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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
5月1日
47/87

5月1日◆11

 事務所の近所に辿り着いた頃には、既に陽が沈んでいた。

 すっかり薄暗くなった街並みの中に、事務所の灯りを見付ける。

 一階から四階まで煌煌と点いた灯りは、もうすぐ帰ってくるユリを待っているように思える。

 歩みを速めると、あっという間に事務所に着いた。

 外の階段を昇り、玄関を開けると、カナエとクレアが揃って出迎えてくれた。

「おかえり。」

「おかえりなさい。」

 「ただいま」と二人に言い、クレアを向く。

「そうそう、クレアのお父さんに会ったわよ。」

「まぁ、父に?」

「うん。」

 ユリが返事をすると、クレアは何故か困惑の表情を浮かべた。

「ご迷惑かけませんでしたか?

 父は、時々すごく横柄になってしまうので…。」

 なるほど、誰に対してもそうなのか。

 了の話も本当のようだった。

「ああ、気にしないで!」

 誰の所為ではないのに申し訳なさそうにするクレアにそう言いつつ、

(かなりむかついたけどね…。)

と、胸の内で呟く。

 が、クレアは「よかった」とにこりと笑い、肩を竦めた。

 そこへ、事務所を閉めた匠が戻って来たので、昨夜に比べてずいぶん早い夕食を始め、その夕食も当たり障りのない話だけで終わった。

 ユリはいつもどおり、クレアを風呂へ案内し、その間部屋で独り、物思いに耽る。

 ユリが本来関係している”男爵”による予告については、特に進捗はない。こればかりは、当日を待つ外ないのだろう。了からは新聞や雑誌では絶対に得られない情報を貰えるが、結局、予防や下準備にそれほど役に立つ情報でもなさそうだった。

 第一、一介の探偵に何が出来るというのだ。

 ただ、日増しに気にはなる。

 昼間の話では、今までの事件も、何か目的があって起したのだろうと推測するに至った。

 しかし、一体何が目的で、世界各国を回り、盗みを働くのか。

 人となりを理解するまで、その目的は知れない気がする。

 その”男爵”に襲われた可能性もある菅野とは、今日は会っていない。

 了は菅野を”男爵”の関係者と見ている。

 それが敵対する関係なのか、味方する関係なのかまでは判らない。

 もし敵対する関係なのなら、襲撃事件に”男爵”が関係していても不思議ではなく、味方する関係なら、菅野自身がスパイである可能性は高い。そしてそれについては、匠が言うように、今までのそれぞれの事件に、事の成り行き上、内通者(スパイ)となってしまった可能性もある。

 だが内通者説を有力とするなら、”男爵”が菅野を襲ったとは考え難いとも思える。ならば、あのタイピンはどういう経緯で館内に落ちたのだろうか。

 仲間割れか。

 内通者となった事実を知らないまま、訳あって襲ったか。

 内通者ではないのか。

 監視映像には手が加わっていた。しかし深く調べれば、何か判るかも知れない、と今、警視庁で解析をしているらしい。

 菅野自身も、あの夜の事は犯人すら見ていないらしいから、今の時点では、不安定な推測しか出来ない。

 そんな事があった翌朝の今朝、菅野の友人であるバークレイにも会った。

 バークレイはクレアの父親だが、今思い出しても、クレアとバークレイはあまり似ていると思えない。

 彼は髪も茶で、瞳もやや赤みを帯びた茶だった。クレアは金髪で、瞳も綺麗な緑色をしている。

 顔立ちもだいぶ違う印象だったのだが、クレアは母親似なのだろうか?

 思いながら、昨夜の取り乱したクレアを思い出す。

 『十年前、あの純公園であった本当のこと』…。

 何の事なんだろう?

 クレア本人が忘れてしまっている、十年前の公園での記憶…。

 匠は、直接クレアには関係ない事だと言っていたが、そのあと了はクレアの事であると認めていた。

 了や匠が、何故それを調べたか、経緯は不明だが、”男爵”と関係があるのか、その関連性までは不明ではあれど、疑っているとも。

 しかし、そもそも何故クレアの事を調べたのだろうか。

 菅野の襲撃以降の調査なら、かなり手際のよい調査だ。

 真新しい情報なら未だしも、十年も前の情報を、そんなに早く手に入れられるものだろうか。

 そう思うと、やはり了は最初から、クレアを知っていた事になる。

 何らかの理由でクレアを調べていた。そのクレアが来日をした。そして訪れた美術館には、”男爵”からの予告が届いた。それ以前に、調べていたクレアに関する情報には、バークレイも菅野も関わる十年前の出来事の真実が隠されている…。

 しかもその事実は、『安易に公表できるものではない』という。

 一体、クレアに何があったと言うのだ。

 クレアを守るには、クレアの事をもっと知らなければならないのだろう…。

 そのためには多分、バークレイの事ですら知らなければならないのだろうと思う。

 目先気になるのは、今朝バークレイが菅野の机から探し出し、隠し持ったあの箱の正体だ。

 中身は何だろう。

 手のひらで包めるくらいの小さな箱に入る、誰にも知られたくないもの。

 人の机を漁らなければならない程、急いで手に入れなければならないもの。

 見当が付かない。

 第一、いくら友人関係とは言え、人の机を探るような事をするだろうか。

 菅野が頼んだ事なのか?

 ならば、バークレイが訪れる事は、菅野の口から伝えられるはずだ。

 恐らくバークレイが館を来訪する事も、その目的が探し物である事も、菅野本人は知らなかったはずだ。

 朝は然程怪しいと思わなかった事も、改めて考えてみるとおかしな事ばかりだと気付く。

 了が大使を疑っているという理由も、何となしに理解出来た。

 もしかすると、菅野と友人と言うのも嘘なのではないか?

 胡散臭い…。

 疑いだすときりがない。

 どこかで割り切る必要がありそうだ。

 これらを全て追っているであろう了は、何だか凄いと思う。

 きっと四六時中こんな事を考えながら、ユリを弄り、遊んでいるのだ。

 不意に苛立って、ユリはベッドに寝転んだ。

 すると、部屋のドアが開き、風呂上りのクレアが入ってきた。

「戻りました。」

 クレアに言われて、がばっと起き上がる。

「あ、おかえり!

 じゃあ、私も入ってきちゃうね。

 疲れてたら、先に寝てていいから。」

 そう言い、風呂へ向かう。

 ドタドタと早足で階段を下り、脱衣所に着くなり雑に服を脱ぎ捨て、髪と体を一気に洗う。

 そして早々にバスタブに浸かると、一気に脱力した。

 ふぅ、と小さく息を吐いて、バスタブの縁に凭れる。

 体が温まってくると、足が異様に張っている事に気付く。

 少し歩き過ぎたのだろうか。

 美術館からの帰りの探索の様子を思い出す。

 病院でバークレイを見かけ、大使館まで着いていき、ホテルで見知らぬ宿泊客とぶつかり、そして了に会った。

 蕪木 了。

 四日目になって尚、何者なのかは不明なままだ。

 探索中は敢えて見ないようにしていたが、否が応にも視界に入ってしまう、あのバカでかい高級マンションと、普段から乗り回すスポーツカーが、了を刑事ではないと決め付ける判断材料になっていた。

 しかし、昨日今日と、検察庁舎へ入っていったのは、どういった理由からか…。

「まさか、実は『検事』だなんて言わないわよね…。」

 独り言を呟き、眉を顰める。

「あいつが検事とか、笑っちゃうわよ。」

 言いながら、了の言動を思い返す。

 そういえば、何度か何か言いかけていた。

 何を言いかけていたのだろう。ああいうのは、すごく気になる。

 口の悪い、ただむかつくだけの相手だったのに、いつの間にか色んな顔を見、不思議なくらい篤い信用を置くようになった。そうなった事でさらに見えてきた、了の素顔。

 優しく微笑み、時折心配そうにユリを見、苦笑する。

 美術館で迷子になっていれば、必ず目の前に現れ、声をかけてくれる。

 昨日、匠に言われた事を思い出す。


 -口ではああ言っても、いつもお前の事を心配して、フォローしてくれてるんだよ…。


 気付いている。解っている。

 本当に心配されている事。

 でも今更素直になれない。

 そして、今更態度を変えても、返って了の調子を狂わせて仕舞うような気がする。

 だから、きっと今のままでいいのだ。

 そう思うと、なんだか照れくさくなった。

「ま、ずいぶんな男爵オタクだし、今回の事件では頼りになる人のようだから、しばらくは”出来るだけ”仲良くしておこうかな。」

 誰に見られた訳でもないのに、本当に照れくさくて、ユリは独り、強がった。

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