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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
4月30日
35/87

4月30日◆16

 部屋を出るなりすっかり疲れ切っている事に気付きながら、ユリは無意識に足音を消して階段を下りていた。

 今日は本当に色々な事が続いた…。

 脳はいつの間にか考える事をやめてしまっていた。

 ぼうっとしながら階段を下りていくと、今度は了の声が、居間から荒く上がった。

「ボクは反対ですよ!」

 ユリはどきりとして、歩みを止める。

(ん?)

 そのまま足音を立てずに、居間に向かい、何故か少し開いたドアの隙間から中を覗くと、了が匠に詰め寄っていた。

 今度は何事だというのだ…。

 了の顔は焦りと困惑でいっぱいで、必死に匠を責めていた。

「この件に関わることだって、刺激が強すぎると思ってるのに、さらに親を殺した犯人の事まで教えるなんて!」

(…え!?)

 ユリは、びくっとしてドアから身を離した。

(…ナニ…? 何の話…?

 親を殺した犯人…ってナニ…?)

「でもね、蕪木クン…。」

 言いかけた匠を、了が遮った。

「芳生さんがどう考えていようと、ボクは反対です!」

 了の声とは釣り合わない余裕の声で、匠が笑った。

「蕪木クンは相変わらず頑固だなぁ。」

「笑い事じゃありませんよ!

 あんな繊細な子が、親殺しの話を聞いて正常でいられる筈がないでしょう!」

 続けて聞こえた了の言葉に、ユリはパニックになった。

(『繊細な子』って…、クレアの事…?

 クレアの親を殺した犯人って事…?

 それって…、お母さんは殺されたって事…?)

 腰が抜けそうだ。

 とんでもない話を聞いてしまったのではないだろうか。

 ユリは、ショックで洩れてしまいそうな声を殺して、階段へと引き返した。

 風呂どころではない。

(ど、どうしよう、部屋に戻って…。)

 階段下まで行って手摺りに凭れると、あろう事か手摺りの木が軋んで、大きな音を立てた。

(…!)

 あたふたと手を離すと、居間のドアが勢いよく開いた。

 見ると、了が強張った顔でユリを見ていた。

「!!」

 聞いていた事を、知られてしまったか…?

 体の向きとしては、都合のよいことに、今階段を下りてきたばかりと言う状態になっていた。シラを切れば、誤魔化せるだろうか。

 了はただ強張ったままの顔で、ユリを見つめている。

「…。」

「か…蕪木さん…。

 ど…どしたの?」

 平静を装って笑ってみたが、変な笑顔になってしまった。

 了の顔が、みるみる困惑していく。

「いや…。」

 そう言って、廊下に出、居間のドアを後ろ手に閉めると、手持ち無沙汰に手を見つめながら、ユリに歩み寄った。

 向かい合って立つと、今までの印象以上に背の高いことに気付く。

 普段は、ユリがヒールの靴を履いているから、その差なのだろう。

 改まって見つめ合って、何だか居心地が悪くなる。

「…ああ、クレアの事、心配した?」

 ユリが話を逸らすと、立ち聞きに気付いて見に来たのだと思っていた了から、意外な返答が返ってきた。

「いや……、オレが心配したのは…。」

 もごもごと、了は言いながらユリを見る。

 その意味は、明白だった。

「…え、私?」

 驚くと同時に、ほっと胸を撫で下ろす。

(よかった…。立ち聞き、バレてない…。)

 暫く見つめ合うと、了が不意に目を逸らした。

 クレアの事があったからだろうか、了らしからぬ態度に思えた。

「ねえ…。」

 ユリが声をかける。

 呼ばれて、了がユリに視線を戻した。

「ん?」

 いつもの眠たそうな目の奥に、まだ少し、戸惑いが見えた。

「私に、詳しく教えられる事?

 さっきの、クレアの事。」

 ユリが訊ねると、了が口を噤んだ。

「…。」

 そしてまたユリから視線を外し、悩んだあと、困った顔をしてユリを見た。

「すまんが、状況によっては、絶対に教えられないかも知れない。

 お前に教えるかどうするか、オレと芳生さんで意見が分かれてる。」

「って事は、やっぱりクレアに関係ある事なのね?」

 クレアには関係ないと説明したが、やはりそうなのか。

 だが、何故クレアの事を調べているのだ…。

 ユリが目で問いかける。了は頷き、ユリの考えている事を察したかのように答えた。

「ああ。それだけは、伝えておく。

 そして、安易に公開出来ない内容だという事も。

 ヒントを言っておくと、『”男爵”の事件とどう繋がるのか、そもそも繋がらないのか、その見極めも出来てない』。」

 つまり、クレアもが、”男爵”の関係者と見ているという事か。

 と言う事は、クレアの父親であるバークレイも、そうだという事なのだろう。

 真実は未だ謎だが、全ての人物が、関係者として繋がってしまった訳だ。

 言い難そうに話す了の顔は、夕暮れ時に見た、あのラウンジでの表情によく似ていた。

 多分、辛いのだ。

 ユリに話す事がそうなのか、クレアを調べる事がそうなのかは解らないが。

「わかったわ。無理には聞かない。

 でも、いつか教えて。『教えられないかもしれない』じゃなくて。」

 ユリが言うと、了が俯いた。

 そんなに言い憚られる事が、クレアの過去にあったというのかと思うと、ユリも辛くなる。

 しかし、だからと言って、知らないままではいけない気がした。

 黙る了に、ユリが一押しした。

「私は、あの子のお姉ちゃんだから。教えてね。」

 『お姉ちゃん』という単語に、了が観念した。

「…わかった。約束する。」

 苦笑して、答える。

「ありがと。」

 ユリが微笑み返すと、了は苦笑いのまま頷いて、居間へと戻っていった。

 ユリは廊下に佇み、思う。

 彼はきっと、色々な距離や存在を守ろうとしているのだろう、と。

 実はとても優しくて、勘が鋭いのだ。故に、様々な事を見抜いてしまうのだ。

 だから見なくていい事も、聞かなくていい事も、知ってしまい、辛い思いを抱かなければならなくなる。

 しかしそれだけでは終わらず、その得た全ての事を、守ろうとしているのではないか、と。

 その中に、ユリ自身も確実に含まれているのだろうと思う。

 だが何故、自分をも守ってくれるのだろう。

 そう思うと、よく解らない。

 何か、忘れている事はないのだろうか。

 クレアと同じように。

 もしかして、了に関する何かを、忘れているのではないだろうか…。

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