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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
5月1日
46/87

5月1日◆10

 美術館を出、ひとまず病院へ向かう。

 もちろん菅野に面会など出来ないだろうが、何となく、行こうと思った。

 菅野が入院している都立病院は、美術館からシリング大使館へ向かう途中にある。歩いて二十分もあれば行ける距離だ。

 歩き始めると、あっという間に病院に着いた。

 普段から健康優良児な上、親類や友人も病気とは無縁なメンツばかりなので、病院には全くと言っていいほど縁がない。

 来たのは、六年ぶりか。

 さて、着いたはいいがどうしようかと正門前で思案していると、病院の正面玄関から、見覚えのある男性が出てきた。

 バークレイだ。

 思わず、ユリは正門から少し離れた街路樹の陰に隠れた。

 大使は徒歩で正門を出、大使館へ向かって歩いて行った。

(館長のお見舞い終わったのかしら?)

 しかし、今朝も思ったが、今も改めて思う。

(大使って偉い人なのに、一人で出歩いたりするのね…。)

 偉い人は黒塗りの外車に乗っている、というチープなイメージしか持ち合わせていない。

 大使ともなれば、その身に何かあっては大変なので、ボディガードの一人はついているものとも思ってもいたが、現実はそうではないらしい。

 ユリは少しガッカリしながら、バークレイを大使館まで尾行した。仄かにバークレイがこの後、何か怪しげな行動をするのではと期待したが、特に何もなく、大使館に到着してしまった。

 仕方なく、バークレイが大使館に入るのを見届けてから、警視庁方面へと向かう事にした。

 途中、帝都ホテルの前を通る。

 然して珍しいわけでもないのに、おのぼりさんのように、ホテルを見上げながら歩く。

(は~…。

 何度みても…っ!)

 思いかけて、何かにぶつかった。

「あ!」

 ユリは勢い余ってよろけ、足元の段差を踏み外し、危うく転びそうになった。

 すぐに体勢を直し、相手の顔も見ずに頭を下げる。

「ご、ごめんなさい!」

 恥ずかしくて頭を下げっぱなしにしていると、相手が目の前に立ち、ユリの顔を覗き込んだ気配がした。

「こちらこそ、前をよく見ていなくて。お怪我はありませんか?」

 静かな男性の声だ。

 恐る恐る顔を上げると、赤茶の斑の入ったグリーンの瞳の、金髪の青年が穏やかに微笑み、立っていた。

 ユリと同い年くらいだろうか。

 少年と見紛うくらいにあどけない、しかしとても顔立ちのよい青年だった。

「ああ、大丈夫です!」

 ぼうっと見とれていたユリが慌てて答えると、青年はにこりと笑い、

「よかった。

 では、急ぎますので、失礼します。」

と立ち去った。

 ユリはその後姿を眺めながら、

(やっぱり落ち着きないのかしら、私…。)

と思った。

 頭をポリポリとかき、再びホテルを見上げる。

 そしてふと思い出して、青年を振り返った。

 が、すでに青年の姿はなかった。

 何故かユリは、あの青年に見覚えがある気がした。

 が、その感覚すら少し不安定なもので、本当に見覚えがあるかは自信がない。

 暫し記憶を探りながら歩いてみるが、結局何も思い出せず、気付けば警視庁まで来ていた。

 と、場所を認識した瞬間、少し距離の離れた真正面に了の姿を確認した。

「あ。」

 了は何故か、ガッカリしながらユリに向かって歩いて来る。

 そして目の前まで来、いきなり「また迷ってんのか…」と言ってきた。

「違うわよ!」

 ユリがむくれると、了がニヤリと笑う。

 もう何度、このやり取りをしただろう。

 そういえば、了がここにいるということは、匠は既に帰宅したという事だろうか。

「叔父さんはもう家?」

「ああ。」

「そ、ありがと。」

 ユリは手短に礼を言い、立ち去ろうとした。が、了が「あ…」と呼び止めた。

 「ん?」と振り返ったユリは、了の表情を見て、ドキリとした。

 了は少しだけ哀しそうな顔をして、ユリを見ていた。

 しかしすぐに困ったような顔で笑い、「いや…。なんでもない」と言うなり、踵を返して行ってしまった。

 取り残されたユリは、首を傾げる。

「…? どうしたんだろ…? ヘンなの。」

 思えば、朝もこんな感じだった。

 何か、伝えたい事でもあるのだろうか…。

 ユリは了の後姿を目で追った。

 歩き方はいつもと変わりない。

 姿勢がよく、実に堂々と歩いている。

 その後姿は、やがて警視庁の近くにある、政府の庁舎へ入って、見えなくなった。

「あれ? そういえば、あいつ、どこ行くんだろう?」

 ユリは了の入った庁舎に近付き、正門前にある置物のように形の整えられた、黒い光沢のある石に彫られた、その建物の名称を読む。

(検察庁…?)

 そうだ、一昨日も了はこの建物へ向かって歩いていた。

 仕事だろうか?

 刑事なら検察庁へ入るのも、おかしな事ではない気もするが…。

 何かが腑に落ちなかった。

 が、それ以前に、自分自身がここをうろつく理由がない。

(こんなところでウロウロして、不審者扱いされたらたまらないわ…。)

 そう思い、ユリは足早に事務所へと向かった。

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