4月29日◆2
発進してから、匠はいやにご機嫌だった。
「かっこいいね~。今年のニューモデル。
大変だったでしょ?」
「大変でしたよ」と了。
「発表日の翌日にディーラーに行ったんですけど、すでに受注いっぱいで半年待ちとか言われて。」
「はぁ~! すごい人気だね。」
「凄かったですね。
でも、初回出荷分の一台に欠陥が出て、たまたま一台だけ、しかも改造車で、その改造パーツに原因があったんですけど、欠陥って聞いただけでキャンセルが相次いだらしくて、先に入ってた別の顧客分をまわして貰ったんです。」
その話は、ユリもワイドショーで聞いた事があった。
若者に人気の高いこのメーカーの車は、ボディではなく、エンジンやランプなど、細かなところに改造を加えられる事が多いらしい。
今回の、つまり、了が乗ってきたこの車も、発売開始からすぐに改造を加えたものが多くあったらしいが、そのうちの一台が、走行中にエンジン付近から出火したのだった。
出火の第一報は本当に大々的にメディアによって流された。
大抵はこのメーカーではなく、若者を批難する内容にこじつけられ、『これだから若者は…』という年寄り思考の強い報道だった気がする。
元々非難対象が若者だったものだから、改造車で、しかも改造した部分からの出火という調査結果が出ても、取り上げるニュースメディアは少なかった。そして、うやむやなまま、立ち消えのように続報自体を聞かなくなってしまったのだ。
「だから、実際は一ヵ月半くらいだったかな。納車まで。」
「ラッキーだったねぇ。
あの時は、欠陥かってニュース以降はニュースにもならなかったもんね。
だから暫くは、欠陥じゃないって知らない人もいたくらいだからね。」
「ディーラーでもDM出したり色々やったらしいんですけどね。
まぁでも、そのお蔭でボクが先に貰えたんで。」
「人徳ってところかな?」匠が言うと、了が苦笑した。
「いやいや、たまたまですよ。」
その様子に、ユリが思わず問う。
「なんで、叔父さんには丁寧で、私は扱いがゾンザイなのよ?」
言われて、膨れっ面で聞くユリを、了が一瞥した。
「それこそ人徳ってものだ。」
「な!!?」
二人のやり取りに、匠が大笑いをする。
「叔父さんも笑ってないでよ!
姪が馬鹿にされてるって言うのに!」
腹を抱え「巧いね~!」などと大笑いをする匠を、後部座席から首を出してユリが嗜めた。
その様子をちらりと横目で見て、了はゆっくりブレーキをかけて車を停めた。
「着きましたよ。」
目の前に、美術館前に広がる大きな庭園と、それを囲む樹木と正門が見えた。
「ありがとう、助かっちゃったよ。」
匠が車を降り、シートを前に倒す。ユリも「よっ」と言いながら降りる。
「いえいえ。
ボクはこいつを仕舞ってきますんで、先に館長室へ向かってください。
北代警部補も着いている頃かと思いますので。」
「ああ、そうだったね。了解。
ではまたあとで。」
そう言って、匠はシートを戻し、丁寧にドアを閉めた。
了の車はスゥと匠とユリの前を通り、庭園の角を曲がって消えた。
「さ、行こうか。」
「うん。」
歩き出す匠のあとを、ユリが追いかける。
朝露の滴る芝生が敷き詰められた庭園は、まだ柔らかい朝日の光を受けて、キラキラと光った。
白い石畳の小路を、正門から美術館へ向けて歩く。
その向こうには、大ホールの、モスクのような特徴的な屋根が見える。
小路は美術館前で、小さな噴水を中心に広がり、エントランスへ続く。
エントランス前には、昨日はいなかった警官が独り立っており、匠が近付くと、警官は小さく会釈をした。
通行許可という意味だろう。
匠は美術館へと入っていった。
ユリも小走りで追いかけると、ロビー右にある喫茶店の前で、入ってきたユリに挨拶する警備員がいた。ユリは一瞬首を傾げ、「あ」と言って思い出した。
昨日、了に初めて話しかけたときに、一緒にいた警備員だ。
ユリは笑顔で会釈すると、匠が消えた『関係者以外立ち入り禁止』のプレートのかかった扉を開けた。