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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
4月30日
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4月30日◆10

「失礼しまーす。」

 ノックをして、医務室のドアを開ける。

 が、誰からも返事はなく、白いカーテンで目隠しされたベッドが何床か並んでいる陰にも人影は確認できなかった。

 と、不意にそのベッド脇に人影が映り、立ち上がった。

「クレア?」

 呼ぶと、カーテンをざっと開け、クレアが顔を出した。

 まだ顔色は青く、表情も不安に満ちていた。

「…ユリさん…。」

 ユリを呼ぶと、クレアの顔が見る見る歪んでいく。

 そして、靴も履かずにベッドから飛び出し、ユリに抱きついた。あまりに勢いよく抱きつかれ、ユリはクレアを抱えたまま尻餅をついた。

「ユリさぁん…!」

「私…私…」と嗚咽で肩を大きく揺らしながら、クレアは泣いた。

 心細かっただろう。

「うんうん…。

 怖かったね…。

 ビックリしたね…。

 もう大丈夫だよ。」

(可愛そうに…こんなにおびえて…。)

 ユリがクレアの髪を撫でた。

 嗚咽に混ざって、肩が震えていた。

 菅野はクレアにとって、ユリにとっての匠と同じような存在なのかもしれない。

 その菅野が襲われていた。一つ間違えれば命を落としていたかも知れない状況で。

 慣れない土地で、よく知る者がその様な目に遭っているのを、あろう事か自らの目で発見した。

 不安は計り知れない。

 そう思うと、ユリは堪らなくなって、クレアをぐっと抱きしめた。

(クレアを守るのは、きっと私じゃなきゃダメなんだわ。

 きっと…。)

 理由など要らないのだ、この気持ちには。

 何の因果か、この”事件”に関わってしまった以上、クレアに一番近いのは自分だと思うから。

「ねえ、クレア?」

「…はい…。」

 ユリが呼ぶと、クレアが消え入りそうな声で答える。

「私がクレアを守るわ。

 クレアが大事なものも、私が守って見せるわ。

 いい?」

 ユリがクレアの顔を覗き込むと、クレアは涙で晴れた目でユリを見上げて、頷いた。

「…はい…。」

「よし。

 叔父さんがね、もう帰って休めって。

 クレア、今日もうちに泊まらない?」

「いいんですか?」

「もちろん!

 いっぱいおしゃべりしなきゃ!」

 ユリが大袈裟にクレアの肩を叩いた。

 気が紛れたのか、クレアはまだ濡れたままの頬を上げて、「はい」と再び頷いた。

 その表情が健気で、ユリはもう一度クレアを抱き寄せた。

 一人っ子に生まれたユリは、お姉さんとか、妹とか、そういった存在がとても羨ましかった。

 それを、昨日、一時的にでも手に入れたのだ。

 両腕で抱きしめる”妹”はか細くて繊細で、どうしても守ってやりたかった。

 冷たい医務室の床にぺたりと座り込み、ただ抱き合うだけなのに、なんだか全てのものを手に入れたような気がする。

 やがてクレアの呼吸が落ち着いた頃、医務室のドアが開いた。

 振り向くと、了だった。

 了は、床に座って抱きしめ合う少女たちを、一瞬眉を顰めて見たあと、小さく苦笑した。

「気がつきましたか。」

 とクレアに声をかける。

「蕪木さん。

 ご迷惑をおかけしました…。」

 ユリに抱きついたまま、クレアが答えた。

「無理もありません。気にしないで。

 ユリももういいのか?」

 了がユリの傍らに膝をついた。

「うん、大丈夫」とユリが答えると、了は一つ頷いて、「そろそろ帰ろう」と言った。

「クレアさんは、今日も芳生さんのうちへ泊まって下さい。

 大使へは、北代警部補から連絡を取ってもらいました。

 顔を出せずにいて申し訳ないが、よろしく頼まれたそうですよ。」

 了が事伝手を伝えると、クレアが漸くユリから離れた。

「そうですか。

 ありがとうございます。」

 そう言って、頭を下げるクレアの表情が一瞬強張ったのを、ユリは間近で見た。角度のせいかと思い、了を見ると、了の表情も少し強張っていた。

 が、ユリの視線に気付き、すぐに元に戻してしまう。

「ユリ、正門前で待っててくれ。

 車を回すから。」

「うん」と言うと、了が立ち上がって、ユリに手を差し出す。

 ユリが少し躊躇ってその手を握ると、了がぐっと握り返し、力いっぱい引き上げた。ユリが立ち上がった勢いに引っ張られて、ユリのジャケットを掴んでいたクレアも立ち上がった。

 そして了はくるりと周って、さっさと医務室を出て行ってしまった。

「さ、クレア。行こうか。」

 声をかけると、クレアが頷き、「はい」と言って笑った。

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