4月29日◆5
エスカレータを下り、一階へと降りる。
ちょうど、エントランスを真正面に見た状態になった。
「館長室は、正面玄関を正面にして左。」
了が、逆手で指をさす。
利き手のほうは、相変わらずユリが袖を掴んでいる。
「うん。」
答えながらエントランスをみたユリが「あ…」と、小さく声を上げた。
「ん?」
了も見る。
回転扉と、押戸の双方備わっているエントランスの、押戸の扉を押して、一人の少女が入って来た。
長い、ウェーブのかかった金髪の髪が、歩くたびに揺れた。
きちんと着こなした白いツーピースと、その歩き方は、見るからに気品がある。
目隠しに置いてある植木のせいもあってか、エントランスから少し離れていた二人には気付いていないようで、少女は何かメモを見ながらキョロキョロと辺りを見回したあと、館長室のある職員通路の入り口へと歩いて行った。
少女が扉の向こうへ消えると、黙って見入っていたユリが、何故か小声で言った。
「誰だろう? 如何にもお嬢様って感じ…。」
「…。」
了は黙ったまま、少女の消えた扉を見つめていた。
ユリは、聞いていなかったのかと思い、もう少し声を大きくして言った。
「蕪木さん、あの子誰だか知ってる?」
「”蕪木さん”ね。」
ユリに敬称付きで呼ばれた了がからかった。
しっかり聞いていたようだ。
「何よ…。
年上なんだから、さん付けで当然じゃない。」
急に恥ずかしくなったのか、頬を膨らますユリに、然も当然のように「まあな」と言い、了は再び扉に視線を移した。
「彼女は、シリング大使の娘。
ほら、昨日飛澤さんが言ってた、”館長が助けた娘”さんだ。」
「ああ! あの子!」
飛澤から聞いた、菅野とシリング大使の出会いのきっかけとなった娘のことだ。
「遊びに来たのかな?」
たまに、ではあるが、手紙をやり取りする仲なのだそうだ。
母国に纏わる展示会が、知人の勤める美術館で催されるとなれば、遊びにも来るのだろう。
何だか微笑ましくて、ユリが好奇心いっぱいに言うと、「さあな」と了が素っ気無く言い、「館長室に戻るぞ」と早足で歩き出した。
了の様子が微かに変わったのを察したユリは、了の背中を追いかけながら、首を傾げながら、少女が職員通路へ入っていくのを追う了の表情を、何気なく思い出した。
見入る、と言うよりは、どことなく、待っていた人物が来た、という横顔だった。
そしてその横顔に、ほんの少しの憎しみのような感情が浮き出ていたような気がして、ユリは一層、首を傾げた。