愛しの吾郎
1、ヨネと吾郎
『奥さま、ご機嫌はいかがですか』
「おはよう。よろしくてよ」
『何なりと、お申しつけくださいませ』
「それじゃ、珠紀にコーヒーセットを持ってくるように連絡して」
『はい、承知いたしました』
四方ヨネ宅の庭をのぞむリビングの一画。パーテーションで区切られた所に、ヨネと吾郎が居た。
「吾郎くん、推理小説を読みたい。紙の本でね。内田康夫がいいわ」
『はい』
吾郎は3冊の本を提示した。
「これにするわ。甘々の肩の凝らないところが、内田康夫の良いところなのよ」
『はい』
「吾郎くん、背を少し立てて」
『はい。このくらいですか』
「いいわ。背中が痒い。掻いて、中ほどよ」
『はい。この辺ですか』
「そう、いいわ~」
2、ミヨ子と吾郎
「吾郎くん、居る?」
『あっ、若奥さま。いらっしゃいませ』
「くつろいで良いかしら」
『どうぞ、どうぞ、ご遠慮なさらずに』
「ありがとう。どっこいしょ。あら、ヤダ。年寄りみたいね」
『若奥さま、お肌がしっとりスベスベですね~』
「そう、お母さまとの比較かしら」
『そんな~、確かに大奥様のお肌はカサカサ乾燥気味ですが、私の口からはそんなこと、口が裂けても言えません』
「あら、そうなの~」
3、浮気をなじるヨネ
「吾郎!、起きなさい」
『何でございましょう。奥さま』
「吾郎くん、あなたミヨ子と浮気してるわね」
『そんな~、私は、誰に対しても優しく親切であれと教育を受けているのです。浮気だなんて、心外ですう~』
「おだまり!。吾郎くんとミヨ子さんがイチャイチャしてるところを、珠紀が目撃してるのよ」
『すみませんでした』
「いいこと、今後はミヨ子さんが来たら拒絶するのよ。いい!」
『はい』
4、躓くヨネ
ヨネは、5ミリに満たない段差に躓いて転んだ。
ヨネは『ハタッ!』っと、思い至ることがあった。
5、ヨネとミヨ子
リビングでくつろぐヨネのもとに、ミヨ子があたふたと駆け寄って来た。
「お母さま、吾郎が見えないのですけど」
「ああ、吾郎はメルカリで売ってしまったわ」
「ええ~!、そんな~、どうして~」
あれ程、愛し慈しんでいた吾郎をメルカリで売ったと。ミヨ子には俄かには信じられない。
「な、なぜ?」
「ミヨ子さん、宇宙飛行士が長期間宇宙に居て地球に帰還すると、足腰が立たなくなるのを知っているわよね。それは、重力の負荷が無ければ筋力が衰えてしまうからだわ。地上に居る我々も同じ。あまりにも便利だと、負荷が無いと生活基盤そのものが衰えるのよ。精神的にもそう、ボケてしまうわ。解かるわね」
「は……い。でも……なら、私が買っても良かったのに~」
「そんなの、私がイヤだわ~。吾郎とミヨ子さんがイチャイチャしてるのを見たくはないわよ」
「……吾郎が可哀そう」
「何言ってるのよ。あんなのAI付きのタダの電動イスじゃないの」




