と、何故か感じる少しの哀しみで、いっぱいだった。

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