シーン7:章末・世界線の軋み ― まだ、選択は描かれない ―
フィールドは一時中断となった。
警告灯が点き、
教官の指示が飛び、
医療班が淡々と動線を確保する。
誰もが「想定外」という言葉を使いながら、
その実、すべてを想定内に収めようとしていた。
担架が運ばれる。
血は拭き取られ、
地面はすぐに元の色を取り戻す。
試合は止まっている。
だが、世界は止まっていない。
王子ルッツは、何も知らない。
守られた理由も、
誰が代わりに倒れたのかも。
彼はただ、
自分が生きているという結果だけを受け取る。
それで十分だと、
この世界は判断する。
ディアナは、動かなかった。
まだ、選択は下していない。
一歩も踏み出していない。
だが――
もう、分かっている。
理解してしまったものは、
なかったことにはできない。
視線の先で、
配置はほとんど変わっていない。
条件は残っている。
再現は可能だ。
フランソワの犠牲は、
失敗ではない。
成功だ。
世界線は、安定している。
内心で、
静かな言葉が積み重なる。
(この世界は)
(正しさを守るために)
(誰かを殺す)
感情ではない。
怒りでも、悲しみでもない。
ただの事実整理だ。
正しく行動した者が前に出て、
規定通りに動き、
教本通りに守ろうとして――
死んだ。
誰も悪くない。
誰も間違っていない。
だからこそ、
誰も責任を取らない。
ディアナは、
その構造を理解してしまった。
世界は、正しい方向に進んでいた。
だからこそ、
正しい人間から死んでいった。
もし彼女が何もしなければ、
世界は完成する。
犠牲を含んだまま、
矛盾なく、
美しく。
そして彼女は――
それを、知ってしまった。
まだ選んでいない。
だが、
知らなかった頃の場所には、
もう戻れない。
世界線が、
静かに、
軋んでいた。




