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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
あのとき、とそれから
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あのとき、とそれから◆2

「了!!」

 ここが病室だという事も忘れたユリによって思いっきり開け放たれたドアは、勢いよく壁に当たって大きな音を立てた。

 我を忘れて飛び込んだ病室のベッドの上には、目を見開いて驚き、ユリを見る了がいた。

「!?」

 了は膝の上に広げた資料の山が崩れるのにも気を回せないほどに、驚いていた。

 そんな了を見て、ユリはふと我に還った。

「…アレ…?」

 あまりに唐突にころころと変わるユリに、了が不機嫌な顔をした。

「なんだいきなり!」

 怒鳴られ、ユリはやっと、自分が起こした事態を理解した。

 途端に恥ずかしくなり、申し訳なくなり、後ろ手に静かにドアを閉めながら、肩を竦めた。

「え…、だってさっき…、病室から出てきた人が、泣いてたから…。

 もしかして、了に何かあったんじゃないかと思って…。」

「は…?」

 ユリの言い訳に、了が顎に手を当てて考え込み、やがて噴出した。

「ぶ…、ははははははは!」

 腹に怪我をしている患者とは思えぬほどに、了が大笑いをした。

 余程可笑しかったらしい。

「ちょっと!

 なにがおかしいのよ!」

 思わずユリが反論すると、了が必死に笑いを抑えながら、苦笑した。

「スマン、スマン。

 お前、からかわれたんだよ、高遠さんに。」

 言われて、ユリがきょとんとする。

「え?

 …高遠さん…?」

「そ、さっき出てったヒゲのおじさん。

 ユリが来ているのを見て、ちょっと思いついちゃったんだろう。」

 そう言って、了が口に手を当ててくすくすと笑った。

「…な…っ。…もう…。」

 あれが噂の高遠か。

 しかし、遠目にユリを認め、芝居をしてまでからかうとは、何という大人だ。

 口々に噂が立つのも理解出来た。

 まんまと騙され、恥ずかしさで怒りも鎮まる。

 気が落ち着いたところで病室を見回すと、ユリの個室の倍はある広さの部屋だった。南向きの大きな窓があり、ベッドは頭を壁に向けて付けられ、部屋の中央に置かれていた。

 脇には小さなキャビネットがあり、見舞い客用のテーブルと椅子が二脚置かれている。

 テーブルの上には、既に何人か見舞いに来たのであろう、プリザーブドフラワーの大きな花束や、雑誌の山が出来上がっていた。

「そんな事より、大丈夫なの?」

 ユリが問うと、漸く了も笑いを止めた。

「ん?

 ああ、大した事ない。

 明日から、リハビリ出来るらしい。」

「そう、よかった。」

 ユリがほっとすると、「心配したろ」と了がにやりと笑った。

「当たり前でしょ!」

 否定もせず、ムキになって起こると、了が素直に笑った。

「すまんな。」

「…いいわよ…。」

 ユリが溜め息を吐くと、了の膝の上で散らばっていた紙が、ベッドから滑り落ちた。

「あ。」

 ユリが歩み寄り、拾い上げる。

「すまん。」

 そう言って差し出された了の手に紙を渡すとき、ユリがちらりと紙の内容を見る。

 ”男爵”の予告状がプリントされ、外国語によって何かが記述されている、レポートのようなものだった。

「捜査はまだ続くのね。」

 ユリが言うと、了が真剣な顔をした。

「…ああ。」

「あれから、それなりに経ったけど、何かわかった?」

 改めて数えてみると、そろそろ一週間が経とうとしていた。

 進展があったかなど含め、匠からも何も聞けていなかった。

 ユリが訊ねると、何やら考え込むように、了が俯いた。

「もう、関係者じゃない私には言えない?」

 ユリが静かに言うと、了が苦笑した。

「…いや、すまん。

 どこから、話そうか。」

 そう言いながら、ほんの少し黙った後、了は右手に広がる病室の大きな窓を見た。

「きっとキミには、最初から話した方がいいんだろうな。」

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