シーン5:発砲と“未遂”
発砲は、予定通りに起きる。
合図もなく、
警告もなく、
誰かの意思を示す言葉もない。
ただ、引き金が引かれ、
実弾が解き放たれる。
その瞬間まで、世界は完全に静かだった。
観測装置は安定し、
ログは想定範囲に収まり、
誰一人として「危険」を認識していない。
弾は飛ぶ。
一直線に――
なるはずだった。
だが、わずかに逸れる。
ほんの数センチ。
防護を抜けるには足りず、
致命点にも届かない。
王子ルッツは生きている。
リリアも無傷だ。
歓声は上がらない。
悲鳴もない。
誰も、何が起きたのかを即座には理解できない。
それでも、
何かが「違った」ことだけは、
全員が無意識に察している。
理由は明確ではない。
ディアナは、撃ち落としていない。
誰かが体当たりしたわけでもない。
装備が誤作動を起こしたわけでもない。
偶然でもない。
条件が、わずかに崩れただけだ。
それは数値では「誤差」。
だが、再現に必要な並びからは、確実に外れている。
そして――
ログが残る。
発射記録。
弾道データ。
魔力干渉値。
装備反応。
すべてが、異様なほど整っている。
欠損がない。
ノイズがない。
説明に都合の悪い空白が、どこにもない。
あまりにも、綺麗すぎる。
事故として処理するには、
整合性が高すぎる。
未遂として扱うには、
意図を示す証拠が足りない。
世界は、その場で立ち尽くす。
誰も死ななかった。
だが、
「何もなかった」とも言えない。
王子は守られた。
リリアも生きている。
それでも――
処理の言葉が、見つからない。
この瞬間、
暗殺は失敗したのではない。
事故にも、成功にも、なれなかった。
ただ一つ、確かなことがある。
世界は初めて、
自分が用意していた結論に、辿り着けなかった。




