シーン2:非公開空間での接触
フィールド裏の待機通路は、奇妙に静かだった。
観測装置の配置から外れた細い通路。
戦況を記録する魔導視線も、貴族席からの視線も届かない。
人の流れが一瞬途切れる時間帯だけ、ここは空白になる。
制度の目が、外れる場所。
リリアは壁際に立ち、装備の留め具を確かめるふりをしていた。
手元の動きは正確だが、指先がわずかに迷っている。
前章の事故は、まだ終わっていない。
公式には処理され、記録上は完結している。
だが、彼女の中では、続いている。
リリアは顔を上げないまま、声を落とした。
「……ねえ、ディアナ」
名前を呼ぶ前に、ほんの一拍の逡巡があった。
呼んでいいのか。
聞いていいのか。
その迷いが、そのまま言葉に滲む。
「前の事故、あれって……本当に偶然だったの?」
疑問形。
断定ではない。
告発でもない。
ただ、確認だった。
ディアナは、即座に答えなかった。
通路の奥で、誰かの足音が反響する。
一定のリズム。教官ではない。
生徒だ。こちらには来ない。
安全な静止時間は、短い。
ディアナは理解している。
ここで沈黙すれば――
リリアは「偶然だった」という制度の結論を受け入れる。
不安は個人的な感情として処理され、
彼女はまた、正しく、前に出る。
それは、制度にとっても、世界にとっても、最も自然な流れだ。
だが。
ここで語れば――
説明すれば――
それは「知識の共有」では終わらない。
リリアは納得する。
理解し、判断し、行動を変える。
つまり、
制度の外で、因果を見てしまう。
ディアナは視線を伏せ、床の境界線を見つめた。
魔導石の継ぎ目。
わずかな段差。
完璧ではない均一。
胸の奥で、これまで積み重ねてきた原則が静かに並ぶ。
勝たない。
目立たない。
正しくならない。
説明しない。
責任を持たない。
そのすべてが、ここで問われている。
リリアは待っている。
責める様子はない。
期待も、恐怖も、半分ずつ。
ただ、真剣だ。
ディアナは、ゆっくりと息を吸った。
沈黙は、安全だ。
説明は、危険だ。
だが――
沈黙の先にある未来を、彼女はもう見ている。
同じ配置。
同じ空気。
同じ結果。
ディアナは、ついに視線を上げた。
リリアの目を見る。
逃げない、曇りのない目。
その瞬間、
ディアナは理解していた。
――これは、条件違反だ。
それでも、口を開く。
「……偶然、ではない」
短い言葉だった。
否定だけ。
理屈はまだない。
だが、それだけで十分だった。
リリアの瞳が、わずかに見開かれる。
世界が、ほんの少しだけ、ずれた音がした。
制度の外で。




