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第一話 風乗りの種とモノミの木

 宿直室の窓から差し込む日差しに目をこすって、アーシュタはベッドのなかで寝返りをうった。アーシュタの長い赤髪が枕の上で渦を描いている。

 目をしょぼしょぼさせながら、アーシュタはしばらくベッドのなかでぼんやりした。

 昨夜は魔法植物園の宿直当番だった。宿直当番といっても、少し見回りをするくらいのものだ。夜には大抵の植物が眠るが、まれに花を咲かせる植物もある。だから宿直室は、夜間に植物を観察する必要があるときや、作業で遅くなってしまったときの仮眠室としても使われている。

 宿直室は、案外寝心地がいい。アーシュタはふかふかの布団から出る決心をようやくすると、起き上がって伸びをした。

 身支度を整えてから、魔法植物園に顔を出すと、ちょうど上司が出勤してきたところだった。


「おはようございます」

「おはよう、アーシュタ」

「昨日の宿直、異常ありませんでした」

「そう。ありがとう。……そういえば、そろそろ風乗りの種が飛ぶ時期だよ。見た?」


 上司はガラス張りの植物園の外を指差した。少し離れたところに、大きな木の幹が見える。モノミの木だ。大人が三人で腕を回しても足りないほど、どっしりとした白い幹があって、上の方に申し訳程度に葉が生えている。昔話に出てくる巨人のようなモノミの木は、季節がやってくるとふわふわした綿毛のついた種……通称、風乗りの種を飛ばす。

 もうそんな季節かとアーシュタが見上げたところで、モノミの木のてっぺんから、ぽとりと種が落ちるのが見えた。


「あれ? 綿毛が出てない?」


 アーシュタは首をかしげて、植物園の外に出る。モノミの木に近づくと、大木はよりいっそう大きく見えた。

 アーシュタは顔を上げて、木のてっぺんを見ようと身体を左右に伸ばしてみるが、よく見えない。


「ここからじゃ見えないなぁ」


 遅れてやってきた上司が、足元に視線を向けた。


「これ……風乗りの種だね。綿毛が開いてない」


 上司の言葉を聞いて、アーシュタは足元を見た。綿毛の開いていない種がいくつも転がっている。

 しゃがみ込んで種を手に取りながら、上司は愛用の革張りの手帳を開くと、何事かをメモした。


「モノミの木に何か起きてるのかも。アーシュタ、風乗りの種の綿毛が開かない理由、調べてくれる?」

「わかりました」


 上司が風乗りの種を指先でもむと、綿毛が遠慮がちにゆっくりと開いていった。


***


 魔法植物園では、午前中に植物たちに水をあげたり、枯れた葉っぱを摘んだりして過ごす。午後になってから、アーシュタはモノミの木の文献を書庫から引っ張り出してきて、ガーデンテーブルの上に置いた。

 午後から出勤してきた同僚のミシェルが、きのこの笠のような頭をほんの少し傾ける。日差しがミシェルの髪にあたって、きらりと光った。


「アーシュタちゃん、おはよう。何調べてるの?」

「おはよう、ミシェル。モノミの木について調べてるとこ」

「ああ、そろそろ風乗りの種の季節だもんね」


 ミシェルが植物園のガラスの向こうにあるモノミの木をながめる。植物園のなかからは、白い幹しか見えない。


「種は飛んでるんだけど、綿毛が開いてないんだよね。なんでだと思う?」

「え……。まだ季節が早いとか?」

「うわー、ありうるー」


 アーシュタは赤い髪をわしゃわしゃとかき回してから、分厚い文献をどっかりと開いた。モノミの木、モノミの木……と口の中で小さくくり返して、目次をたどる。


「あとは風が強くないとか、綿毛が未成熟とかも考えられるかなー」


 モノミの木のページを開いて、アーシュタはさっと視線を走らせた。アーシュタの目が文字を追って左右にせわしなく動く。風乗りの種の綿毛が開く条件は載っていない。


「モノミの木ってさ、背の高いおじさんみたいな木じゃない?」


 アーシュタが突然そんな話をしたので、ミシェルは首を傾げてつづきをうながした。


「モノミって言われるのも納得だよね。見張り番のおじさんみたいだもん。背が高くて、髪の毛がちょっと薄くて、てっぺんにもじゃっと生えてる感じ。モノミの木の葉っぱ、てっぺんにだけ生えるもんね」


 唇をとがらせながら軽口を叩いたアーシュタに、ミシェルは吹き出して、お腹をかかえて笑った。


「もう、アーシュタちゃん、やめてよー。モノミの木が見張り番のおじさんにしか見えなくなっちゃう」


 楽しそうに笑うミシェルに、アーシュタは満足そうに笑うと、文献をそっと閉じた。イスに座ったまま、伸びをする。昨日は宿直当番だったから、少し眠い。


「モノミの木、空から見られたらいいんだけどなー」

「ピッ」


 そのとき、マンドラゴラさんがのそのそと植木鉢からやってきた。根っこを器用に動かして、本棚から外出許可証を一枚取り出す。


「マンドラゴラさん、外出するの?」

「ピーッ」


 マンドラゴラさんの頭の上の葉っぱが、ドラゴンの角のようにぎゅるぎゅると尖る。友達のドラゴンのところに遊びに行きたいらしい。

 うきうきとステップを踏んでいるマンドラゴラさんをながめていたアーシュタが、あっと息を飲んだ。


「ドラゴン! ドラゴンだよ! ……ドラゴンに乗れば、空からモノミの木の観察、できるんじゃない!?」

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