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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
4月28日
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4月28日◆6

 飛澤に案内され、セキュリティ・ルームから更に廊下の奥へ進むと、下り階段が現れた。階段の踊り場を二度通過しただろうか、再び廊下に出、その突き当たりに先程より更に重々しい風合いの鉄扉が現れた。

 道中の飛澤の説明によると、廊下には、体温に反応するセンサーが壁一面に備わっていて、セキュリティカードを持った人間以外が通ると、アラームが鳴るようになっているらしい。

 セキュリティ・ルームと同じように、飛澤が胸ポケットからカードを取り出し、扉の傍らのディスプレイに翳すと、今度は透明の操作盤が引き出され、アルファベットと数字が浮かび上がった。

 飛澤は自分の体を壁のようにして立ち、ユリと了に操作盤を打つ手が見えないようにして、何度か盤を押した。押すたびに、軽やかな電子音が鳴る。

 合計十回、電子音が鳴った後、ガチャリと錠が下りる音と、何かのモーター音が聞こえたあと、飛澤がノブを捻って扉を押す。

 ぐぐ、とゆっくり開く扉の隙間から、テレピン油の匂いだろうか、普段嗅ぐ事のないねっとりとした匂いがした。次いで、鉄の錆びたような匂いや、冷たい風が漏れる。

 中に入ると、予想以上に高い天井の駄々広い空間に、いくつもの大きなコンテナの並ぶ光景が、目の前に広がる。

 照明は暗く、各所に見える非常灯や赤いセンサー灯が、物々しい雰囲気を演出している。

「ここが保管倉庫。

 美術館の常時展示品を一時的に保管したり、次の展示会の展示物を保管する場所だ。

 美術品ってのは、室温だとか湿度だとかに敏感なものも多いからな。

 エリア毎に温度調整が出来るようにしてあったりするんで、どうしても広くなるのよ。」

 エリアとは、コンテナの事なのだろう。つまり、コンテナ毎に、温度や湿度調整機能が備わっているのだ。

「ちょうど、上の美術館と、隣の大ホールを合わせたくらいの広さだな。」

 ”隣の大ホール”とは、フォーラムの敷地内の、美術館の隣にある多目的ホールの事で、広さはこの美術館と同じほどある。

「そんで、さらにデリケートなヤツは、別の”小部屋”に保管するのさ。」

 ”小部屋”。菅野が言っていたのが、その小部屋の事なのだろう。

 ”小部屋”は、倉庫の奥に、ひっそりと”置かれていた”。つるりとした真新しい金属の箱に、スライド式と思われる扉が1枚ついている。継ぎ目はなく、まるで金属を箱状に流し込んで固めたような感じだ。

 床面、と言うより、底面以外は、倉庫のどことも接していない。

 倉庫の一角に、少し広い空きスペースを設け、そこにどん、と置いただけの。そう、まさに”置いた”という表現がぴったりなのだ。

 小部屋の扉を、飛澤が開ける。スライド式というのに、隙間は皆無に等しいように見えた。

 扉が開くと、中へと促された。

 一歩足を踏み入れると、照明もなにもついていない、少し手狭なワンルームという広さの部屋のようだった。

 ”紅い泪”用のものだろうか、真ん中にぽつんと台座が立っている以外、何もない。

 了が目だけで中を見回す。ユリも一通り眺めるが、特に特殊なセキュリティがかけられているような様子は見受けられなかった。

「どこか変わったところが…?」

 ユリが問うと、飛澤がにやりと笑った。

「お。

 お嬢ちゃんは流石に気付かないかな?」

 続けて、「こっちのにーちゃんは気付いたみたいだが…」と了を見た。

 了は天井と壁の境を射るように見つめている。

「え!?

 なんか悔しい!」

 ユリが言うと、了は見上げたまま言った。

「よく見ろ。なにもない。」

 言われて、ユリが見回す。

 確かに、通気口すらない。

 そして…、

「監視カメラもない…。どうして?」

 倉庫の内部には監視カメラは何台か付いていた。その中の空間といえど、監視カメラくらいは付けるだろうと思う。

「カメラを設置するって事は、線を通すって事だ。

 館長の意向で、この部屋には、出入り口以外の一切の進入経路を作らないよう言われた。

 当然通気口なんていうデカイ口は空けられないし、カメラの線を通わす事も出来ない。

 その代わり、ここに許可なく入った者は、外のメインルームでロックを解除してもらうまで、絶対出られない。」

「壁に穴を開けたり…。」

 飛澤の説明に、ユリが食いつく。

 飛澤は得意げに、胸を張った。

「この部屋の壁は分子レベルで隙間のない、空気すら通さない特殊合金で出来ていて、工事用のでかいドリルか、ダイナマイトを山程持ってこない限り、傷を付けることも出来ないのさ。」

 どうだ、とでも言わんばかりだ。

「ロックを解除出来るのは?」

「ロックの解除キーを知っているのはただ一人。

 菅野館長だけ。」

「え!? じゃあ…。」

 そう聞くと、陳腐な妄想をする。

「仮に館長が何の連絡手段も持たずにこの中に閉じ込められちゃったら…。」

「諦めるしかないな。」

 了はくすりともせずに呟いた。

「気付いたところで、解体してみたら館長の死蝋が横たわってた、なんて事にもなり兼ねん。」

「えぇ?

 流石に数日くらいなら…。」

 慄くユリに、了は冷ややかに続ける。

「考えてみれば判る事だ。

 これだけ狭い部屋に、通気口もない。恐らく扉の隙間もほぼないと見ていいだろう。

 そんな中で、数日、酸素を消費し続けるんだぞ?」

 どうなるか、行く末を想像するのは容易だ。

 「あ…」と、ユリが小さく息を飲む。

「館長はこの部屋を、保管庫ではなく、展示品に手を出す者を捕獲するための檻として導入したんだろう。」

「まさか!」

「この小部屋には、展示品の中でも一番大事な”紅い泪”を保管する。

 ユリは”紅い泪”が何なのか、知ってるか?」

「この展示会の目玉、でしょ?」

 至極一般的な知識だ。それ以上は、調べたこともないので知らない。

 すると、飛澤が口を挿んだ。

「なかなか、普通の人は知らないかもな。」

「え?」

「”紅い泪”ってのは、シリング王国の現国王が、今は亡き奥さんに捧げた思い出の宝石さ。国宝の中でも、一際貴重なモノだよな。

 保管に神経質になるのも解るってもんよ。

 この小部屋だけじゃ安心出来なくて、展示中は夜も更に警備員を配置するんだ。」

 飛澤の説明に、ユリの顔は曇った。

 妃へ贈った大切な宝。

 だから厳重に保管するというのは解る。

 ただその”厳しさ”が問題なのだ。

 小部屋が意味するところは、”不届き者の命は問わない”という最終的結論が添えてある事で、それを、あの菅野が決めたとは、すんなり理解出来ない、というのがユリの内心だ。

「警備員に、倉庫内の監視カメラに、出口のない小部屋。

 厳重ですね。」

 何かが燻ったような煙たい顔をするユリの傍らで、了がにやりと笑って言った。了が笑うとき、大抵は何か思うところがあるのだろう、とユリも段々判ってきた。

「いやぁ、それでも抜け道はあるからなぁ。」

 了に言われて、しかし、飛澤が否定した。

「どこに!?」

 完璧ではないだろう。しかし、この小部屋に閉じ込められたら、それこそ最期のような気がする。もう何も解らない、という顔で見上げるユリに、了が答える。

「飛澤さんがさっき言ったろ、”許可なく”って。

 言葉の通り、”許可がなければセキュリティが働く”という事だが、つまり…。」

「あ、そうか。

 許可があるときなら、侵入しても閉じ込められないのね…。」

 許可がある状態で、それを”侵入”というのかは疑問だが…。

「そういう事だな。

 まぁ、そんな万が一みたいな事は、そうそう起きないだろうからな。」

 何重にも張られたセキュリティを潜り、この小部屋への立ち入りを許可されている状態で盗み出す。そんなあからさまな窃盗行為があるだろうか、と、それはユリも思う。

 許可が下りている状態、それは即ち、セキュリティ・ルームで警備員が見、菅野がそれを認知している状態なのだから。

「そうよね。」

 この小部屋は、云わば見せしめなのだろう、と思う。

 これだけ破り難いセキュリティがかかっていますよ、というアピールをしておけば、そうそう手は出さないだろう、という意思が存在するのだろう、と。

 だが、ユリと飛澤が暢気に笑う傍らで、了は独り、眉間に皺を寄せていた。

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