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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
4月28日
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4月28日◆8

 ユリと了が館長室に戻ると、匠が出迎えた。

「おかえり。二人とも」

「ただいまぁ」「戻りました」と各々答える。

「どうだった?」

 匠がどちらにともなく訊ねると、逸早くソファにぐったりと座り込んだユリの傍らに立った了が、うっすら苦笑をしながら答えた。

「スキさえつかれなければ、”小部屋”については充分過ぎる設備ですね。」

 設備というか、あれはもう、完全な罠だ、というのが本音だが、そこは言わないでおく。

「些か神経質すぎるとお思いでしょうね。」

 館長室の奥にあるデスクで書類整理をしていた菅野が、自嘲するように言った。

 すると、了はニヤリと笑って、「いえ」と即答する。

「むしろ、あれくらいないと、足りないでしょうね。」

「あのシステムと”小部屋”を導入して、やっとあの”男爵”と〇の地点で並んだ、という気分ですよ…。

 あの”男爵”に狙われると思うと、どうしても神経過敏になってしまいましてね…。」

 そう続ける菅野に、了はさらにニヤリとする。

「なるほどね。」

 ぼんやり見上げながらやり取りを眺めていたユリが怪訝な顔をする。そして、窓辺で話を聞いていた匠を見るが、にこにこと笑っているだけで、了の様子には何の疑問も持っていない様だった。

 勘繰りすぎなのかな、とユリは首を傾げた。

 そんなユリを見下ろしながら、了はこっそり吹き出しそうになるのを堪えて口に手をやり、「ちょっと、電話を貸して頂けますか。夕方に一報を入れると、上司と約束していまして。」と話を変えた。

「ああ、どうぞ。

 ここの机の上のをお使い下さい。」

 菅野が言って、席を立った。

「お借りします。」

 了が机に歩み寄り、手早く電話をかける。

 菅野がユリの向かいのソファに腰を下ろしたので、匠もユリの隣に腰を下ろした。

「そんなに凄かったのか?」

 小部屋の話に戻す。

「うん、もう、兎に角凄いって感じね。

 見た目が派手とかじゃなくて。」

 理解力のなさ、というより、表現力のなさは自覚している。

 凄い、という以外に言葉のボキャブラリーがないのだ。

 匠も、姪の事なのでそれは理解している。が、言うほど馬鹿でない事も解っている。

「ほぅ。

 じゃあ、ここはユリに任せるか。」

 と、今までとは一変、ここに来て急に色々任される事に、ユリは喜びと不安と両方を感じていた。

「え!?

 いっ、いいわよ私は雑用で! そういう大事なことは叔父さんが…。」

 首をブンブン振って答えると、匠はにこにこと笑ったまま、「いやいや。ユリなら出来るさ。」と軽く答えた。

「信用してくれるのは、嬉しいけど…。」

 と言いながら、刑事さんとなら大丈夫かもしれないけど、とも思う。

 初仕事で勝手が解らない。だから、せめて誰かがいれば。

(そういえば、あいつは…。)

 電話をかける了の後姿を見る。好いてはいないが、知らない人間よりは、こいつと一緒の方がマシ、と思う。完全に背中をこちらに向けているので、表情は窺い知れない。ソファセットと机も離れているので、声も微かにしか聞こえない。

「ええ、その辺は問題なさそうです。…了解しました。…そうですね。…はい。…はい。…は?」

 何度か電話の向こうの相手に返事をしたあと、了が小さく驚き聞き返した。「北代(きたしろ)警部補が?」知らぬ名前が出てきた。

(北代警部補?)

 聞き耳を立てると、もう少し大きく了の声が聞こえる。

「…はぁ…。…判りました。判りましたってば。」

 少少やけくそ気味に返事をしている。

 今日初めて出会って、色々嫌味を言われて来た中で、初めて聞く戸惑い気味の声でもあった。

(お? 苦手人物?)

 ユリはなんとなく、弱点を掴んだような高揚感を覚えた。

 了と電話の相手との会話はまだ続く。

「はい? ああ、”芳生さん”ですね。」

(お、私たちのことね。)

 自分たちの事をどう伝えるのか。ユリがそわそわすると、期待を裏切る言葉がはっきり聞こえた。

「一人お転婆さんがいますが、大丈夫でしょう。」

(んな!)

 おもちゃ扱い、こども扱い。ユリはプライドは高くないほうだと思っているが、さすがにここまで馬鹿にされると、癇に障る。

 ユリは了の背中を思いっきり睨み付け、小さく舌を出す。

「…はい。…はい。…一日一回で勘弁して下さい。…そうです。…了解しました。

 では、明日このくらいの時間に。」

 そう言って了が電話を切ったので、ユリは急いで顔を元に戻した。

 が、振り向き様、了はユリを不機嫌な顔で見、「盗み聞きをするな」と嗜めた。

 「何の事?」と素知らぬ顔をするが、了の察しの鋭さに内心冷や汗が噴き出る思いだ。

「君は判り易いんだよ。」

 畳み掛けるように、了が言った。

「むっ、失礼しちゃう。」

 反論してはみるものの、完全に見透かしている了に、これ以上の抵抗は無用と判断しつつある自分もいる。

 観念、の意を込めて、若干の抵抗も込めて、ユリは改めて了に、べ、と舌を出して見せた。了はそんなユリに呆れたあと、すばやく表情を戻して匠を見る。

「芳生さん、明日、こちらからもう一人捜査員を加えます。

 彼には基本的に、表向きの警備と菅野館長の護衛について担当してもらいます。」

「先程ちらりと聞こえましたが、北代さんですね?」

 菅野が反応する。

「はい。

 要人警護については手馴れていますので、警備などに限っては、ご安心ください。」

「それは心強い。」

 どうやら、菅野は北代を知っているようだ。

「すると…。」

 と、匠がつるつるとした顎を摩りながら切り出す。

「地下は…。」

 警備対象人物は地上階にいるのが基本だ。すると、狙われている”紅い泪”ほか、セキュリティ・ルームとのやり取りや連携をメインに行動する”地下組”は…。

「不本意ながら、私が。」

「うげぇ。」

 お互いぐったりしながら、了とユリがそれぞれ言う。

「コラコラ、ユリ。」

 匠が苦笑する。

「蕪木さんが一緒なら、安心して任せられます。

 ふしだらな娘ですが…。」

「フツツカ、でしょ! しかも古いのよ! 何よ叔父さんまで!」

「日頃の行いってヤツだな。」

 膝を拳でバンバン叩いて抗議するユリを、了がニヤリと笑った。

 その不敵な笑みを、ユリは頬を思いっきり膨らませて睨んだ。

(今に見てろ、蕪木 了!)

 宣戦布告せずにはおれない。

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