シーン6:暗殺側の再観測 ― ノイズが個体化する ―
観測は、常に遅れて意味を持つ。
暗殺側の記録卓には、
いつもと変わらない大会中盤のログが並んでいた。
数値は正常。
弾道も平均内。
警告域に触れる項目は、ひとつもない。
それでも――
違和感だけが、積み重なっていた。
最初に浮いたのは、リリアの行動ログだった。
移動が慎重すぎる。
遮蔽物への寄り方が、平均より半歩深い。
射撃判断までの遅延が、微妙に長い。
致命的ではない。
評価を下げるほどでもない。
だが、「癖」としては不自然だった。
「……前日まで、こんな動きだったか?」
分析官の一人が、過去ログを重ねる。
一致しない。
訓練時のリリアは、もっと素直だった。
安全と判断された地点に、迷わず踏み込む。
制度が想定する、正しい生徒の動き。
それが、今はない。
次に引っかかったのは、ディアナだった。
位置が、わずかにズレている。
後衛配置の範囲内。
規定違反ではない。
だが、最適解からは外れている。
視線の向き。
待機時間。
魔力の立ち上がりのタイミング。
どれもが、
「起きてから対応する」動きではなかった。
起きる前に、構えている。
室内の空気が、少しだけ変わる。
「偶然か?」
誰かが言う。
確率的には、そう処理できる。
二人とも規定を守っている。
数値異常もない。
別の声が、遅れて返す。
「……いや」
画面を切り替え、
二つのログを並べる。
リリアの慎重さと、
ディアナの先読み。
単独では説明がつく。
だが、同時に起きる理由がない。
「説明が入っている」
その言葉で、
室内の全員が理解した。
制度は、説明されないことを前提に動く。
生徒は知らない。
だから従う。
だから平均に収まる。
だが今、
“知った後の動き”が混じっている。
誰かが、世界の構造を渡した。
「誰が?」
問いは短い。
画面に映る後衛の少女。
名前も、履歴も、
これまで問題になったことはない。
正しい配置。
正しい判断。
正しい沈黙。
そのはずだった存在。
解析官が、静かに答える。
「……ディアナだ」
その瞬間、
ログ上の異常は、初めて意味を持った。
ノイズではない。
誤差でもない。
個体化した、介入。
名前を持った変数。
それは、排除可能な対象として
ようやく定義されたということだった。
暗殺側は、記録を更新する。
対象評価欄に、
新しい注釈が加えられる。
――ノイズ源、特定。
初めて、
世界の歪みに名前が付いた。




