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男爵は嘲笑う  作者: 謳子
4月28日
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4月28日◆2

 足の速い男の後を、ユリは小走りについて行った。

 いくつか同じような部屋を抜け、非常階段のような階段を下りた。そこで、自分が今まで二階にいた事を知る。

 歩き出してから、人ともあまりすれ違わず、そして男は無言。

 元来お喋りなユリは、この状況が苦痛だった。

「美術館の関係者の方なんですか?」

 堪らず声をかけると、男はちらりと目だけでユリを振り返ってから、「まぁ、関係者といえば関係者だけど」と答えた。

 不機嫌なのは変わらないらしかったが、沈黙よりマシと、ユリは構わず喋り出した。

「この美術館大きいですよねぇ。

 この都で一番大きな美術館だし、展示室だけじゃなくて、音楽ホールとか、会議室とか、パーティ会場まであって。

 改装工事後にやる”シリング王国・王家の財宝展”も凄く楽しみなんですよ!

 シリング王国の国王の奥さんが愛用してたアクセサリーとか展示するんでしょ? 楽しみだなぁ。

 特にポスターにもなってる”紅い(なみだ)”! あの大きなカルセドニーの付いたネックレス、凄いですよね!」

 シリング王国は、中近東にある小さな国だ。

 ユリも詳しくは知らないが、その王家に伝わる国宝級の装飾品が、一週間後の五月四日から展示される。

 特に”紅い泪”と呼ばれるネックレスは、大きな紅いカルセドニーを贅沢に使った雄雄しいデザインの装飾品で、その石の大きさからも注目を集めていた。

 男は少し呆れたようにため息を吐いて、歩きながらも今度はしっかりと振り返ると、興奮気味に語るユリを見た。

「…君、ここに何しに来たの?」

「え? ああ、叔父が探偵をしてるんですよ。

 それで、美術館で依頼人と待ち合わせをしてるっていうので、ついて来たんです。」

「じゃあ、探偵事務所の人?」

「いいえ、私はただの付き添いです。」

 そこまで聞いて、「そう」と興味なさそうな声で言い、男は視線を前に戻した。

「着きましたよ。」

 男が足を止めた。

 二歩ほど後ろを歩いていたユリも、足を止める。

 いつの間にか職員通路らしき廊下を歩いていて、すぐそこにある突き当たりには、両開きの大きな扉があった。ドアには『館長室』と記されている。

「ああぁ、よかった。一時はどうなる事かと…。

 有難うございました。」

 深々と頭を下げ、ユリは礼を言った。

 そして、「じゃあ」と言って前へ一歩踏み出すと、男が扉とユリの間に立ち塞がった。

「ああ、ちょっと。」

「はい?」

 怪訝そうにユリが見上げると、男は涼しい顔を崩さずに、

「君、関係者ではないんでしょ?

 今、君の叔父さんとやらと依頼主が話しをしているところだから、立ち入りは遠慮して貰わないと。」

 と言った。

「え!? だって…!」

「守秘義務って言う言葉、知ってるでしょ?

 親族に探偵業をする者がいるなら、そういう事くらいは弁えてくれないと。」

 人を小馬鹿にしたような見下した態度でのうのうと言い放つ男に、ユリが食ってかかる。

「あ…あなた何なんです!?」

「君は知る必要ないでしょ。」

 尚も平然と答える男に、ユリの中の何かがブチっと音を立てて切れた。

「いいわ! こっちだって名乗れない人に止められる筋合いもないわ!

 入ってやる!」

 男を強引に除け、扉に近付こうとするユリを、男が慌てて止めた。

「ちょ!」

 その瞬間、

「何の騒ぎです!?」

 館長室の扉が開き、中から男が出てきた。

 眼鏡をかけ、よれよれのシャツを二着ほど重ね着したガリガリの中年男が、困惑し切った顔で立っていた。

「叔父さん!」

 それはユリが無理矢理着いて来た、叔父で探偵の芳生 (たくみ)だった。

「騒いでいたのはユリか…。みっともない。」

 困惑を呆れた顔に歪め直して、匠が言った。

 すると、傍らで慌てていた男が「芳生さん」と、匠に声をかけた。

「ああ、蕪木(かぶらぎ)さん。」

「叔父さん、知ってる人?」

 ユリが訊ねると、匠はまた慌てた様子で、「当たり前だ! 今回の依頼でお世話になる警察の担当の方だぞ!」と答えたので、ユリは勢いよく、男のジャケットを掴んでいた手を離した。

「え…、警察…?」

蕪木 了(かぶらぎ とおる)さんだよ。」

 匠が紹介すると、蕪木と呼ばれた男は「どうも」と無愛想に言った。

「芳生 ユリです…。

 その…、ごめんなさい…」

 親に怒られる小学生のように肩を竦めて謝るユリに、了は無愛想を不機嫌に変えて「どういたしまして」と答えた。

(むっ! かわいくない!)

 反省の意を瞬時に棄て、ユリはハッキリと、ムっとした表情をした。

 その表情に、また要らぬ文句の一つも言いそうな雰囲気を察した匠が切り出した。

「ちょうど良かったよ、ユリ。

 今回は人手が足りなくてね、手伝ってもらおうと思ってるんだ。一緒に話を聞いてくれないか?」

 その言葉に、ユリの顔がぱっと切り替わる。

 この一年間、ずっと待ち望んでいた言葉が、ついに匠の口から聞けたのだ。

「え! やる! 聞く!!」

 興奮気味に答えるユリに苦笑して、匠は了に視線を移した。

「蕪木さんは…。」

 匠の表情から『どうする?』という問いを察した了は、

「そうですね。話自体はもう聞いていますが、芳生さんがいらっしゃるなら、貴重な意見が聞けるかも知れない。

 同席させて下さい。」

 と答えた。

「よかった、お願いします。」

 場の空気がやっと変わった事にほっと胸を撫で下ろした匠は、にこりと笑って、館長室へ戻って行った。

 続いて、了を避けて室内へ入ろうとしたユリは、とても嫌な事に気がついた。

(あっ…ということは、こいつと一緒に仕事……。げ…。)

 横目でチラリと了を見上げると、そんなユリの考えなどお見通しのような、小憎らしいニヤリ顔をし、すぐに涼しい顔に戻って先に室内へと入っていった。

「んな! なんなのアイツは!」

 ユリは再び湧き上がった怒りで顔を真っ赤にして、床を一つ、だん!と踏み鳴らした。

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