『本当の恋心を見つけた』と婚約者に言われた私は……
甘い木苺の香りが厨房を覆い尽くした。コトコト、コトコト、煮込んだ木苺のジャムの鍋底を木べらで混ぜる。
木苺はペクチン量が少ないから、リンゴの皮を煮出して作ったペクチン液を加える。レモン汁も入れると、味のバランスがよくなるし、酸が固まりを補助してくれる。
「……この世界の人たちは、経験で同じ結果を導き出しているからすごいね」
私は鍋の火を止めて、ジャムをスプーンですくう。魔導製の糖度計で光の曲がり方を確認する。……大体55%かな? ここは日本じゃないから、そこまで気にしなくてもいいし、もう少し糖度を上げた方が、保存が効くからいいかもね。
そう、ここは日本じゃない。外国でもない。異世界と呼ばれている場所だ。
といっても、私はこの世界に転生、転移したわけじゃなかった。
アリス・ミレット20才。
私は、この魔法が栄えた異世界で生まれて、中世ヨーロッパのような街並みの帝都で育った。私は生まれた時から、お父さんと二人暮らしだった。
幼少期に、前世の記憶を思い出した。えっと、確か、日本から転移した人と知り合って、ポテチというお菓子を食べさせてくれた時、私の頭が爆破しそうな衝撃を受けて、前世の記憶を思い出したんだ。
まあ、といっても、こっちの世界で生まれ育ったから、特殊な力があるわけじゃないし、魔力も低いからまともに魔法も使えない。
唯一できることは、前世の記憶と経験を頼りにお菓子を作れることかな。
前世の私は菓子職人として人生四十六年をまっとうしたみたいだった。そんな私はこの世界で二十歳になろうとしていた。
お父さんは腕のある菓子職人で、帝都の中央区の繁華街にお店を構えている。繁華街だから自分の土地じゃないけど、テナントを借りている。
元々、大家さんは貴族の大地主で、お父さんの菓子に惚れて、華の帝都中央街で自分のテナントに誘致して、出店の出資をしてくれたんだ。
お陰様でお父さんのお店は順調だった。私も中等部を卒業すると、お父さんの仕事を手伝い、充実した日々を送っていた。
お父さんは腕の良い菓子職人さんだった。一流の行き着く先はどの世界も同じ。お父さんと前世の記憶の師匠の腕前はいつも重なって見えた。
煮上がった木苺のジャムの鍋の前に立ち、私は手をかざして祈る。
「……美味しくなれ」
お父さんから教わったおまじない。食べてくれる人のことを想って、愛情を込める。最初はそんな非科学的なことを、と思ったけど、実際に味が雲泥の差に変わったから私はびっくりした。
『アリス、これはな、心の底から願わないと使えないスキルなんだ。……優しい子に育ってくれ』
お父さんの言葉を思い出す。私の家系だけに伝わるスキル。
……大好きだったお父さん。……お父さんは半年前、事故で亡くなった。悲しみに押しつぶされそうになった私は、とにかく、お父さんのお店をどうにか潰さないように、お店のケーキを作り続けた。
お父さんのケーキを愛する人たちに、ケーキを作ることで、私は自分の心が徐々に癒されていくことを感じた。
と、その時、物音が聞こえて、厨房の扉が静かに開けられた――
「――アリス、大事な話がある」
厨房に入ってきたのは、私の婚約者であるケージだった。ケージは元々男爵家であったけど、家が没落し、路頭に迷っている時にお父さんに拾われ、職人として育てられた。
私が16歳、ケージが23歳の時、お父さんが私たちが将来結婚するように言い含められた。
……正直、私には婚約者と言われてもピンと来なかった。そもそも、前世も天涯孤独の身。
ケージは兄のような存在で、好きかと言われれば、嫌いじゃない、「普通」としか思えない。恋愛的な好意は持ち合わせていない。
お父さんは私の将来を心配していた。結婚もせずに、ずっと職人をするであろう、と思っていたのだろうし、この世界では親同士が決めた婚約は多々あることだ。私の感性は、日本とこの世界の半々だから、そんなに変なことではないと思っていた。
「アリス? 都合が悪いか?」
「……いえ、大丈夫です」
街の人はケージを色男と言うけど、私にはその感覚がわからない。菓子職人としての腕はあるけど、雑なところがあり、気弱で、争い事が嫌いで、なのに自尊心が高く、扱いが少し面倒な人でもある。
長年一緒にいたから、扱い方はわかるけど……私が少し我慢して、この世界で平凡な人生を送るのも悪くないと思っている。根は良い人だから。
そんなケージは何か言いづらそうにしていた。目をそらすからすぐに分かる。
「――あ、あの、俺と、婚約破棄をしてくれ。す、すまん! 俺は本当の恋心を見つけたんだ……。本当にすまない、アリス。俺は自分に嘘が付けない」
「はぁ?」
意味がわからなかった。私とケージはお父さんが亡くなった後、今後の事について話し合った。
近い将来、私たちが結婚して、お父様の店を二人で続ける、というシンプルなものだけど、この激戦区帝都でお店を続けるのはとても難しい。
お父さんはこのお店を出すときに、出資してもらった。
出資者はこの街の顔役であり、貿易商を営んでいる大商人であり、お父さんの友人でもあった。本当にお父さんのお菓子に惚れ込んでいたのか、自分の持っていたテナントを貸してくれた。彼は月々の家賃と、心ばかりの配当と……、特等席でのお茶とケーキ、しか要求してこなかった。
私はオジ様と呼んで、とても仲良くしてくださった……。でも……、お父さんが亡くなって、その後を追うようにオジ様も亡くなってしまったんだ。もう三か月前のことだ。
厨房に沈黙が広がる。
ケージが私と目を合わせようとしない。計量ミスをして、黙っている時の顔……。
「婚約破棄って……、役所への届け出も済んでいるのに――」
その時、カツカツとヒールの大きな足音がケージの後ろから聞こえた。
……うちのお店の従業員であり、オジ様の娘さんのフローレンスさん。
フローレンスさんは私が前世で読んでいた漫画の、その、意地悪なお嬢様そっくりだった。
不機嫌そうに眉を釣り上げ、嫌な笑みを浮かべている。鼻で笑う、という言葉が本当にぴったりな人だ。
「ふんっ、相変わらず汚い厨房ね。はぁ……、あなたは立場をわかっていないわね? いい? このテナントは今までお父様の好意で格安で貸していたの。出資したのに、配当もろくにはいってこないじゃない」
「あの、話が見えてこないのですが……」
「バカはやっぱりバカね。……いい? あなたはこのお店に必要ないのよ! ろくに菓子も作れないで、指示ばかりして、ケージも怒っていたわよ。ちょっとくらい計量ミスした程度で喚いて……、はぁ、本当にケージが可哀想……」
ケージに寄り添うフローレンスさん……。明らかな二人の雰囲気は恋人同士のそれだ。まるで熱に浮かされているようで……、いや、それは正直構わない、私と婚約をしていなかったら。
「だから、あなたはこの店から出ていくの! いい? この契約書にはケージがこのお店の責任者になって、今後運営していくのよ。あなたの名前はどこにもないのよ」
「え……? こ、ここは私のお父さんの――」
「いいえ、ここは私たちラインバッハ家の持ち物よ。ほら、この契約書に書いてあるでしょ? 初めっからあなたのお父様のお店なんてなかったのよ」
「そんなの絶対おかしい! だって、ここはお父さんが――」
私はお父さんに契約書を見せてもらったことがある。ここはお父さんが権利を有しており、私がそれを引き継いだはずだ。
なのに、この契約書はそのことが一切書いていない。ただ、ラインバッハ家の所有物件としか……。
「ピーチクパーチクうるさいわよ! あなたが出ていけば全部丸く収まるのよ! お店はケージのもの、ケージは私の婚約者。たったそれだけのことよ!」
フローレンスさんが私に木苺のジャムの鍋を投げつけた。ぐつぐつと煮立ったジャムはまともに浴びたら大火傷を負ってしまう。だけど、私は、このジャムを――。
鍋を受け止めようとした、私の身体が後に引っ張られた。尻もちを着いてしまったけど、ジャムは身体にかからなかった。
でも、地面に落ちているジャムを見て……すごく悲しい気持ちになった。
「アリスさん、怪我は?」
どうやら、私は一人の男性従業員に助けられたみたいだった。
「あ、ありがとう。ザイール君……、でも、ジャムが……」
「あとは僕が片付けておきます。……アリスさんは、その……」
ザイール君が周囲を見渡す。私もつられて周囲を見渡した。いつも一緒に働いてくれていた従業員の目が……私を見下していた。
「早く出ていってください」
「俺等はケージさんについていきます」
「ていうか、仕事もしねえ職人はいらねえよ。ここ、親父さんの店じゃなかったんだろ?」
「これでケージさんが言っていた、多店舗化も出来ますね! へへ、俺、シェフにしてくださいよ」
「俺等はケージさんとラインバッハお嬢様に一生ついていきます!」
ザイール君がポツリと呟いた。「……あの賄賂を受け取ったのかよ」、と。
フローレンスさんの後に隠れていたケージが私に近づく。
そして、私を見下ろしながら――
「俺は君が嫌いじゃなかった。ただ、タイミングというのかな? もっと好きな人が出来たんだよ。君もいつかわかるよ。本当の愛に気が付く時を――」
今世、前世、私の全部の人生の記憶の中で、これほどまでに腹がたった時があっただろうか?
初めてだった。
私は、あまりにも悔しくて、何が悔しいかさえもわからなくなって、涙が止まらなくなってしまった――
***
怒りというのは一時的なものだと言われている。時間が経つと怒りの炎は消えて、冷静な思考になり、適切な行動に移せる、という説を聞いたことがある。
「嘘だ。私のこの怒りは絶対に収まらない」
心臓に烙印を押されたような気分だった。エプロンをケージに投げつけて、私は泣きながらお店を出た。
そのまま行く宛もなく、帝都の夜の街をさまよう。
――ケージはもっと誠実な人だと思っていた。
――フローレンスさんはオジ様のように信頼できる人だと思っていた。
「悔しい、悔しいよ……」
私は分かっている。商売の世界で綺麗事なんて通じない。騙された方が悪いんだ。
前世も、今世もお菓子を作ることしか出来ない私。
「どこか、田舎で雇われて……」
「まってください!! はぁはぁ……、意外と、足が速い。ですね……。はぁはぁ」
「ザイール君?」
ザイール君かどうか私には判断出来なかった。なぜなら、ザイール君は職人見習いで、厨房ではコック帽を被り、いつも大きな黒いマスクをしていて、大きな眼鏡をしていた。
今のザイール君は私服だ。
帝都で流行りのチェニックに、バギーパンツ、初めてみたお顔は……、ちょっとびっくりするくらいの整い顔で、スタイル抜群だった。
「えっと、皇子様?」と、思わずいってしまうほどの破壊力。
「あ、いえ、その……、な、なぜそれを? 僕は隠していたのに」
あっ、ごめんなさい……。本当に適当に言っちゃいました。私は聞かなかったことにして咳払いをする。
「ごほんっ、皇子様みたいに素敵だねって意味ですよ。それで、ザイール君はどうしたの」
彼はにやりと笑った。あの男の嫌な笑顔とは全然違う。爽やかな笑顔だった。
「ええ、ケージさんにエプロンを叩きつけてやめました」
「え?」
「あなたがいないあのお店は無意味ですから」
そういって、ザイール君は私の手を掴んだ。紳士的な仕草は、明らかに高位貴族を思わせ……、って皇子様かもしれないしね。
「あ、あの、ザイール君?」
「失礼しました……。いえ、僕は知っています。あなたが作るお菓子が誰よりも美味しいことを。……少し帝都の街を歩きませんか? 本当はずっとこうやって隣を歩きたかった」
ザイール君は私の手を取った。私はケージと手さえ握っていなかったから、どうしていいかわからなくて、顔が真っ赤になってしまった。
「は、恥ずかしいから、こんな地味な女……」
「あなたはいわば原石です。何も加工していない最高級の生クリームと一緒です。砂糖を加え、泡立てたり、他のパーツと組み合わせることによって、素晴らしい女性になります。……今夜は僕にエスコートをさせてください」
「う、うん……」
ザイール君の強い圧に押されて、私は思わず頷いてしまった。甘い空気が私の心を癒してくれる。
さっきまでの怒りは――、うん、それでもなくならない。やっぱり、悔しさって忘れられないよね。
ザイール君が向かった先はブティック。確かあそこのお店は予約が必要なのに、ザイール君はお店の中へと入っていた。
「絶対に、あなたに――恩を返します」
ザイール君の小さな呟きが私の耳にかろうじて届いた――
恩?
***
悪魔のような男。それが僕の昔の姿だ。
『帝国の不良品』と呼ばれた第三皇子ザイールだ。
暴力的で不遜で、喧嘩するしか能がない男だった。子供の頃からずっと怒りが抑えられなかった。
将来は、大臣どもに使い潰されて終わるであろう、と思っていた。
そんな僕には大事な人がいた。大好きなお母様。
乱暴者の僕にも、愛情を注いでくれて、僕もどうにかそれに応えようと、努力をしようとした矢先……。
お母様は病で亡くなってしまった。
僕の心は更に荒れてしまった。
荒れ果てた心のまま二十歳になってしまった。
どんなことをしても、僕の心は怒りに満ち溢れて、どうしようもなかった。
そんな僕が、帝都の街でふらりと入った菓子屋。
菓子なんてただ甘いだけで、大してうまくもないと思っていた。
恰幅の良い中年の菓子職人が作るケーキは皇室でも有名だ。僕も食べたことがあるが、ほどほどだと思った。
店先にいた中年の菓子職人が僕に手招きをした。多分、あいつは僕が皇子だと気がついている。
『……ザイール様、私のケーキはお口に合わないとお聞きしました。……では、こちらのケーキをご賞味ください』
気が向いただけだろう、僕は差し出されたケーキをパクリと食べた。
クラシックショコラ――
皇都の王道と言われている菓子の一種。
皇都民なら食べ慣れているはずなのに――、僕は一口食べただけで、全身がぶるりと震えた。
身体が異物を認識している。とんでもないものを口に含んでいる。これは警告だ。お前は絶対に気絶するなと、これを絶対に味わえ、と。
この店のクラシックショコラは食べたことがあった。なんの変哲のないケーキだった。
だが、これは違う。
しっかりとしたチョコの生地は脆く、儚い。一見矛盾をしている説明だが、そうとしか表現できない。濃厚なのに軽い。しかも脳天に直撃するようなチョコのインパクトだ。
間に挟まっているクリームはチョコと合わさった……これはラム酒か。芳醇な香りが凄まじい。
いつの間にか、僕は自分の胸をかきむしっていた。無意識だった。服を破りそうな勢いだった。なぜなら、この味は……この隠し味は――お母様が大好きだったラズベリーのジャムと同じ味がするからだ。
特注品だったラズベリーのジャム。こっそり俺だけに食べさせてくれた……。
走馬灯のように、僕の脳裏にお母様との思い出が駆け巡る。
言葉が出てこない。涙しか出てこない。
気が付くと、僕はケーキを全て食い尽くしていた。
呆然と立ち尽くしていた。
涙が僕の何かを洗い流してくれた。
僕は中年の職人の手を取って、感謝の気持ちを伝えたかった、が――
『ははっ、これは俺の娘が作ったんですよ。実は……皇后様のジャムも娘が作ってたんですよ。皇后様がお店に来たときに出したら気に入って――』
厨房で働く一人の少女を指さしながら教えてくれた。
僕はこの時、自分の運命を理解した。あの少女が僕の恩人なんだ。このケーキを食べなかったら、僕はどこかで怒りに身を任せたまま、どこかで死んでいただろう。
だから、僕にとってアリスさんは命の恩人。
真人間になるために、お店の研修生として働き始めて早二年が過ぎていた――
いつしか、いつも仕事に真摯で時折見せてくれる笑顔があまりにも素敵すぎて、僕はアリスさんに恋をしてしまった――
***
「な、なんで客が来ないんだよ! 師匠の古臭いケーキも全部やめて、見た目を綺麗にしたのに!!」
アリスを追い出してから半年が経った。俺、ケージは金持ちのフローレンスと結婚することが出来た。
が、結婚生活が上手く言っているかというと、そんなことはなかった。
……フローレンスのいたらぬところに目がつく。
アリスが婚約者の時は何も感じなかった。いてくれて、やってくれて当たり前だった。
フローレンスは家事なんて一切やらない。自分のわがまましか言わない。時折、アリスの笑顔を思い出す。よくよく考えれば、顔立ちが整っていて、愛嬌があった。
……アリスと結婚した方が良かったんじゃないのか? もしかしたら、まだ間に合うかもしれない。
フローレンスは、結婚当初は俺にぞっこんだった。なぜか、その後、俺に興味を失くしたかのように、家庭内別居状態だ。
……俺が何かしたのか?
『……アリスに騙されたわ! 顔だけはいいのに、中身が全然クズですわね……。男の悪いところを抽出したような男ですわ』
といわれたが、フローレンスが何を言っているのか全然わからなかった。
フローレンスは他で男を作っている。今なら、離婚も正当な権利として手続きできる。
そして、アリスをよりを戻して――
「……ケージ、まさかあなたがこんなに腕がないとは思わなかったわ。それに……使えない従業員ばかり残って、しかも支店を出しすぎたから従業員は足りない、金は持ち逃げされるし、客をナンパするわ……、もう私はこの事業から手を引きますわ」
「え? な、何を言っているんだ! こ、ここは俺の菓子屋だ! 全国展開をして――」
「……ふんっ、自分の腕を知りなさい。あなた、帝都に出来た『アリス&ザイール菓子店』に行ってみた? ……あなた嘘ついていたわね。商売人は嘘に敏感なのよ。……本当の凄腕はアリスだったじゃないの!! この嘘つき男め! この店は適当に売って不良債権を処理するわ! 大赤字よ!」
「がはっ」
厨房に置いてあった『めん棒』で殴られた。ふらふらと倒れると、フローレンスはそんな俺に向かって唾を吐いて去っていった。
「……くそ……、俺は、ケージ様だぞ。この街で一番の菓子職人で」
わかっていた。実際は俺の腕は二流で、本当の凄腕はアリスだっていうことを。年下の女の事なんて認められなかった。
痛みを止めるために酒を喰らい、帝都の街を歩く。
そして、俺はとんでもない行列を見かけた。気になって先に進んでみると、そこには――
「はい、おまたせしました! ケーキ4点とクッキー缶2点ですね。またのご利用おまちしております!」
「こんにちは、マダム。今日はカフェのご利用ですか? ふふっ、特等席がございますよ」
アリスの店だった。隣にいるのはザイール? あいつは俺の店の下っ端で……。いや、どこかでみたことがある。
ザイールが俺の視線に気がついたのか、あいつはニヤリと笑った。
思い出した!! 帝国の皇子の中でも、一番怖い男だ。絶対に敵に回してはいけない「悪魔の皇子」だ。
そんな皇子が俺に向かって手招きをしていた。
皇子の命令を背くわけにはいかない。アリスも俺に気がついた。アリスは嫌な顔をしていたが、ザイールがアリスの手を繋ぐ。それだけで、アリスは安心な表情をみせた。
胸がざわつく。おれが、先にアリスと婚約していたのに。
「……ケージさん、ありがとうございます」
突然感謝されて意味がわからなかった。
「あなたが婚約破棄をしてくれたお陰で、僕は最愛の人と出会うことが出来ました」
アリスはコクリと頷いて、頬を赤らめていた。
俺は、それを見て――嫉妬の炎が燃え上がった、が――
ザイールが俺の胸ぐらを掴んで顔を近づけた。俺にしか聞こえないであろう小声で ――
「……お前はこの先、アリスさんを捨てたことを一生後悔する」
震える俺を無視して、ザイールは俺の口の中にクッキーを詰め込んだ。
俺はそのクッキーを食べて――
「あっ……………師匠、アリス……」
三人で過ごした日々が頭に思い浮かぶ。
それは、今の俺にとって、後悔と罪悪感を傷口に塗りつけるような気持ちへと変わる。
「なんだ、これ……」
頭がおかしくなりそうだった。
「あ、アリス、ご、ごめ――」
「(謝るのは自分が楽になるだけだ。消えろ――)――お引き取り願います。」
ザイールが俺の前に立ちはだかる。
全力で謝りたかった。アリスに、師匠に全力で謝りたかった。
後悔しても、もう遅い。
俺はとんでもないことを……なんで、あんなことを……。
わんわんと子供みたいに、子供のころの思い出を思い出して、後悔に苛まされながら、俺は帝都の街をさまよった……。
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