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愛しの吾郎

作者: 森三治郎
掲載日:2026/09/03

1、ヨネと吾郎


『奥さま、ご機嫌はいかがですか』

「おはよう。よろしくてよ」

『何なりと、お申しつけくださいませ』

「それじゃ、珠(たま)紀(き)にコーヒーセットを持ってくるように連絡して」

『はい、承知いたしました』

四方(しかた)ヨネ宅の庭をのぞむリビングの一画。パーテーションで区切られた所に、ヨネと吾郎が居た。

「吾郎くん、推理小説を読みたい。紙の本でね。内田康夫がいいわ」

『はい』

吾郎は3冊の本を提示した。

「これにするわ。甘々の肩の凝らないところが、内田康夫の良いところなのよ」

『はい』

「吾郎くん、背を少し立てて」

『はい。このくらいですか』

「いいわ。背中が痒(かゆ)い。掻(か)いて、中ほどよ」

『はい。この辺ですか』

「そう、いいわ~」



2、ミヨ子と吾郎


「吾郎くん、居る?」

『あっ、若奥さま。いらっしゃいませ』

「くつろいで良いかしら」

『どうぞ、どうぞ、ご遠慮なさらずに』

「ありがとう。どっこいしょ。あら、ヤダ。年寄りみたいね」

『若奥さま、お肌がしっとりスベスベですね~』

「そう、お母さまとの比較かしら」

『そんな~、確かに大奥様のお肌はカサカサ乾燥気味ですが、私の口からはそんなこと、口が裂けても言えません』

「あら、そうなの~」



3、浮気をなじるヨネ


「吾郎!、起きなさい」

『何でございましょう。奥さま』

「吾郎くん、あなたミヨ子と浮気してるわね」

『そんな~、私は、誰に対しても優しく親切であれと教育を受けているのです。浮気だなんて、心外ですう~』

「おだまり!。吾郎くんとミヨ子さんがイチャイチャしてるところを、珠紀が目撃してるのよ」

『すみませんでした』

「いいこと、今後はミヨ子さんが来たら拒絶するのよ。いい!」

『はい』



4、躓くヨネ


ヨネは、5ミリに満たない段差に躓いて転んだ。

ヨネは『ハタッ!』っと、思い至ることがあった。



5、ヨネとミヨ子


リビングでくつろぐヨネのもとに、ミヨ子があたふたと駆け寄って来た。

「お母さま、吾郎が見えないのですけど」

「ああ、吾郎はメルカリで売ってしまったわ」

「ええ~!、そんな~、どうして~」

あれ程、愛し慈しんでいた吾郎をメルカリで売ったと。ミヨ子には俄かには信じられない。

「な、なぜ?」

「ミヨ子さん、宇宙飛行士が長期間宇宙に居て地球に帰還すると、足腰が立たなくなるのを知っているわよね。それは、重力の負荷が無ければ筋力が衰えてしまうからだわ。地上に居る我々も同じ。あまりにも便利だと、負荷が無いと生活基盤そのものが衰えるのよ。精神的にもそう、ボケてしまうわ。解かるわね」

「は……い。でも……なら、私が買っても良かったのに~」

「そんなの、私がイヤだわ~。吾郎とミヨ子さんがイチャイチャしてるのを見たくはないわよ」

「……吾郎が可哀そう」

「何言ってるのよ。あんなのAI付きのタダの電動イスじゃないの」



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