5月1日◆8
次に聞いてみたい事といえば、バークレイ大使のことだ。思い出すたび、あの横柄な態度に苛っとする。
「大使について、聞いてみたいわ。偉そうな人で好きじゃないけど。」
ユリが言うと、匠が発言権を求めて手を挙げた。
「じゃあ僕から、大使を送った時の感想でも報告しておこうかな。」
「それなら、まず大使がここへ急に来る事になった経緯から聞いてみたいわ。」
ユリは匠の挙手を却下し、了を見た。
了は、「その辺りは、俺も詳しい事は聞いてないからなぁ…」と言いながら、腕を組んでソファの背凭れに深く埋まる。
「今朝四時くらいに大使館から俺の上司に連絡が入ったんだ。
『美術館を見て回りたいから、入館許可を貰えないか』と。
最初は美術館に連絡したらしいんだが、当然その時間じゃセキュリティ・ルームにしか人はいないし、許可も出せないから断ったらしいんだが、どうしてもという事で、今度は外務省経由で警視庁に連絡が入った。
で、北代警部補からうちの上司に連絡が入って、俺に連絡が回ってきたのが五時過ぎくらいだ。」
話を聞きながら、了はやはり警察の人間ではないような気がした。
「その話を聞いた当初は、ただ美術館を見るという話でしかなくて、俺も、恐らく外務省ですらも、その予定でここへ来たという認識しかないはずだ。
病院へ、か…。目的は、菅野館長、だろうな…。」
「友達だし、病院に行くこと自体はフツーよね?」
ユリの言葉に、了が「まぁな」と頷いた。
だが、「ただ…」とも続けた。
「色々、怪しい点はあるよね。」
匠が言う。
了も再度頷いて、「そうですね」と答えた。
「大使って、どういう人なの?
さっき会った限りでは、ずいぶん偉そうに物を言う人って印象だけど。」
ユリの問いに、了がさらに考え込みながらソファに埋まった。表現に困るような人物なのだろうか…。
「うーん。
外交員や、大使としては、優秀な人ではあるんだ。
ただ、昔から相手を見下して物を言う人ではあったかな。」
話し方から察するに、了と以前から知り合いではあるのだろう。
「あの人が、菅野館長と仲良しだなんて、想像出来ないわよね」
「ただ、聞いた話だと、大層な家族思いとも言われているからな。」
それは意外だ、という表情でユリが「ふぅん」と頷きながら、「その割には、今日会ってもクレアの事、聞いて来もしなかったけど?」と言うと、了がニヤリと笑った。
「余程お前の心象が悪かったんだろ。」
「な!!!!!!」
立ち上がりそうな勢いで怒るユリの隣で、匠が大笑いをした。
だが確かに、今朝のユリの態度も、褒められたものではなかったと思う。
「もっと情報はないの?」
気を取り直して訊ねると、了は今度は前屈みになって頬杖をついた。
そのまま窓の外に目をやる。
つられてユリも窓の外を眺めた。
空は薄青色になっていた。そろそろ夕方だ。
「もっと、なぁ…。」
了が呟いた。
「あ、ねぇ。十年前に、クレアは家族旅行で日本に来てたって言ってたけど、それって、本当に旅行が目的だったの?」
ユリの問いに、了がうんざりとした顔をした。
「知るかよ、そんなプライベートな事…。」
「ええええ…。
だって、ドラマとかだと、そういう事が伏線になってたりするじゃない?」
「お前ね…。要人をそんなテキトーな理由で調査出来るわけないだろ…。」
「なによ、頼りにならないわね。」
ユリが不満そうな顔をすると、了が不機嫌になった。
「言うじゃないか。
それなら、お前のその発想にこそ、ちゃんとした根拠を持たせることが出来るんだろうな?」
言われて、ユリが「う…」と言葉を詰まらせると、了は一変、満足気にニヤリと笑った。
ユリはそのニヤリ顔にむかつきながらも、冷静に判断する。
了が調査をしていない訳がない。
昨日のクレアが取り乱したときの事だ。
バークレイの名前が出ていたと言っていた。
きっと何らかの理由で、了はバークレイについて調べているはずだ。
だがそれを言わないのは、クレアの事と同様に、とてもデリケートな事だからなのだろうと察しもつく。
ユリは不貞腐れながら、少しだけ寂しい思いを感じた。
やはり自分では、了と共有出来る事は少ないのだろう…。