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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
5月1日
37/87

5月1日◆1

        ◆


 独りにして、ごめんよ…。

 でも、どうしても許せないんだ。

 独りは辛いだろう…。

 でも、どうしても、許せないんだ。


 あの日、お前が汚れてしまった事も、あの日、母さんが消えてしまった事も、あの日、父さんが”アレ”を見て笑った事も…。


 だから、消さなきゃいけないんだ。

 全て、なかった事にしなきゃいけないんだ。


 お前の心が、壊れないように…。


        ◆


 ピピピ…、と、耳障りな機械音が聞こえる。

「ぐぅ」とも「うぅ」とも聞こえる音を喉で鳴らして、まだ目を閉じたまま、手で音源を探す。

 ひやりと固い何かが手にあたり、指先でボタンを探し、押すと、音が止んだ。

 そこでようやく目を開け、手に持っているものを見る。

「五時一五分…。」

 口に出して、また目を閉じる。

 何故こんなに早くに目覚ましがなっているんだっけ…。

 再び見出した夢の中で、ユリが考える。

「あと五分…」と呟くと、耳元で、

「二度寝をするとは、いい度胸だな。」

 ユリは心臓が止まりかけた。

 慌てて起き上がると、目の前に了がいた。

「なんでいるのよ!!!?」

 ユリが噛み付くと、「オレも泊まったんだ。そんな事も忘れたのか」と了は平然と言う。

「違うわよ!

 なんで私の部屋にいるのよ!?」

「オレは朝早くてな。」

 そう言って、了がニヤリと笑った。答えになっていない。

「年寄りみたいな事言わないでよ。」

 まともなやり取りを諦めて、ユリが問うと、了が不機嫌な顔を造る。

「年寄りなんだよ。

 起きろ。

 朝食食べたらすぐ出るぞ。」

「わかったから、早く出てってよ。」

 ドアを指さし、出て行けと急かすと、

「また寝る気じゃないだろうな?」

と、尚も言うので、ユリは「着替えるのよ!!!」と叫びながら枕を投げつけた。

 が、了は軽い身のこなしで枕を避け、ニヤリと笑って出て行った。

「…ったくもう!」

 どすっと音を立ててベッドから降り、投げた枕を拾う。

 つい二時間前に、暗闇の中で話をしたばかりだというのに。

 了はいつ寝ているのだろう…。

 考えながら身支度を済ませ、居間へ向かうと、クレアがキッチンから出て来た。手にはサラダが盛ったボールを持っている。

「おはよー…。」

「おはようございます。」

「おはよー、クレア。早いわね…。」

 にっこりと笑うクレアの後ろから、カナエも出て来た。

「何言ってんのよ、恥ずかしい…。

 クレアちゃん、ずいぶん早く降りてきて、食事の手伝いしてくれたんだから!」

 カナエに言われ、ユリが項垂れた。

「うえ…。」

「おう、ユリ。」

 背後から匠の声がした。

 振り向くと、匠と、その後ろに了がいる。

 事務所にでも行っていたのだろうか。

「おはよー…。

 って、そうよ!

 なんで、こいつが私の部屋に来るの、誰も止めなかったわけ!?」

 ユリが了を指さし、大声で言うと、匠がニヤリと笑った。

「僕が頼んだからだよ。」

 平然と言う匠に、ユリが眉を顰めた。

「ちょっと、何考えてんのよ!

 年頃の娘の部屋に、男を寄越すなんて!」

 まったくである。が、何を考えているのか、匠は抗議するユリを見ながら大笑いをしている。

 了は了で、何食わぬ顔でさっさと席に着いてしまった。

 その状況を把握していただろうカナエですら、気にしていない様子でキッチンから「ユリ、あんたも手伝って!」などと言っている。

 ユリは突き出した指を所在なさげに下ろし、肩を落として返事をすると、キッチンへ向かった。

 キッチンでは、クレアがスープの準備をしていた。

「クレア、よく眠れた?」

「はいっ。」

と笑う。

「よかったよかった。」

 昨日あんな事があったのだ。

 悪い夢でも見ていないかと、心配だったのだ。

 ユリが何度か頷くと、コーヒーの支度をしていたカナエが、ユリの顔を覗き込んだ。

「ユリ、あんたクマ出来てるわよ。」

「えっ! ウソ!!!?」

「ちゃんと寝たの?」

 カナエが心配そうな顔をする。

 昨日は、あまりちゃんとは寝ていない…。

「夜中、ちょっと起きちゃったんだよね…。」

「まったく…。

 この商売、体力が勝負だからね。いつでもちゃんと眠れるようにしなさいよ。」

 昨日みたいなことがあれば、体力と気力は常に万全にしておかなければならない気がする。

 ユリは「はぁい。」と返事をして、頷いたが、一方で疑問はある。

 日中は美術館をただ歩き回るだけなので、仕事をしている感覚がない。

 探偵といえば、調べ物をしたり、誰かのあとを追いかけたり、というイメージだが、初めての仕事はそのイメージとは明らかにかけ離れている。

 初日、匠が「人手が足りないから」という理由でユリが同行することを許可してくれたが、ユリですらただ歩き回るだけなのに、長年この仕事をしてきた匠が、この状況で人手不足と言うのは不自然な感じがするのだ。

 そしてユリが歩き回っている間、匠はどこで何をしているのだろうとも思う。

 館長室にいるのか?

 匠も、了と同じように菅野を怪しんでいるのなら、菅野の様子でも窺っているのだろうか?

 第一、ユリが館内を見回る理由が解らない。

 館内を把握するだけが目的なのか?

 そもそも、警察が出入りしている状況なのだから、それでいいのではないのか?

 菅野が匠に仕事を依頼した理由もよく解らない。

 だが、それを聞くのは、何故か憚られた。

 それは、時折垣間見える、匠や了の不可解な行動ややり取りの所為だと思う。

 了ばかりか、匠もが、”男爵”以外の何かを追っているのだ。

 そしてそれは、美術館の関係者である菅野やクレア、クレアの父親についての、『何か』なのだ。そしてその『何か』は、”男爵”と関係しているかもしれないとも考えていると言っていた。

 どういうことなのだ。

 例えばクレアだ。クレアの『何』が、”男爵”と繋がっていると思うのだ。

 そこが解らないのは、未熟だからなのか…?

 ユリが考え込んでいると、すっかり無言になってしまったのを自分の注意が原因と勘違いしたカナエが、ユリの背中をポンと叩いた。

「さ、出来た。いただきましょ。」

 言われてダイニングテーブルをみると、クレアが用意していたスープすらすっかり並んで、男二人はいつもどおり席に着いていた。

 カナエに押され、ユリも席に着くと、匠の声を合図に食事が始まった。

「蕪木クン、今日は?」

「みなさんを美術館に送ってから、病院へ行ってきます。

 そのあと、ちょっと職場へ…。」

 了が答える。

「美術館には来ないの?」とユリが訊ねると、「状況次第だな」と素っ気無い返事が返ってきた。

 が、次いで了がニヤリと笑い、「寂しいだろ」とからかった。

「清々するわよ!」

 ユリがムキになると、了は満足気に鼻で笑った。しかしすぐに表情を戻し、「ああ、そうだ」と言う。

「今日は北代警部補もいませんので、よろしくお願いします。」

「そうなのかい?」

 匠が、言葉とは裏腹な、清々しい顔をした。

「午後から向かう可能性はありますが、専任ではないので…。すみません。」

 他の事件との兼ね合いもあるのだろう。了が申し訳なさそうな顔をする。

「蕪木クンが謝ることじゃないだろう?」

 匠は笑って、しゃりしゃりと音を立ててレタスを噛んだ。

「今日は何もない気がするし、適当に過ごすよ。

 館内では自由に動けるのかな?」

「もう動けるようになってると思います。

 ボクも手が空いたら向かいますので。」

「大丈夫だよ。

 また高遠が無理難題を言ってるんだろう?」

 そう言って、匠が苦笑した。了も苦笑を返す。

「あの人はいつもなので…。」

 話を聞けば聞くほど謎が深まる高遠。

 ユリが思わず「そんなヘンな人なの?」と訊ねると、匠がにやりと笑った。

「例えが難しいくらいのね。」

「へぇ…。」

 ユリが呆けた相槌を打つと、ああそうだと匠が思い出したようにクレアを見た。

「クレアさんには、今日は家で待っていてもらいたいんだけど、何か用事はあるかな?」

「え、なんで?」

 聞くユリに、了が取り皿の底で散り散りになったサラダの野菜を、つんつんとフォークで刺しながら答えた。

「まだ安全の保証が出来ないからな。

 大使館へ連れて行くことも無理そうだから。」

「ここならカナエがいるし、美術館からもそんなに遠くないからね。」

 了を補足するように、匠が続けた。段取りは既に出来ているようだった。

「どうかな、クレアさん?」

 再度問うと、クレアはふるふると首を振った。

「今日も、特には。

 おじさまの病院へ行きたいところなのですけど、行かないほうがいいんですよね…?」

「そうだね。

 行っても、検査であちこち回っていて、会えないと思うし。」

 匠が答えると、「でしたら、ここにいます」とクレアが頷いた。

「助かるよ。

 カナエ、頼んだよ。」

「はいはい。」

「ユリは、僕と一緒に来るんだぞ。」

 元よりそのつもりだ。ユリが返事をすると、タイミングよく全員が食事を終え、席を立った。

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