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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
5月3日、と4日
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5月3日、と4日◆11

 大した寄り道もせず喫茶店に戻ると、匠が独り、ソファの肘掛に頬杖を突いて、にやにや笑いながら中庭を見つめていた。

「ただいま~。」

「こんばんは。」

 各々声をかけると、匠は姿勢を変えないままこちらを向いて、

「やあ、蕪木クン。」

 と言った。が、その直後に、匠の背後からぞもぞとこちらを覗くもう一つの顔が現れた。

「こんばんは。

 今夜は何卒よろしくお願いしますよ。」

 菅野だった。どうやら、匠は独りでにやけていた訳ではなかったらしい。

「心得ています、館長。」

 了が小さく頷きながら答えた。

 まだ戻っていないのか、クレアの姿だけ見えなかったので、ユリが「クレアは?」と訊ねると、今度は自分の背後で「今戻りました」と声がした。

 振り向くと、眩いばかりに真っ白な衣装を身に纏ったクレアが、照れくさそうに立っていた。

 クレアの衣装は、滑らかに輝くシルクで、短いタイトスカートのようなスカートと、長い裾と大きな襟のコートを組み合わせたツーピースのデザインで、コートの裾は、クレアが少しでも動くたびに優雅に揺れた。

 よく見ると、真っ白い糸で繊細な刺繍まで施されている。植物がモチーフだろうか、流線型の構図がとても美しかった。

「すてき!」

 ユリが思わず声を上げた。

「シリングの伝統衣装なんですよ。いかがでしょう?」

 クレアが照れながら少しお披露目のポーズをとると、「物凄くステキよ!」「うん、すばらしいね」「よく似合っているよ、クレア」と各々褒め称えた。

「直接見るのは初めてですが、噂どおり、清楚な衣装ですね。」

と、最後に了が褒めると、クレアは「有難うございます」と頭を下げた。

「本当に真っ白ね。

 汚さないようにしないとね。」

 ユリがおどおどというと、

「はい。

 気をつけないと。」

と、クレアが苦笑した。

「蕪木クン。北代警部補は?」

 クレアのお披露目会が終わったところで、匠が尋ねた。

「それが、今夜はまだ見かけていないんです。

 ここへ立ち寄るんじゃないかと思って、来たんですけど…。」

 了が困惑した表情を見せた。

「そうなのか…。

 そろそろ、色々打ち合わせをしないと、時間がないと思うんだけどなぁ。」

「そうなんです…。」

 言いながら、二人揃って腕組をした。

 そこへ、北代が現れた。噂をすれば、である。

「お待たせしましたな。」

 いつも通りの横柄な態度で、店内に入ってきた。

「北代警部補。」

 菅野のほっとした声に、「遅かったですね」という了の不機嫌な声が続いた。

 見れば表情まで不機嫌だ。

「色々ごたつきましてな。」

 北代は悪びれる様子もなく言い、さっさと話を進めてしまう。

「警備については、以前お話したとおり行うつもりでおります。

 既に配置は済んでいますが、館内の警備については、ほぼ死角はないと思います。

 問題は…、セレモニールームですな。」

「そうですね…。

 お客様に快適に過ごしていただくようにするには、警備の方の入室は、なるべく少ないほうが…。」

 菅野が困惑した。

「そうでしょうな。」

 北代が頷く。しかし、この一言に何を思ったのか、了が怪訝な顔をし、顎に手を当てて考える仕草をした。

 北代の説明では、確かセレモニールームに配備する人員は、入り口と室内で合計四人ほどだったか。決して多いとは言い難い。

「でも、そうは言っても…。」

 警備を手薄にする訳にも行かないではないか。ユリが言うと、

「無論、解ってはおります。」

と菅野も頷いた。

「みなさんの安全第一ですし、逮捕も、盗難を防いでいただく事も重要です。

 最終的には、北代警部補や蕪木さんのおっしゃる通りにしなければならない事も、承知しておりますよ。」

 そう言って、小さく笑う。

「でも、無用な騒ぎも出来れば防ぎたい。

 室内の警備が厳しすぎると、敏感に気付く人もいるかも知れないからね。」

 匠が言った。菅野の本音はこちらだろう。

 展示会を成功させるのも、菅野の役割の一つだ。

「そうですね。」

 了は相変わらず顎に手を当てたまま、同意だけはする。

「では、とりあえずこのまま進めますが、よろしいですかな?

 セレモニー開始時間には、入り口の警備強化だけ行う、という予定で参りますが。」

 若干、予定より人数は増やす予定のようだ。

 室内に入らなければ良いらしく、菅野はゆっくり頷いた。

「解りました。

 お手数をおかけします。」

 菅野の返答を待って、北代は「それでは」と吐き棄て、喫茶店を後にした。

「何、あの態度…。」

 北代の姿が見えなくなるまで十分待って、ユリが膨れた。

 その横で、了が無言で一瞬だけ北代を睨み付けたのを、匠だけが見ていた。が、匠の視線に気付いて、了は素早く表情を戻す。

「ま、とりあえず、開始までまた手持ち無沙汰だな。」

 了が言うと、

「見回っても、もう警官の人が沢山立ってるんだから、意味なさそうね。」

 ユリも機嫌を直して答えた。

「”男爵”について、追加情報とかないのかな?」

 匠が聞くと、「特に目新しいものは…」と、今度は一転とても申し訳なさそうな表情をして、了が答えた。

「やっぱりなぁ。」

 匠も苦笑する。

「そういえば、セキュリティ・ルームはどうなってるの?

 地下倉庫とか。

 ”紅い泪”の搬入も、そろそろなんでしょ?」

 新しい情報が見込めないのなら、ひたすら行動あるのみと言いたげなユリに、「行ってみるか」と了も頷いた。

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