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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
あのとき、とそれから
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あのとき、とそれから◆8

「エルシは、この状況は、真実を手に入れる事でしか解決出来ないと思ったんだろう。

 母の死因である遺品を手に入れ、母と王妃が同一人物である事を公にしてしまえば、菅野から逃れられると思った。

 菅野を殺す事を先に決意しなかったのは、きっとアイツの良心だったんだと思うよ…。

 だけど、一つ誤算があった事に気付いた…。」

 了の言葉が終わった直後、ドアの外をパタパタと小刻みな足音がした。

 やっと、人が動き出したようだった。

「誤算?」

「ああ。」

 了が頷いた。

「菅野はどこからか、シリシの血液が付着したスカーフを手に入れていた。

 それと王妃の持ち物の何かから採取した遺伝子情報を元に、同一人物の特定が出来ると、さらに脅しにかかった。

 これでは、遺品を回収する前に菅野によって先を越されてしまう。

 シリングを出たエルシは名を変え、普段は髪の色を変える事でエルシではない外国人労働者を装って数年に渡り各国を回り、遺品を集め続け、ついに日本へ入国した。

 目的は、スカーフの入手、ただそれだけだった。」

 三年前の事だった。

 エルシは日本を拠点にし、活動を再開した。

 ただし、活動には資金がいるし、滞在するための工作もいる。そのために身を潜めた企業に、たまたまシリング大使館勤務経験のある人物がいた。

 飛澤 康平だ。

「そして、気付かれてしまった。

 エルシだ、と。

 飛澤はシリング大使館勤務当時、エルシの顔を見た事があったそうだ。

 だが、すぐにエルシと判ったが、暫くそれを伏せていた。それにより飛澤は信頼出来ると思ったエルシは、飛澤に自分の正体と目的を告げた。

 その後すぐに美術館出向が決まった飛澤は、部下の一人としてエルシを指定し、美術館への立ち入りが出来るよう手配した。

 この出向自体は、偶然だった事がわかった。」

「じゃあ、飛澤さんは知ってたのね…。」

「ああ。

 予告の事もな。

 ただ、隠していたと言っても、あくまでも、エルシである事やエルシが”男爵”だと公にしないという約束をしただけだったがな…。」

 だが、菅野はエルシが日本に入国している事に、早い段階で気付いていた。

 自分に接近してきた理由も理解していた。

「そして、その頃既にシリング展は立案され、”紅い泪”を展示する事も決まっていた。」

 エルシは日本にいる。その上”紅い泪”が手元にあれば、確実に自分の目の前に現れるだろう。

 恐怖した菅野はまず、企画の存在を隠したまま、以前から営業のあった警備会社の”小部屋”の導入を決定した。当時はセレモニーの予定もなく、開催までは”紅い泪”はこの”小部屋”の中で保管し、”小部屋”から出すのは、一日のうちの限られた時間だけだった。

 その間だけでも襲撃を免れ、且つ自分の身の安全が保てれば。菅野はそれだけを考えていた。エルシが日本のどこに潜伏し、どう生きているのかまでは、知らなかった。

 だから、”小部屋”の導入が決まったのも、警備会社が変更になったのも、すべて偶然だったという。

 その直後、展示会が決まった。エルシは飛澤に協力を仰ぎ、カメラに小型機械を設置させ、次に記録システムを改竄させ、展示会が開催されるのを待った。エルシにとっては幸いな事に、記録システムの改竄はエルシの知識内で行う事が出来、しかも変更自体は本社に通知されない仕様になっていた。

「それと同時に、可能ならスカーフも手に入れたいと考えていたんだろうと思う。」

 しかし、スカーフを手に入れる機会は、なかなかやって来なかった。

 日が経つにつれ、エルシは苛立った。

 そして、展示会一週間前、いつも通りだが、しかし最期の予告状を送った。

「その頃のエルシは、とにかく神経質になっていたらしい。

 いっそ菅野を殺してしまおうとさえ思っていたんだろうと、飛澤は言っていた。

 そして菅野もそんな気配を感じたんだろう。」

 菅野はある夜、黒いマントを身に付けて、館内を歩き回ったと言う。

 目的は、エルシの牽制の筈だった。

 カメラに細工がしてあるだろうという予測をしいたが、菅野はほんの一瞬だけ自分の姿を映す方法を持っていた。

「美術館の来場客向けに提供しているサービスの一つに、無線イヤホンを装着して、場所によってその無線で展示品についてのガイドを流すというものがある。

 菅野は、それを干渉電波として、一瞬だけカメラの仕掛けを妨害するという方法を思いついた。」

 そしてマントを被り、実行した。

 写り込む場所はどこでもいい。”男爵”と思しき人物が館内に侵入したと騒ぎになれば、エルシの足止めになる。

 だが、エルシの我慢も限界に近かった。

 偶然その日、エルシ自身は菅野を殺そうと決意していた。

「そこで、”偽男爵”を終えた菅野と出くわした。

 これは本当に、偶然だったんだと思う。

 エルシは一瞬動揺したんだろう、鉢合わせた菅野と争い、そのとき、普段から持ち歩いていたタイピンを落としてしまった。」

 これが、菅野襲撃事件だ。

 時間は、菅野が証言を覆し、午前〇時と断定された。カメラ映像にピンが移り込んだ、あの時間だった。

 菅野を気絶させたエルシは、タイピンを落とした事に気付かないまま、菅野を移動させようとした。だがその直後、様子を見に来た飛澤に、菅野襲撃がばれてしまう。

 エルシは、このままエルシが菅野を殺してしまうのではないかと焦る飛澤を宥め、セキュリティ・ルームへ帰らせた後、三階のセレモニーホールから菅野を屋根上に運んだ。この宥める様子もが、偶然カメラ映像に移り込んでいた、という事だった。

「この梯子は関係者でもごく一部しか知らない梯子だったらしい。

 飛澤すら知らなかったそうだ。

 そして、屋根の傾斜によってそのまま菅野が落ちれば、確実に落下死する、死ななくても暫く入院を余儀なくされる。

 エルシにとってはどちらにしても、その間にスカーフを探し出せればそれでよかったんだろう。」

 しかし、結局菅野は落下せず、エルシはスカーフを探し出せなかった。

 そして、菅野が襲われた事で、今度はバークレイがエルシの存在に気付いた。

 バークレイはバークレイで、事実が明るみに出る事を恐れていた。

「クレアの身も守りたかったが、そのためにはシリシの事も伏せておきたかったんだろう。」

 全てはクレアを想っての事。

 しかし、クレアは菅野になついてしまっていた。これは大きな誤算だった。自身が友人として菅野と接触している以上、クレアを止める事は出来なかった。

 だが、その状況で菅野が殺されでもすれば、クレアに避けていた情報が伝わり兼ねない。

 バークレイはエルシを止めようとした。

「まず、スカーフを自分の手中に納めてしまえば、エルシのターゲットは自分に代わると思ったんだろう。」

 あの朝、美術館で何とかスカーフを手に入れたバークレイは、最後の手段として、そのスカーフを手に菅野の下を訪れ、交渉をする。

「菅野も脅迫材料がなくなっては、今後自分の立場が危うくなると踏んだんだろう。

 バークレイの要求を受け入れた。

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