4月28日◆7
地下倉庫の仕組みは大凡理解をした。
取り敢えず、細かなところは後で更に情報を得ていけばいい。
了とユリは館長室へ戻る事にした。
戻りの間も、了は無口だった。
しかし、後姿を見る限り、行きの無口とは様子が違う事は、ユリでも解った。
あの”小部屋”は、説明された事以上に、恐らく緻密で厳重なセキュリティがかけられていて、且つ、あの”小部屋”の存在自体が、有効な脅迫材料なのだろうと思う。
ただ、現に”男爵”から予告が来ている事も、忘れてはならない事だ。”男爵”は、話題になった二年前の事件以来、数々の窃盗を容易く成し遂げ、今も逃走中である。
正体不明、単独犯なのか、複数犯によるものなのか、それすら解らないのだ。
そんな、窃盗の名人宜しい”男爵”なら、保管倉庫の小部屋の情報くらいは得ている筈だ。だから、それはつまり、”小部屋”自体で与えたい脅迫には何の効果もなかった、という事にならないだろうか。
そしてもっと疑問なのは、予告状の事実を飛澤が知らないらしい事だった。
こんな”小部屋”を用意しておきながら、飛澤には言わない。
理由を聞けば納得出来る事かも知れないが、安直に考えれば、矛盾に他ならない。
「ねえ…。」
話しかける事を躊躇って、暫くは了の背中を眺めていたユリだったが、やはり聞いておきたい事はあった。
呼ばれて、了が少し首を後ろに回し、すぐに前に戻した。
「館長、どうして飛澤さんに、私たちのこと嘘吐いたのかな?」
「さぁな。」
素っ気無い答えが返ってくる。
「もしかして、すでに館長に変装して、この状況を笑ってるかもよ。」
「かもな。」
「むっ。不真面目!」
「そんな事はない。」
声に抑揚がない。
「じゃあなんでそんな答えしかしてくれないの?」
ユリが必死に食いつく。
嫌味を言われるならまだいい。否、良くないが、いいとしても、相手にされないのでは、一緒にいる意味がない。
そんなユリの心情を知ってか知らずか、了が冷たく答える。
「お前と議論しても始まらん。」
「な!!!!!!」
出会って、一番嫌な事を言われた気がした。
探偵としての実績は、確かにない。
ただ、力になれないと判断されるほどの失敗も、まだした覚えがない。
ユリは頭の血管が切れたような気がして、大声を張り上げた。
「もういいわよ!」
そう言って、ずんずんと大股で了を追い抜いた。
館長室までの道がまだよく解っていないとか、そういう事すら忘れるくらい、腹立たしかった。
追い抜き様、了が驚いた顔をした様子が、視界の隅に映った。
そしてユリが完全に追い抜いたとき、了が一瞬困ったような顔をしたように見えた。
気のせいだと思い、どんどん歩いて行くと、暫くして、少し離れた後方から「おい…」と声がした。
「ゆっくり歩けよ。」
「なんでよっ!」
キっと振り向くと、了が怪訝な顔でユリを見て、一言呟いた。
「また迷子になるぞ。」
「っ…」ユリは、謝罪の言葉でもあるかと期待した自分を罵った。この男が謝る訳がない。
揚げ足どころか、相手の足を自分から揚げて、更にその足を掬うのだから。
ユリが頬を膨らませたまま絶句していると、了は面白いものを見たような、満足げなニヤリ顔をした。
(くっそおおおうぅうぅ! くやしいぃ…。)
完全におもちゃだった。